18【会敵】二
女生徒は鈍く瞬きをし、先程と同じよう暫く黙り込んだが、いえ、と短く否定の言葉を挟んでから補足してくる。
「呼んで頂きたいのは、血刀関係者の方、です。できれば、使い手の方は全員」
「あ、やっぱー…」
「なら、俺たちが伺いますよ。協力できるかどうかは話を聞いてからになりますが」
女生徒から「血刀」の単語が出、弐朗がほっとしたのも束の間、横に立っていた虎之助が弐朗の言葉を遮るようにして用件を問い質せば、女生徒は弐朗から虎之助へと視線をずらして僅かに見上げつつはっきりと首を横に振る。
「全員揃ってからお話します」
「実際、使い手として動いてるのは俺たち二人だけで、他は一般人ですよ。血刀発現させてない奴らばっかです。それとも、俺たちだけじゃ何か不都合でも?」
さらりとそんな嘘八百を述べる虎之助に、弐朗は目を見開いて思わず虎之助を振り仰いだ。
ヨズミ先輩ととーこは? 呼ばねえの? 俺らだけで話聞いちゃっていいの? いいのぉ!? お前、ヨズミ先輩が面白がって「よろしい、協力しよう!」とか言い出す前に断る気だな? 追い返したいんだな? 面倒臭いんだな??
弐朗がイクラのような目で見上げるのに対し、虎之助は鬱陶しげに蔑む目で返し、言葉に出さずに態度だけで「余計なことは言うな」と伝えてくる。
女生徒はどうやらインプットに時間がかかる性質らしい。言葉を受け取って飲み込み、返事をするまでに、逐一間が開く。
虎之助の横柄な態度にも、女生徒は特に気分を害した様子もなく表情一つ動かさない。寧ろ対面している虎之助のほうが、沈黙が長引けば長引くほど顔が険しくなっていく。
「……用件聞きますよって言ってるんですけど……。……、まあ、言いたくないなら別に無理に言わなくていいです。俺も積極的に聞きたいわけじゃないんで。特に言うことないんなら帰ってもらえますか。こんなところに立って気付いて下さいアピールされるの、迷惑です」
返らない返事に痺れを切らし、先に切り出したのは虎之助だった。
女子だろうがお構いなしにはねのけるその無愛想な物言いに、自分が言われているわけでもないのに何故か弐朗の胃がぎゅうと竦む。
もう少し言い方ってもんがあるだろ、相手、初対面の女子なのに! と思わないでもないが、このキレッキレの切れ味こそが後輩の持ち味だということもよくわかっているため、弐朗はフォローの言葉に大いに悩んだ。
結果。
「いや、ほら。男には言いづらい案件なのかもしんねえじゃん。ごめんなァ。こいつ、誰に対してもこんな感じだから! あんま気にしないでくれるとウレシイっつか。ちょっと待っててな。今、話しやすそうな先輩に連絡つけるから」
自分では判断が付かず、結局ヨズミの判断を仰ぐべく、スマホを取り出しながらのフォローとなった。
女生徒は黙って弐朗がスマホを操作するのを眺めていたが、スマホを耳に当てた弐朗の呟きを聞くと、明らかに目の色が変わった。
「あっれ、ヨズミ先輩出ねぇー…」
弐朗が言い終わるよりも早く、弐朗の耳前からスマホが弾け飛ぶ。
弐朗は一瞬何が起こったのか把握できなかった。
が、真横で虎之助が左手の腹に右手を叩き付け、錆前を抜刀しようとしているのに気付けば慌てて虎之助の腕を掴み、女生徒へと振り返る。
いつの間にこんなに近くにきたのか、女生徒はうぐいす色の竹刀袋を突きつけるように持ち上げ、相変わらず何の感情も読めない平坦な表情で弐朗と虎之助を見上げている。
スマホはその竹刀袋の切っ先で弾き飛ばしたのだ。
虎之助は弐朗の手を払い、右手を振り抜いて抜刀するとそのまま掬い上げる動きで女生徒の竹刀袋を跳ね上げんとする。
虎之助の血刀「愚刀錆前」は黒い錆に覆われた日本刀の形をしており、とても物を切ることなどできないなまくらにしか見えない。しかしそれでいて、いざ切るとなれば錆の存在など感じさせない切れ味を見せる。
落ち着いた動きで片足を引いた女生徒が片手に持った竹刀袋を固く握って堪える。まるで鉄の棒のように横に一直線に伸びるうぐいす色が虎之助の下からの初撃を受け止め、弾き飛ばされることはない。
虎之助は嫌そうに眉間に深くしわを刻み、切っ先を引く動作でそのまま竹刀袋をすぱりと切る。
うぐいすの布の隙間から覗いたのは白い鞘。
なんだ、あれ。竹刀じゃないのか。鞘? 日本刀?
弐朗が「え」と短い声を発する間に、虎之助は弐朗を横に突き飛ばして今度は横薙ぎに錆前を振るう。
女生徒はそれも左手に構えた竹刀袋で受け、やはり弾かれることもなく、ぐっと土を盛り上がらせて踏み止まった。
「う、ウソォ!?」
それを見て驚いてしまうのは弐朗だ。
虎之助の一撃は重い。例え受けることができたとしても、弐朗は簡単に弾き飛ばされてしまう。それは弐朗が衝撃を受け流すため敢えて転がっているのもあるが、それでも、いとも容易く片手で受け止めてしまった女生徒に、弐朗は戸惑いが隠せない。
虎之助はそのまま薙ぎ払おうと、鞘ごと圧し折る勢いで更に強く踏み込む。女生徒もさすがに力押しに踏ん張り切れなかったか、よれたスニーカーの底が地面を滑る。