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血刀異聞  作者: 椋鳥印
【序章】
10/82

10【分離】二

 弐朗じろうは用意しておいた桶をポロのわきに噛ませるようにして腕を入れ、手首の内側を下にして俄雨にわかあめで縦に深く血管を切る。


 八本抜刀した内一本のみ使い、残り七本はいつでも手の届く範囲に並べて置いてある。


 ポロの血刀がどの程度の量の血を使うかわからない以上、やはり四十パーセントは血を抜いてしまいたい。

 一般人であれば生命活動の維持に五十は必要だが、血刀使いは四十あれば輸血や鉄分の錠剤を飲ませることで造血が間に合う。


 今から四十パーセントの血を抜く。

 そして身体に残った六十パーセントの中で、生命維持に必要な四十を引いた、二十パーセントの血。

 この中からポロの血刀を探し出し、最期の一振りを抜き取る。

 「これ以上の抜刀は死ぬ」という最期の一振りを抜き取ることが、一段階。

 身体に戻らないよう呪符で固めて縛ることで、二段階。

 大量の血を失った身体に蘇生術を施し、安定させて、三段階。

 この三つの段階を全て成功させて、初めて「分離」の成功となる。


 じわじわと桶に溜まっていく血を見ながら、弐朗はポロの脈を取り、注意深く様子を確認する。

 青年だからか出も悪くなく、順調に血は流れ出ている。

 二リットルがどれぐらいの量かは見ていればわかる。炊飯器の釜であれぐらい。計量カップで何杯。みそ汁の椀で何杯。フライパンであの量。普段からよく料理をする弐朗にとって、目分量はお手の物だ。


 刀子とうこ虎之助とらのすけは暇そうだったが、弐朗の集中が切れないよう特にしゃべるでもなく大人しくしている。


 桶に数センチの血が溜まった頃、弐朗は切れ目を入れた手首内側、血塗れの傷口に指を当て、固まりそうな血がないか擦るようにして探し始めた。

 生温かくぬるついた血が指先を濡らし、弐朗の手は見る間に赤く染まる。

 生命維持に必要な血は最優先で身体に確保される。余剰分を抜いた今、大分血刀は抜き取りやすくなっている筈なのだが、これだ、と思える感触がない。


 桶に溜まっている血は既に身体から離れたものであり、この血溜まりから血刀を形成することはできない。

 身体から引き出さなければ血刀は形を成さない。

 それは金の卵を産む鶏を殺して腹を開いたところで意味はないのと同じで、使い手が生きている状態で引き出さなければ、血刀は血刀足り得ないのだ。


 少しずつ色を失くしていくポロの顔を確認しながら、弐朗は焦っていた。


 これだけ血を抜いて、まだそれらしいものに触れる気配がない。

 意識のない状態で試したからか?

 いや、以前にも気絶させた状態で分離に挑戦したことはある。あの時はもっと早い段階で切っ先が見えた。触れれば固く、明らかに骨ではない箇所にあるためすぐにわかる。骨に達するほど深くえぐらなくても、血刀は掴むことができる。前回の部位は腹部だった。それでもちゃんと分離できた。手から抜刀する場合が多いことを思えば、意識を集中させやすい身体の端から抜き取る、で、間違ってない。筈。

 いっそ手首切り落として、後でくっつけたほうが早いし確実だったかも。今からでも遅くない、手首を切り落としてみるか?


 額に浮く汗を手の甲で拭えば、赤い汚れの擦り跡が残る。

 ポロの脈が次第に細くなっていく。

 その今にもこと切れそうな頼りなさに反比例するかのように、弐朗の心音は大きく、早くなる。

 見誤れば死ぬ。

 治癒が間に合わなければこの今触れている身体はもう二度と目を覚まさない。


「……、」


 弐朗はいつの間にか強張っていた肩と、呼吸を忘れたように息を詰めていたことに気付き、深く息を吐いて並べ置いた俄雨に手を伸ばした。

 傷口を縫うように手首に二本、腕に一本。心臓の真横に一本。

 す、す、と、とん、とよどみない手付きで俄雨を挿し込み、腕には少しきつめの駆血帯を巻く。とどめに鉄分サプリをポロの喉の奥に突っ込んで無理矢理飲み下させ、暫く見守れば、ぱくりと開いていた傷口は見る間にぴたりと塞がり、血の気が失せて白くなっていた腕や顔にも、徐々に赤味が戻り始める。


 ポロの心臓は滞ることなく全身に血を運んでいる。造血を促すために挿した心臓横の俄雨は暫くそのままにして、弐朗は両肘をついて天井を仰ぎ「ダメダァ~」と小さく呻った。


 全く手応えがなかった。


 惜しい、と感じる要素すらない。

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