3 お城へ
城までの道は、森の中は徒歩だったが、途中から馬車になった。
キャリーケースは護衛の騎士の一人が、ゴロゴロつまずきながら転がして運んでくれた。
ルカはというと、絶対にレイを抱っこするのは自分だ!と言って聞かなかったので、フリードリヒ宰相はため息を吐くと「では、ルカ様も十分お気をつけください」と言って渋々承諾してくれた。
レイは、自分をしっかりとお姫様抱っこしながらスタスタと前を見て歩くルカを見つめた。
「ねぇルカ、疲れたでしょう?いくら私が羽のように軽いからって、さっきから随分歩いてるわ。さすがに疲れるわよね」
レイが心配そうに聞くと、すぐ後ろを歩いていたフリードリヒ宰相が言った。
「森を抜けるまではまだ少しございます。ルカ様、よろしければ私が交代いたしましょう」
「いらねーよ」
ルカは振り返りざまに「絶対にお前には抱かせねーからな」と人が聞いたら勘違いするようなセリフで牽制した。
「それよか、後ろのニーチャン助けてやれよ」
ルカの肩越しに見ると、遥か後方に四苦八苦しながらキャリーケースを転がす護衛騎士が見えた。
レイは、こういうところが優しいのよね、とルカの綺麗なお顔を間近に見上げながら思っていた。
馬車に乗るまでアルフレッド王子は、異世界人についてザックリと説明してくれた。
異世界人がこちらの世界に現れるのは、ここ数十年は珍しくもないそうだ。
フィンレー王国でいうと直近ではレイ達の前に日本人が二人いて、今回と同じように泉付近に現れたらしい。
ちなみにあの精霊もどきは、異世界人にしかその姿を現さないらしく、こちらの人々は絵心のある異世界人が描いた彼の肖像画や神殿の像でしか彼を見たことがないそうで、実際会って話までしたことを伝えると、とても羨ましがられた。
でも彼、キャリーケースにしか興味なさそうだったけどね
二人を見たアルフレッド王子は、同じ日本人でも色々なタイプがいるのだな、と思っていた。
異世界人がこの世界に召喚される理由はよくわからないが、一説によると、こちらの世界をよりよくしてくれる存在であるらしい。
レイ達の前に召喚された女性は異様に寡黙で大人しかったし、その前はただの男好きだった。
今回は、妖精のように美しい女性と美形だが口の悪い騎士のような男だ。
程なく森を抜けると、上品な濃紺と金色の馬車一台と馬が数頭、木の杭に縄で繋がれていた。
レイ達を連れた王子達に気づいた御者は、優雅に頭を下げた。
「待たせたね。では、戻ろうか」
アルフレッド王子は、慣れた手つきでレイ馬車に乗せると、ふざけてルカにも手をさしだし、ジロリと睨まれると「冗談ですよ」とルカの後から乗り込んだ。
馬車が出発してから間もなく、アルフレッド王子が口を開いた。
「このようなことを女性に聞くのは失礼ですが、空腹ではありませんか?」
レイは首を振った。
「大丈夫です。お昼がコース料理だったので、寝る前に軽く少しいただけたらそれで」
王子は頷き「どうされますか?」とルカに聞いた。
「俺もレイと同じでいい」
王子は「では、苦手なものがあれば教えてください」と微笑むと窓の外を眺めた。
暫く平坦な田舎道が続いたが、王都に入ったところで馬車の中から窓の外を見ると、通りにいた人々が馬車に向かって頭を下げているのが見えた。
王都は、中世ヨーロッパみたいな石畳で、ベネチア風な街並みをしていた。
先ほどまでとは違って道はガタガタしていたが、馬車の座面には振動を抑えるクッションのような仕組みが施されていたので、乗り心地はとてもよかった。
心配していた食べ物も、各国の異世界人ご先祖様達が頑張って広めたレシピのおかげで、現代とそう変わらないメニューが揃っているらしい。
「お、カレーか?腹減ってきたな」
ルカは、窓の外から入ってくる独特の香辛料の香りに喜んだ。
「ルカはカレー好きだものね」
「お前のことも好きだけどな」
「わかってるわ」
「俺は?」
「何?」
「俺のことは愛してるか?って聞いてんだよ」
「それは勿論……あ!そういえばっ、バカバカ!!」
「イテッ!!お前やめろって!何があったんだよ」
レイが再びルカの胸をポカポカ殴り出したのでルカは腕を掴んでそのまま抱きしめた。
「大体なぁ、お前何俺のことブロックしてんだよ。俺が可哀想だろーが」
「自分の胸に聞いてみなさいよ、腹立たしい」
レイは抱きしめられたままプリプリした。
「あー、まぁ何か誤解があんだろーけどな。王子様が後で二人っきりになれる部屋用意してくれるっつーから、そん時な」
「何がそん時なの」
「お前それを言わせんのかよ、ヤラしーヤツだな」
「ルカったらもう……あ、私怒ってるんだったわ!」
「お前はほんと、可愛いよな」
王子は美しいキラッキラの笑顔をキープしていたが、「すみません、もう一人ここにいることを忘れていやしませんか?」と思っていた。
王子の話によると、最近トリップしてきた異世界人はこちらの世界のことを、あまり不便さを感じない、と喜んでいるらしい。
確かにそうね
本当に有り難いわ
特に、ガスと電気と水道設備!
魔石との併用らしいけど
専門職の方々の異世界トリップ、最高ね
フィンレー王国の町の中心には深く澄んだ美しい川が流れていて、船で向こう岸へ渡ることができた。
馬車は王族は別として、個人の乗り物というよりは寄り合い馬車で、船乗り場間を走っていた。
また、特産物は宝石細工と絹で、街のあちらこちらに専門店らしき看板のある露店が並んでいた。
ちなみに、看板にはわかりやすく絵が書いてあるので、何の店かすぐにわかる。
露店が一般的な価格のお店で、お店を構えているのは高級店らしい。
素敵!
まるで中世に旅行にでも来たみたい
早くお買い物がしたいわ!!
レイが窓からキョロキョロと外を見回していると、ルカが愛おしそうに頭を撫でながら言った。
「なぁ、後で買い物しに行くか?」
「うーん、でもこちらのお金がないから……」
「優しい王子様が小遣いくれんだろ」
「えーそんなのダメよ、悪いわ」
アルフレッド王子は、楽しそうに盛り上がるレイ達カップルを微笑ましく眺めながら、これからの予定を大まかに説明してくれた。
「本日中にお買い物はできないのですが、異世界人の方には王都の平均月給が与えられますので、今後はそちらをご自由にお使いください。それから後でレイ達が細かな質問ができるよう、王への挨拶が終わりましたら、先程の彼に時間を与えますね」
名前呼び早、レイは思った。
ルカは、自分も王子と同じタイプだったので気にしなかった。
「ちなみにフリードリヒ様はおいくつですか?」
王子は微笑んだ。
「フリードリヒが気になりますか?ちょいちょい彼についての質問を挟んできますね」
「お前アイツの顔好みだもんな」
「あら、よくわかったわね」
「ま、アイツどーせ婚約者とかいるぜ、やめとけ」
王子は驚いた。
「よくわかりましたね」
「勘だ、勘」
「婚約者ですって!?」
レイはガーンとショックを受けた。
「レイ、寂しいことです。私より彼の質問ばかりなのは何故ですか?」
アルフレッド王子が悲しげに言った。
「アルフレッド様はタラシっぽいし、後宮とかありそうで嫌なんです」
「あと年下は興味ないです」とレイは小さく呟いたが、王子には聞こえなかった。
王子はまた驚いた。
「タラシ……はよくわかりませんが、私の後宮はありますよ。よくわかりましたね」
「ホーラ、やっぱり」
レイが嫌そうな顔をした。
「マジか!スゲーな、後で見に行こうぜ」
ルカが興奮して前のめりになり、レイの肩を抱いて誘ってきた。
「ルカ、フツー後宮は男子禁制なのよ。宦官でもなければ入ることすらできないわ」
「宦官てアレ切り取るヤツか?残酷、ムリムリ」
ルカは後宮ツアーを諦めた。
馬車が城に着くと、アルフレッド王子が先に降り、レイに向かってお姫様を扱うように手を差し伸べてくれた。
レイはそっと手を置き、ワンピースの裾を気にしながら出来るだけ優雅に降りた。
左右に並んだ騎士達は、ビシッと前を向いて直立していたが、レイが気になるようで時々チラッと目だけ動かしていた。
レイは、その妖精のような見た目を最大限に活用して儚げな印象を醸し出し「皆さまこれからどうぞ宜しくね?」的に微笑んだ。
それを見た騎士達は赤面した。
そしてその後からこれまた美しいスーツ姿のルカが、お行儀悪くポケットに手を突っ込んだままヒョイっと飛び降りてきた。
レイに赤面していた騎士達は、ルックスがお似合いな二人に「これは異世界人カップルに違いない」と美しいレイを見た後だったので、何かこう、ガッカリした。
ルカは腰に剣をさして整列する騎士達を見ると
「へぇー騎士様、カッコいいじゃん」
とニヤリと笑った。
耳がいい騎士達は褒められて嬉しくなり、ルカへの好感度がグッと上がった。
騎士達にこれでもかと愛想を振りまくレイを、アルフレッド王子は貼り付いたような笑顔で見つめ、馬から降りたフリードリヒ宰相は、何故かまたプルプルと震えていた。
フィンレー王国のお城は、ドイツの有名なお城を思わせる青と白を基調とした立派なもので、近くで見上げると首が痛くなるほど大きかった。
派手な黄金色の装飾の大きな門をくぐって少し行くと、美しい女性の石像が抱える壺から水が流れ出る噴水の向こうに馬車を停めておく広場と階段があり、そこからやっと中へ入ることができた。
「レイの親父さんとこの会員制ホテルみてーだな」
ルカが耳元でコソッと話しかけるとレイも頷いた。
「ここまで広くないわ」
城の内部には、両サイドにそれぞれ両手で抱えきれない大理石のような白い柱が奥へと無数に立っていて、天井は非常に高く、全体に少し冷たそうな石のタイルが敷き詰められていた。
城の奥へと真っ直ぐ続く青い絨毯の上をしばらく行くと、いかにもこの先王様いらっしゃいます、という荘厳な扉の前まできた。
アルフレッド王子は立ち止まり、振り返った。
「これから王に二人を紹介します。王は堅苦しい決まりごとが苦手なタイプですから、大丈夫ですよ」
「そりゃ助かりますね、王子様」
ルカが戯けて言ったので「ルカ、ちゃんとしてね」とレイが腕を掴んだ。
王子が重厚な扉に手を翳すと、まるで自動ドアのようにスルスルと左右に開いた。
「重そうな扉ですけど、自動ですか?」
レイが王子の扉を見つめていると、王子が嬉しそうにウィンクした。
「こういう反応はいつも新鮮でいいですね。風魔法ですよ。黙っていてすみません。後で説明があると思いますので、さぁ行きましょう」
「やっと異世界って感じがしてきたな」
ルカは、魔法と聞くと目に見えて機嫌が良くなった。
レイは頷き、ルカと腕を組んで王子の後から中へと入っていった。