11【分離】三
「ヨズミ先輩、こいつホントに血刀使いっスか……。なんか全然、それっぽいの掴めないっつか」
弐朗が階段に視線を飛ばしてヨズミに問えば、ヨズミは「ウン」と短く肯定で返し、階段を下りて格子に近付きながら言葉を続ける。
「気配は確かに使い手だ。今も、血刀の気配がする。狂いの気配が。ー…鈍い色がちらちら、不安定な証拠だね。昼にも言っただろう、外見に変化はきたしていないが頭のほうは深刻だと。ただねえ……なんというか……読みづらい気配なのは、その通りなんだ。妙にブレる。我々は彼が抜刀しているところを確認したわけじゃない。だが、かなり的確にこちらの気配を読んで逃げ回っていたことを思うと、ポロクンが索敵ができるのは間違いない。たまに血刀の筋でもないのに我々の気配を読める人間も居るが、……所謂「勘の鋭い人間」だね。ただ、そういった事例は極僅かだ。彼が使い手だという確証はないにせよ、血筋である可能性が濃密であることは変わらない。血刀使いじゃないかもしれないというだけで、野放しにするわけにはいかないよ」
解放はできない。
そう釘を打たれてしまえば、弐朗はそれ以上ポロの処遇について何かを言うこともできず、改めて、ヨズミが本件を「保留」とした意味を噛み締め項垂れる。
本人にそのつもりはなくとも、血刀の存在を世間に漏らしてしまう可能性のある人物は放置できない。
このままポロが正常に話せる状態まで戻れないようなら、その時は始末するしかない。ただ、今はまだ、そう断じてしまうにはいささか早急に過ぎる。
だから様子見。保留。
その「保留」がどの程度の期間有効なのかは、ヨズミの匙加減だ。
数日かもしれないし、数ヶ月かもしれない。
保留の間にポロが正気に戻り、もう大丈夫と判断できるぐらいに落ち着いたなら、解放までは無理だとしても、どうにか生きる道が繋がる可能性はある。
次に起きた時は、慌てず騒がずビビらず、冷静に話してくれよ、ポロ!
でないとまた気絶させられちゃうぞ!
あとあんまり発狂しすぎるとそのまま首落とされちゃうぞ!
今こうやって生かしておいて貰えてるのすらラッキーなほうなんだぞ!
お前のために言ってるんだからな、いいか、騒がない、反抗しない、抵抗しない、逃げない、黙秘しない、じゅーじゅんに! 従順!
とにかくいい子にするんだぞ!
こいつダメだって思われたらお前の首、すぐ飛ぶからな!?
弐朗が必死の形相でポロにひそひそと囁き掛ける傍ら、分離は失敗に終わったと判断した虎之助と刀子は一気に警戒を緩め、一方的に刀子が絡むかたちでどうでもいい会話を始めている。
「とらくん、とーこが手相を見てあげます。手出して?」
「いいです。いらないです。俺、手相とか信じてないんで」
「なぜなのですか。とーこの手相占いは当たるとじろくんの中で大評判なのに? ノストラダムスの再来と言われたノストコダモノ。我、世界に終焉を齎す者なり。出してくれないととらくんの髪の毛むしっちゃうよ? ハルマゲドンだよ?」
「……なんで世界終わらそうとしてんですか。わかりましたよ。はい。これでいいですか」
「とったどーーー! とらくんの手はおっきいですねー。ほうほう。なるほど。これはなかなか。ははあ。こういうのもあるのかー。おもむきぶかい。ふーん。なんと。ゆゆしきじたいですよこれは。じゃーーん! 診断結果! とらくんは死にます!」
「……、……。いや。そりゃいずれ死ぬとは思いますけど……」
「おちこまないでね、とらくん。じろくんも死んでしまうのでだいじょうぶだから。ふたりとも、おー、かわいそうに」
「寧ろくれ先輩は死なないつもりなんですか」
「とーこの生命線はね、手相のご本見てもよくわからないのですね、ふしぎ。今のところ死ぬ予定はありませんね?」
この会話を分離作業中にされていたら気が散って仕方なかっただろうな、と、ぼんやり思う弐朗である。
弐朗が自分の手の平をじっと眺め、生命線を探していれば、格子を挟んで屈み込んだヨズミも興味深そうに弐朗の手を覗き込んでくる。
そして「キミの血刀で切ってもすぐ癒えてしまうから手相は変えられないだろうねえ」としみじみ呟き、弐朗がどんぐりのような目で見上げるのをするりと流して、ぱんぱんと二度ほど鋭く手を打ち鳴らし、三人の視線が自分に集まったのを確認してから朗らかに言う。
「今日のところはこのぐらいにして、そろそろ夜も遅いし解散しよう。まあ、焦ることはないさ。まだまだ時間はある。最終的にはトラクンご希望の処理も視野に入れて、各自思い付いたこと、試したいことがあったらその都度提案してくれて構わないよ。先代に話を上げるのは万策尽きてからでも遅くはないだろう」
弐朗は「処理もあるよ」の部分に、虎之助は「まだまだ時間はある」の部分にそれぞれ不満そうな表情を浮かべはしたが、それでも、ヨズミの決定に逆らう者は一人もおらず、ひとまずはポロをヨズミに託しての解散でその日は帰宅した。
だが、実際にはヨズミが想定したほどの時間などなく、事態は転がり落ちるように次の展開を迎えることになる。