17 鍛錬場
ある朝レイは、前の日にオーダーしておいた和風旅館の朝食風なお食事をいただきながら、横でコーヒーを飲むルカと話をしていた。
「ルカの剣の腕前って、そんなに凄いの?」
「決まってんだろ。惚れ直すから、鍛錬場来てみろよ」
「うん」
ルカは昔から何でもコツを掴むのが上手く、全てに於いて要領が良かった。
もちろん運動神経もよかったので、少し見てみたい気もした。
お薬があっても日焼けをする場所で観るのは嫌だったが、屋内の鍛錬場もあるというので、近いうちにルカの剣の鍛錬を観に行くことを約束した。
そして翌朝。
フリードリヒ宰相が書類を片手にレイ達の部屋へやってきた。
出されたお茶を優雅に飲みながら、フリードリヒ宰相が話し出した。
「精霊祭のお話は聞かれましたか?」
「ええ。今年は隣国で行われるとか」
「はい。いかがなさいますか?マリー様とアユミ様はご参加なされるとのお返事を頂いておりますが」
「私も行ってみたいです」
「あーじゃあ俺らも参加で」
フリードリヒ宰相は「承知いたしました」と頷くと書類の束から数枚の紙を取り出し、ルカに渡した。
「隣国では他国の神官や貴賓の歓迎パーティーがございます。また、レイ様達がご参加されるとなりますと、恐らく日本人である王妃様との懇談会も予想されます。これは簡単な注意事項となりますのでお読みください」
ルカはフリードリヒ宰相から書類を受け取るとパラパラめくって目を通し「なるほどな」と頷いた。
紙には、読み終わったら破棄すること、と赤文字で書かれてあった。
レイはそれを横目でチラリと見ただけで、後からルカに聞けばいいわね、と楽をした。
そして、間食に蒸してもらったあんまんに似たお菓子をボーッと見つめていたが、ふとイラついたようにプスッとフォークで突き刺した。
「いかがされました」
フリードリヒ宰相がちょっと驚いたように聞いた。
レイは満面の笑顔を向けた。
「いえ、この二つの膨らみを見ていたら何だか無性に腹が立ってしまって」
レイはふっくらとしたあんまんもどきを、フォークで刺したままお行儀悪くクルクル振り回した。
「ただのあんまんだろ?何に腹立つんだよ」
ルカは訳がわからず、?な顔でレイを見た。
フリードリヒ宰相はジーッとレイを見つめると、苦笑した。
「可愛らしい八つ当たりですね」
「あっ!フリード様ったら意地悪なんだから」
レイは少し頬を膨らませて睨んだが、フリードリヒ宰相は嬉しそうに微笑んだ。
「私の名をその様に呼んでくださるとは嬉しいですね」
「ズルいです!そんなお顔で言われたら、もう怒れなくなっちゃうじゃないですか」
「おや、そうですか」
二人が見つめ合ってニコニコしていると、それにイラついたルカが言った。
「またかよ!お前らムカつくからそれ止めろ」
フリードリヒ宰相がルカを宥めた。
「まぁまぁ、これもレイ様がルカ様にヤキモチを焼かれてのことですので、どうかお許しください」
「ヤキモチ?何のことだ」
ルカが怪訝そうに聞いた。
「何でもないわ。ただ、ルカがカッコ良いから私が時々おかしくなっちゃうだけなの」
それを聞いたルカのご機嫌が一気に良くなった。
「何だよレイ、俺の事そんなに好きなのか?」
「可愛い過ぎんだろお前」とルカがレイを抱きしめ、大人ちゃんなキスをし始めた。
レイは、フリードリヒ宰相がいるのでニコニコしながらも遠慮気味に何度もキスをかわしていたが、元々細いがマッチョなルカに力で叶うはずもなく、自然とイチャイチャ度が増していった。
この先の展開に、非常ーに嫌な予感がしてきたフリードリヒ宰相は「ではお二人ともご参加ということで」とコトが始まる前に一礼し、音もなく退散した。
そして色々落ち着いたその日の午後、護衛騎士のライリーを連れて鍛錬場に現れたレイは、キョロキョロしながらルカを探していた。
それに気づいた騎士達がザワつきはじめた。
「レイ様だ!」
「やっぱりお綺麗だな!妖精のような方だ!」
「何しに来られたんだろう?」
「まさか俺たちの練習を観に?」
「いやいやナイナイ」
「ルカ様を観に来られたんだろ」
「でもルカ様いらっしゃらないぞ」
「どうしよう、胸がドキドキする」
騎士達は妖精の様に美しいレイが、ベンチに座って自分達の方を観ていることに緊張し、変なところに力が入ってしまって面白い動きをしていた。
それを見ていた騎士団長が額に手をやった。
「お前ら、俺の指導が悪かったようだな。もっと鍛錬が必要だったのか」
騎士の皆は、ただでさえ厳しい指導の団長から言われた言葉に、今日俺ら終わったな、と思った。
自分のせいでそんなことになっているとは知らないレイは、ルカが来るまで暇ねー、と大して興味のないモブ顔の騎士達に「皆さま逞しくて素敵!」と手を叩いたり「お怪我はなさらないの?」とスーパー適当に声をかけたりしていた。
そして、単なる暇潰しをしているだけのレイの言葉に騙された哀れな騎士達は、団長が睨んでいることに気づかず、有頂天となった。
「鍛えてますから!」
「これくらいかすり傷ですね!」
などと得意げに語り、背後から近づいてきた団長に「そいつは凄い。俺にもコツを教えてくれよ」と肩を叩かれ、真っ青になっていた。
それからしばらくして、動きやすい騎士服を着たルカが颯爽と現れた。
「おー、レイ来てたのか」
「ええ。格好いいルカを観に来たわ」
「よし。じゃ、手合わせお願いすっかな」
ルカが、周りにいた騎士達に手合わせをお願いしていると、何故か皆な乗り気じゃない様子で、断りまくられていた。
レイは驚いて、護衛のライリーに聞いてみた。
「ねぇ、何故皆な断るのかしら」
「ルカの目つきが怖いから?嫌われているのかしら」とレイが心配していると、ライリーが苦笑して言った。
「そうではございません。ルカ様は、とても細めな体型をされていらっしゃるのですが、力は非常にお強く動きも機敏なうえにスタミナもございますから、相手をするとしんどいのですよ。私も一度お相手をいたしましたが、疲れ果ててフラフラになってしまいました」
レイは、バツが悪そうにこちらをチラチラ伺う騎士達を見た。
「きっと、若い騎士達はレイ様の前で格好悪いところを見せたくないのでしょう」
レイは「そんなことなの」と胸を撫で下ろした。
そのうち情け無い部下達に痺れを切らした騎士団長が「ルカ、俺でいいな?」と名乗り出てくれた。
そして二人の激しい剣の打ち合いが始まった。
レイは、練習とわかっていても剣の交わる金属音と二人の迫力にやられ、緊張して手に力が入った。
他の騎士達もライリーも食い入るように二人の華麗な剣裁きを見つめていた。
そして数分後、喉に剣を向けられたルカが「さすが団長、参りました」と剣を下ろした。
「しっかしお前はバケモンだな」
騎士団長が噴き出す汗をタオルで拭うと言った。
「お前、剣を習い始めて半年も経ってないだろ。俺とここまで剣を交えることが出来る奴は、せいぜい副団長くらいだぞ」
「ありがとうございます」
ルカは褒められて嬉しそうだったが、レイと目が合うと肩をすくめた。
「いつもはもっと格好いいんだからな」
レイは笑って抱きついた。
「ううん、凄く格好よかったわ。お怪我してない?」
「あー怪我はねーけど、筋肉痛になるな。明日、ジジイ並の動きしかできねーわ」
護衛のニールから手渡されたタオルで汗を拭きつつ、ルカが笑った。
レイはルカを見上げた。
「ルカ、この服も素敵ね。いつもお部屋ですぐに脱いじゃうんだもの、もったいないわ」
お部屋で
すぐ脱ぐ?
レイ達の会話が聞こえてきた騎士達の時間が止まった。
そして勝手にいかがわしい想像をして赤面した。
ルカはチラリと団長を見るとコソッと言った。
「俺らの団長がスパルタっつーか、限界のさらに上を求める厳しいお方だからよ、鍛えても鍛えても体が慣れねーし、スゲー汗かくんだよ。終わったらすぐシャワー浴びねぇと、気持ち悪いだろ」
騎士達は、なーんだそういうことか!と勝手にホッとした。
レイも納得したが、続けて爆弾発言もした。
「でもルカ、お風呂上がりは何も着ないじゃない」
再び、騎士達の動きが止まった。
「いーじゃねーか。後は寝るだけなんだし」
「でもお部屋でもジックリと格好いいルカの騎士様姿を見たいのにー」
「わかったわかった、今度な」
「本当?じゃ、こないだ着てた、あのロボットに乗ってドロドロの人間ドラマを繰り広げるアニメの軍服みたいなやつも、また着てくれる?」
「それ、ガンダ◯の事言ってんじゃねーよな」
「そんなお名前だったかしら」
レイは首を傾げた。
「ルカは一番人気のチャアだったかしら?好きだったわよね」
「多分シャ◯だろーけどまぁいーや。カッコいーだろ?俺に似てるし」
「そうねぇ。でも目つきのタイプでいったらルカはあの今にも死にそうなお顔色の総帥の方が似てると思うわ」
「それ、まさかギレ◯総帥じゃねぇよな」
「そんなお名前だったかしら」
レイとルカの会話に気を取られていた騎士達は、勝手に緊張したり興奮したりした後に、よくわからない二人の会話で余計に疲労しているところに加え、何かに腹を立てた騎士団長によっていつも以上にしごかれ、ボロボロになって鍛錬を終えた。
そして、レイがルカと話に夢中になっている隙に、騎士団長が素早く護衛のライリーに近寄り「お前もうレイ様は連れて来るんじゃないぞ」と小声で言われてしまったのだった。




