12 マリー
「いや、マジ悪かったって。機嫌なおせよー」
談話室事件から数日後、レイから「希少な異世界日本人のお友達とはちゃんと仲直りして」と言われたルカは、改めて謝罪をしにマリーの部屋へお邪魔していた。
マリーは、シルクを貼ったお高そうなソファーに座り、ルカが手土産に持ってきたジャスミンのような香りの紅茶を一口飲んだ。
「じゃあ、いい男紹介しなさいよ」
「知らねーよ、何で俺が」
「だってルカ、騎士様達と交流があるじゃない。レイから聞いたわよ。剣、教わってるんですってね」
「レイが?アイツ余計な事言いやがって。可愛ヤツ」
レイ馬鹿なルカが呟いた。
「まぁいーけどよ、お前好きな奴いんだろ。そいつは放っといていーのかよ」
「な、なぜわかったのよ」
マリーが動揺して姿勢を正し座り直した。
「俺は偉大だからな。そーゆーのわかっちゃうんだよ」
「そう‥……」
「で?どーしたんだよ。お兄様に話してみなさい」
「あなた年下よ。まぁいいけど」
実はね……
マリーはこちらの世界に来た時、王都でとある男性に出会った。
彼は王都から少し離れた領土を持つお貴族様だった。
高級洋服店でいつもの通り派手なドレスのお買い物をしていたマリーは、店員に色違いのドレスを探してもらっている時、店内にいた一人の男性と目があった。
彼は、スラッとした細マッチョで、嫌味にならない金の刺繍が施された白の軍服のような上下を身につけたレオナルドディカプリ◯のようなイケオジだった。
二人は暫く見つめ合ったまま固まっていた。
お互い一目惚れだった。
「旦那様、お決まりでございますか?」
その時、お貴族様の従者らしき男が話しかけ、我に返った様子の男は焦ったように「これを」と手に持っていた布を従者に手渡しマリーに視線を戻した。
「お待たせいたしました」
今度はマリーの方の店員が戻ってきた。
「こちらのお色味になりますが」
と店員がドレスを広げてみせたが、マリーは「ええ、いいわね」と答えたものの、ろくにドレスを見ておらずボーッとして心ここに在らずだった。
なんて素敵なオジ様なの
旦那様って呼ばれてたわ
お貴族様かしら
でもきっと素敵な奥様がいらっしゃるわよね
そして男の方も
何と美しい方だ
城の護衛がいるようだな
最近現れたという異世界人の女性に違いない
小柄で、それでいて凛とした強さを感じる
こちらの世界にパートナーはいるのだろうか
男は勇気を振り絞ってマリーに話しかけた。
「失礼、レディ。私は王都から少し離れた西の領土をもつトムと申すものです。これから少しだけ貴方の時間をいただけないだろうか」
マリーは嬉しくなってコクリと頷いたが、マリーの護衛ランドルフは心配して何か言いたそうにソワソワしていた。
それを見たトムが苦笑して胸ポケットから何かを取り出してみせた。
「貴族の紋章の魔石だ。これで少しは安心して私にレディをまかせられるかな?」
ランドルフは魔石を確認すると深くこうべを垂れた。
そして二人は仲良く王都で最近出来たばかりのお洒落なカフェに入り、タルトと紅茶のセットをいただきながら、お互いのことを話した。
店では
「我が国の異世界人マリー様がいらしたぞ!」
「サービスで何かお出しするのだ!」
「あと絵の描ける者がいたな!呼んできなさい」
と店長やら店員が奥で騒いでいた。
「お洋服も買っていただいてありがとうございます」
マリーはまだ夢見心地でフワフワとしていた。
「いや、私の方こそ君とこうして話が出来るだけでも天国にいる気分だよ」
マリーは真っ赤になった。
どうしたのかしら
私、こんなクサい台詞言われてるのに
嬉しくて仕方ないじゃない
いつもみたいに笑って返せやしないわ
「一目惚れなんだ」
トムは照れたように話しだした。
「君を一目見たその時から、私は君に囚われてしまった。すまないね、こんなオジさんでは君の相手にもならないのだろうが」
「どうしても君をこのまま帰したくなくてね」とトムは寂しそうに笑った。
「そんなことありません!」
マリーが力んで否定したので、トムは少し驚いて顔を上げた。
少し離れた場所からマリーの許可を得て絵を書き出していた画家志望の男も、驚いた拍子に筆を落としてしまい、慌てて替えのブラシを取りに走って行った。
「私もこのままお別れしたくなかった、です……」
マリーは、私ってこんなに声小さかったかしら?と思っていた。
それを聞いたトムは胸を押さえて感動した。
「それは……本心かな?私と……君のような若くて美しい素敵な女性が」
「私の方こそ、トム様は素敵な方だから、きっと奥様がいらっしゃるだろうと思って諦めていました」
トムは目をパチクリさせた。
「私に妻が?いや、情けない話なのだが、私は今まで女性がどうも苦手でね」
マリーが一瞬、今まで、女性が、苦手?という顔をしたので、トムが焦って付け加えた。
「違うよ。男性が好きだったという意味ではなくてだね。その、貴族でも平民でも女性は小集団を作って固まることが多いだろう?君のように一人で買い物をしたり単独行動をする女性は殆どいないんだ」
マリーはそんなことか、とホッとした。
「私には君が凛としていて自己主張のできる自立した女性に見えたんだ」
「もちろん、そうはいっても君の美しさに参ってしまったというのが本音なのだがね」とトムはウインクした。
「それらしい理由を言わないと君に嫌われてしまうと困るだろう?」
トムはクスクスと笑ったが、マリーはもう嬉しいやら恥ずかしいやらで死にそうだった。
「で?その後どーなったんだよ」
ルカが聞くと途端にマリーの顔が暗くなった。
「何だよ、死んだのか?」
マリーは呆れた。
「あなたね、もし本当に死んでたらどうするのよ?やめなさい、不謹慎な」
「お袋みてぇ」
「何ですって?」
「何でもございません」
「よろしい」とマリーは真面目な顔になると続けた。
「それから私達は何度かデートしたの」
「まーフツーな流れだな」
「そうね、そこまではよかったんだけど」
「何だよ、早く言えよ」
「あなたホント子供ね」
マリーは溜め息をついた。
それから二人はすぐにラブラブなカップルになったのだが、ある日トムのお屋敷で寛いでいる時、初めてキス以上をするような、そういう雰囲気になった。
彼の部屋へ通されると二人はベッドに倒れ込んだ。
そして……
「で?俺はこれからHな話を聞かなきゃいけねーんですかね、姉さん」
「誰が姉さんよ。違うわ」
「そうだったらどんなに良かったかと思うわ。もっと酷い話よ」とマリーが言った。
トムは、マリーとそういうことになってマリーの血を見た途端、何とそのまま気を失ってしまったのだ。
マリーは愕然とした。
マリーはこちらの世界に来た時、生理中だった。
ずっと生理中だという話はしようとは思っていたが、タイミングが遅れてしまった。
ただ、こんなことになるとは思っていなかった。
トムが初めてではない事だけは予め伝えておいた。
その時気のせいかホッとしているようにも見えた。
どうしてこんなことに?
マリーは勝手にシャワーを浴びると、服を着て困惑する執事を無視し、護衛と共に城へと帰った。
それからすぐにトムから何通も手紙をもらったが、読む気になれず、男遊びを始めた。
「血を見て失神しない強い男がいいわ」と特定の男は作るのをやめた。
早く彼を忘れたかった。
話を聞いたルカが「うわマジか」と言った。
「なにお前ずっと生理なの?失神はねーけど、俺もムリだな、気持ち悪い」
「だから言いたくなかったのよ!レイだってなるでしょ!もうキライよ、ルカなんて」
「まぁ、アイツなら俺は平気なん……」
マリーから恐ろしい気配が漂ってきたのでルカは咳払いをして誤魔化した。
「まぁあれだ、マッチョな騎士様ってやつ?探してやっから元気出せよ」
睨むマリーを残してソソクサとその場を去って行った。
ルカは剣の鍛錬が終わると、適当に選んだマッチョな騎士に「なぁ、どんな女がタイプ?」な会話をしてからレイの待つ部屋へと帰った。
「お帰りルカ、お疲れ様、素敵な服ね」
「おう、ただいま。シャワー浴びてくる」
シャワーから出たルカはレイにマリーとの会話を話した。
「あら可哀想!というか悲惨ね。これからはもっと優しく接してあげることにするわ」
「俺のレイはホントに優しいよな」
ルカは、レイに関する事なら些細なことですぐ感動する奴だった。
そして結局マリーに許してもらったとはいえない状態であることはスッカリ忘れてしまったのだった。




