20 エル神官長②
レイが王都で初めて婦人とお喋りをした翌日のこと。
暇人レイは、護衛を連れて神殿のハーブガーデンを散策していた。
ここは何度来てみても綺麗ね
建物のクリスタルや大理石も冷んやりして
清潔感があって気持ちがいいわ
美しいハーブガーデンを眺めながらレイがブラブラ歩いていると、偶然ノア神官に出会った。
「神官様、ご機嫌よう」
「レイ様、おはようございます。これから神殿内へ向かわれるのですか?」
「いいえ、綺麗なところへ涼みに来ました」
「そうでしたか。では是非神殿内へいらしてください。中庭にある聖水の泉は、この庭園に劣らず美しいと評判なんですよ」
「響きが素敵ですね。是非伺います」
レイはノア神官と「聖水って飲めたりするんですか?」「飲まないでください」「お肌に良いとか?」「ないですね」などとお喋りしながら、聖水の泉までやってきた。
泉はキラキラと輝いていて、レイが召喚された泉のように澄んでいた。
中庭はレイの想像を遥かに超える広さで、繊細な彩りの花々がグラデーションに植えてあり、ハーブガーデンには無かった、お茶をいただけるテーブルセットも置いてあった。
あ、神官長
ノア神官が、木の影からこちらを伺うエル神官長に気づいた。
あんなところで何をしていらっしゃるのだろう
「神官長!」
ギクッ
ノア神官に呼ばれたエル神官長は、サラサラの銀髪を靡かせながら風に乗って瞬間移動のように現れた。
レイとノア神官の髪や服とともにエル神官長の美しい銀髪とシルクの服の裾が風に靡いた。
「これはノア神官とレイ様、奇遇ですね」
「……はい」
ノア神官は、さっきから隠れてましたよね?と心の中で呟いたが、エル神官長はそっぽを向いていた。
「神官長様ご機嫌よう、今日もお綺麗ですね」
「き、あ、ありがとうございます。レイ様の方がお綺麗ですよ、ご機嫌よう。レイ様は本日はお祈りに?」
「いいえ全く。実は近々、とあるご婦人に浮気のススメをしようかと画策しておりまして」
「浮気!?」
「はい」
「そ、そうですか、なるほど、浮気を……」
エル神官長は発汗しつつ困惑して目を彷徨わせた。
ノア神官もレイの発言に驚いたが、それ以上に慌てふためくエル神官長の様子に驚いていた。
「だから私も神官長様に会いに来ちゃいました」
「えええっ!?」
「なーんちゃって」
レイは真面目そうなエル神官長をからかった。
「はぁはぁ、あまり、からかわないでください」
エル神官長の天才頭脳は、レイの前だとポンコツになってしまっていた。
神官長……
いつもの落ち着きは
どこへいってしまったのですか
残念な神官長を横目で見ながらノア神官は思った。
「神官長様、そう言えば私は知ってしまったんです」
「何をですか?」
「神官長様は、百年に一度の天才らしいじゃないですか。宰相様も素敵ですけど、神官長様も風属性だし天才だし美人だし。フィンレー王国のこと、大好きになりました」
エル神官長は、いつもは言われてもそれほど嬉しくないのに、レイに「百年に一度の天才」などと褒められて、とても嬉しくなった。
もう少しで「実は私は闇属性なのです」とカミングアウトしてレイをもっと喜ばせたくなったが、ノア神官の手前、何とか耐えた。
しばらく三人で楽しく話をしていたが、いつものように竜巻のような凄い勢いで迎えにきたルカにレイが連れ去られた後、ノア神官がチラリとエル神官長を見て言った。
「あのぅ、もしかしてなんですけど。神官長は、レイ様のことが……」
ギクッギクッ!
「何ですかっ?そんなんじゃありませんっ!!」
エル神官長は、ノア神官が続きを言い終わらないうちに「ではまた明日」と突風のように去って行った。
しかし諦め悪く自分の声を風に乗せ、「それは勘違いですからー!」とノア神官だけに届けていた。
エル神官長に憧れているマーガレット副神官は、最近神官長の様子がおかしい原因をノア神官から聞き、衝撃を受けていた。
そして、いつも破廉恥な愛情表現ばかりするレイを疎ましく思い、精霊祭当日のスケジュール資料をレイに手渡そうとしていたエル神官長から「あとは私がやっておきますね」と資料を奪い、哀愁漂う神官長を置いてレイ達のお部屋までやってきた。
扉の外から声をかけると、重い扉をゆっくり少しだけ開いて、妖精のようないでたちのレイがひょっこりと顔を出した。
「アラ?ご機嫌よう、神官様。てっきり神官長様がいらしたのかと思いましたけど」
「……ご機嫌よう。これ、精霊祭のスケジュールです」
マーガレット副神官は、エル神官長が来るのが当たり前のような物言いにカチンときたので、少し乱暴にレイに資料を手渡した。
「神官長はお忙しい方なので、この程度の仕事は部下にやらせるんです」
マーガレットは感じの悪い言い方をした。
レイはマーガレット副神官の瞳を一瞬だけ見つめたが、すぐに手元の資料をパラパラとめくって目を通し始めた。
「アラ、何かしらこれ。ダイイングメッセージ?」
「私の字ですけど?!」
レイは精霊際の資料を受け取りつつ、自分に対して最初から敵対心剥き出しのマーガレット副神官に驚いていた。
嫌だわ
せっかくグラマラスな美人さんなのに
怖いお顔で睨んじゃったりして
もしかして……
もしかしなくてもこの人
神官長様の事がお好きなのね
「字は体を表すって本当なのね」
「それは名でしょう!?」
「そうとも言うかしら」
自分に対して嫌な感じの人には優しくないレイだった。
「……なぜ、世の殿方はアナタのような破廉恥な方を選ばれるのかしら」
マーガレット副神官は数日前、お城で転びそうになったところをルカに助けられたことがあった。
その時までは何とも思っていなかったのだが、マーガレットを助けてくれたルカは、少々破廉恥であったものの、噂通り優しくてちょっと格好良い人だったのだ。
レイはマーガレット副神官を驚いたように見た。
「あら!貴方ね……私が破廉恥だったら、ルカなんてもう人間じゃないわよ!?」
「どういう意味かよくわからないわ!」
マーガレット副神官はこめかみを押さえた。
「エル兄様もルカ様も貴方のどこがいいのか……確かに美人かもしれないけど言動が破廉恥だし、私にはサッパリわからない」
そこそこ失礼発言をされているのだが、自信しかないレイには何も響かなかった。
何を言われても涼しい顔のまま美しいレイに「どこがいいの……」マーガレットの声は小さくなっていった。
レイは暗い顔で廊下に佇むマーガレット副神官を見つめた。
「そうね。貴方にはきっと理解しずらいことなのよ」
「?」
「貴方は女性でしょう?」
「だから?」
「男性なら私を好ましく思うのだけれど、女性だと少し難しい人もいるのよ」
レイは、これは経験でわかっている事なのよ、と生徒に教えてあげる顔つきになってマーガレットを諭した。
「ちょっと待って。なぜ男性の誰もがアナタを好きになる前提で話しているの!?」
「あら、違って?」
マーガレットは何も言えなかった。
この人、何を言っても駄目だわ
むしろ何か言う度に私がダメージをくらうわ
噂好きの侍女達は、レイとマーガレット副神官のプチバトル見たさに、御用もないのにレイのお部屋前の廊下を行ったり来たりしてウロつき、芋洗状態になってしまった。
護衛騎士から連絡を受けた侍女頭が一陣の風と共に現れ、これ以上はない吊り目で逃げ惑う侍女達数人を捕らえ、連行していった。
レイは「資料ありがとう。もうよろしいかしら」とまだ何か言い足りず半分口を開きかけているマーガレットに微笑みつつ、ドアを閉めた。
エル神官長は、時々神殿に遊びに来るレイの姿を見つけると遠くの木陰に隠れて必ず目で追った。
レイ様は今日も麗しいですね
彼女は不思議な方です
闇属性の者を嫌うばかりか
憧れてさえいらっしゃる
あのような方に想われるルカ様は
どのようなお気持ちなのでしょうか
ハッ……
私は今何を考えて
エルは首を振って神殿の中へと戻って行った。




