4 ご挨拶
王様は、何段もある幅の広い階段の上で、アンティーク調の猫足のビロードを貼った青い椅子に、片肘をついて座っていた。
明るい金髪を腰近くまで伸ばし、涼しげな緑の瞳の持ち主で、王というよりは少し小柄の王子といってもいいくらいだった。
そして失礼だが、横にいる王妃様と比べて、かなり美しかった。
アルフレッド王子は王様似なのね
王子は風の属性だということだけど
王様や王妃様も風なのかしら
レイが呑気に考えていると
「異世界人を連れて参りました」
すぐ後ろを歩いていたはずのフリードリヒ宰相が、いつのまにか遥か後ろに下がって言った。
長めの緑の髪を後で一つに結わえた銀の瞳の美人さんは、レイが振り返ると口元だけでニコリとして笑った。
それを見たルカが嫌な顔をしたが、フリードリヒ宰相は涼しい顔をしていた。
アルフレッド王子が深々と頭を下げたので、レイ達もそれに習った。
レイ達を見た王は、「これはこれは……」と唸った。
なんと可憐で美しい
絵本に出てくる妖精のような少女じゃ
我がもう少し若ければの
アルフレッドと似合いじゃが
隣におるのは兄……ではなさそうじゃな
男の方も美しいが、ちと悪そうじゃ
レイは、披露宴用に購入したシルクの薄い黄緑色のシフォンドレスに身を包み、繊細でお高いアクセサリーをつけていた。
肌は透き通るように白く、茶色い瞳に肩より少し長く伸ばしたスルリとした猫っ毛も茶色だ。
こちらの女性に大柄な体型が多いこともあったが、日本でも小柄で華奢なレイは、王子と並ぶとまるで妖精のお姫様のように見えた。
一方のルカも、スラッとした細マッチョで銀の細いストライプの入った黒い細めのスーツを胸まで開けて着ており、髪はレイと同じような猫っ毛だったが短く、首までタトゥーが入ってピアスも開けまくりの目鼻立ちが全体的にスッとした美形だった。
気のせいか扇の間から王妃がチラチラとルカを見ている気がしたので、王は自分のことは棚上げで少し不快に思った。
「二人とも遠いところよくきた。名は何と申すのじゃ?」
レイは王様の口調に一瞬ツボりそうになったが、下腹部に力を入れ、何とか耐えた。
後でフリードリヒ宰相に聞いた話だと、なんでも色々と新しい知識を与えてくれる異世界人の話し方は、彼らにはとてもクールに聞こえるらしく、もともとは「〜じゃ」と話してた王様も、頑張って異世界人の真似しているのだという。
「初めまして。私は、小石川麗と申します。この度は保護して頂きまして有難うございます」
と頭を下げてお礼を述べた。
「佐々木瑠加と申します」
ルカも頭を下げて言った。
それから二人は、この国での異世界人の暮らしぶりや、これからのことを簡単に説明され、後で属性診断をするというところまで聞かされた。
「ルカ、属性診断ですって!」
レイ達は、ルカの希望通り同じ部屋に案内された。
異世界人用の客室は、国のイメージカラーの青と金でまとめらていたが、必要な家具は置かれていたものの、だだっ広くて寒々しかった。
奥にはベッドルームがあって大きな天蓋つきベッドが部屋の真ん中にドンと置いてある。
フリードリヒ宰相に質問しまくっていたレイ達は、少々席を外します、と宰相が出て行った後、自分達に属性があることに浮かれていた。
「魔法が使えなきゃ異世界来た意味ねーよな」
ルカも上機嫌で言った。
レイも頷きながら思った。
早く明日にならないかしら
すぐにでも魔法を習いたいわ
あと、日本から来た女の子達会うのも楽しみね
そういえば、私が忽然と消えて大丈夫かしら
私の友達はともかく
お兄様が大騒ぎしてそうだけど
「一度元いた世界に里帰りした異世界人から聞いた話によりますと……」とフリードリヒ宰相が教えてくれた話によると、選ばれし異世界人が神隠しに遭うと、向こうでは最初は普通に失踪か誘拐が疑われるらしい。
ただ不思議なことに、期間はまちまちだが忽然といなくなった人間に関する記憶は、徐々に曖昧になっていくのだという。
そして里帰りをして急に現れたとしても、「あれ?久しぶり……だよね!」と若干の違和感を感じつつも、わりと簡単に馴染んでいくのだ。
また、元の世界に帰る機会は年に二回もあり、本人が希望すればトリップした場所へ立つだけで再び例のユラユラに出会えるそうだ。
こちらへ戻る方法も同じく、失踪した場所で立てばユラユラがやってくるので、そのまま立っていればいいだけだという。
「まさか私達、いつか観た映画みたく実は死んでました的なオチじゃないわよね」
「さあな。まぁ俺はそれでも別にいいぜ」
「お前と一緒だからな」とルカが美しく優しいお顔で笑ったのでレイはキュンときてしまった。
異世界と行ったり来たりできるとなると悪だくみする輩などがでそうなものだが、異世界人はタイプは違えど善人ばかりだそうで、こちらで婚姻し、この世界に留まることを選ぶ者が多いらしい。
稀に元の世界に帰る女性もいるらしいが、その殆どがこちらで夫と仲違いをして「実家に帰らせていただきます!」と半年も元の世界へ帰ってしまうのだ。
ただそんな彼女達も、半年後には向こうで遊び尽くしスッキリしたお顔になって、夫や友達への異世界土産を持ち、憔悴しきった夫の元へ戻るというのだから平和な話だ。
「レイ」
偉そうにソファーにふんぞりかえったルカが、手でこっちコイコイした。
「まぁ座れよ。俺に話あんだろ」
レイは言われた通りに大人しく隣に座った。
「で?俺がいつ浮気したって?」
「ええ。思い出したくもないけど」
レイは、音信不通になった原因であるルカとデートする予定だった日の話を始めた。
いつもより早めに待ち合わせ場所に着くと、ルカが見知らぬ女の子にキスしていたのを見たのだ。
ルカは「あーアレか!」と膝を打って思い出した。
女の子はルカのいとこだった。
告白して断られたルカに、想い出にキスをねだってきたので、仕方なく妹にする感覚でしてやっただけ、だそうだ。
「アレが原因か!お前よく見たか?アイツ、全っ然可愛くねーぞ」
ルカは正直かつ失礼なヤツだった。
「あらそう。それならルカは、私に想いを寄せる普通のお顔君と私がキスをしてもいいというのね?」
「はぁ?ダメに決まってんだろ」
ルカが眉間に皺をよせた。
「ホラみなさい」
ルカが頭をガシガシした。
「あー想像したらマジ気分悪い。レイ、ゴメンな」
「もういいわ。謎が解けたから」
「俺のレイは優しいよな」
ルカはレイを抱きしめると、仲直り的に大人なキスをし始めた。
そのまま盛り上がりかけたところに、フリードリヒ宰相の咳払いが聞こえ、驚いたレイがルカの胸を推しやり、サッと離れてしまった。
ルカが扉を振り返って舌打ちした。
「ノックはしたのですが、お邪魔でしたか」
「死ぬほどな」
「それは申し訳ございませんでした。ですが、これから属性診断をしていただかなくてはなりませんので」
「私が席を外した途端にコレとは、少々驚きましたね」とフリードリヒ宰相は飄々としていた。
そして、神殿に行く道すがらフリードリヒ宰相と話をしていて、かなり驚いたことがある。
フィンレー王国は、現国王がフィンレー様というお名前なので、フィンレー王国というらしい。
つまり、アルフレッド王子が王様になったら、アルフレッド王国になるのだ。
王都で見かけたお店などは、新規オープン時に店の看板メニューや商品に、その時の王様の名前をつけるのが一般的で、その名前によって誰もが創業どれ位かわかるらしい。
レイは、フリードリヒ宰相の話が興味深かったので愛想よく聞いていたが、レイと恋人繋ぎしながら歩くルカはつまらなそうにしていた。
また、こちらの世界では名前などは個人を識別できればよい、という程度の軽いものであるという。
家名すらなく、王族以外は下の名前だけなので、同じ名前が周りに何人もいるらしい。
ちなみに相手に名乗る際は、自分の仕事や住んでいる場所、親の名前などを組み合わせるので、船着場の土産物屋の長男レジーです、などと言うだけなのだ。
そして、王族もラストネームに国名(現国王の名前)が付くだけだというから覚えやすい。
異世界人達は、婚姻を除けば基本的に保護目的で城住まいとなるため、その人個人を表すもの+名前がコッソリとつけられる。
来たばかりのレイ達は、これから生活していく中で自ずと名付けられていくのだが、レイを見かけた騎士達の間でその可憐な容姿から既に、妖精の愛子レイ様、という名が有力候補として囁かれていた。
そしてルカはもう既に、悪い王子ルカ様、と呼ばれていた。
ちなみに数年前までは、日本からこちらの世界へ男性ばかりがトリップしてきたらしいが、最近は若い女性が多かったらしい。
他国でも現れるその方々の影響で、この世界は電源の替わりに魔石が使われ、電気系統は近代的な構造のもので作られており、異世界と近代のいいとこどりだったので、レイ達は苦労を感じなかった。
文字も読めるし数字や単位も困ることなく、レイは最初に出会った神様かも知れない精霊もどきに感謝した。
キャリーケースが何か教えてあげて本当によかったわ