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  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
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04 嘘みたい、こんなこと

 


「あぶないっ!」


 突然、背後から女の声がした。それと同時に、自分の体が後ろへと引っ張られ、僕はバランスを崩して尻餅をついた。


「え……」


 顔を上げると、目の前を猛スピードで特急電車が通り過ぎていった。




 あれ?

 後崎くんはどこ行った?

 なんで僕、こんなホームぎりぎりの所に立ってんだ?

 そう思いながら立ち上がり、辺りを見渡す。


 ああ、そうか。僕、戻って来たんだ。

 自分の置かれている状況を理解し、僕は小さくため息をついた。




 ……じゃなくて僕、また悪い癖出てた?

 列車にぶつかるところだった?

 それを誰かに助けられた?


 慌てて振り返ると、スーツ姿の女性が青い顔で僕を見ていた。




「大丈夫だった? 後崎くん」


 え?

 誰、この美人さん。

 言葉と同時に僕の手を引いて、その女の人はベンチに僕を座らせた。


「あ、あの……」


「久しぶりね、後崎くん。元気だった?」


 そう言って僕の頭を撫でるその人。

 その声、その仕草に僕は覚えがあった。


「……ひょっとして、下村さん?」


「覚えてくれてたんだ、私のこと」




 その人は下村あずささん。僕の高校時代の同級生だった。

 クラスの人気者で、誰にでも優しかった女の子。こんな僕にも普通に接してくれて、あの頃の僕は彼女に恋愛感情を抱いていた。


 でも彼女は、誰にでも優しい人だった。僕だから優しかった訳じゃない。

 それに彼女は僕と違って、陽の当たる場所でいつも輝いていた。

 僕とは住んでる世界が違い過ぎる。そう思って僕は、胸の奥にその想いを封じ込めたんだった。


 その彼女がどうしてここに? どうして僕を助けてくれた?


「仕事の打ち合わせ先がこの辺りだったの。今から職場に戻るとこ。そうしたら見覚えのある人が、ふらりと立ち上がって線路に近付いていくじゃない? ひょっとしたらと思って、慌てて引っ張ったのよ」


「そ、そうなんだ……ごめんね、心配かけちゃって」


「大丈夫? 何かあった?」


 そう言って僕の顔を覗き込んでくる。

 いやいや近い、近いって下村さん。

 その距離感に僕は動揺し、慌てて首を振った。


「大丈夫、大丈夫だから。ちょっと嫌なことがあったのは本当だし、今日も会社をさぼっちゃったんだけど……大丈夫だから」


「全然大丈夫じゃないでしょ、それ。本当、後崎くんってば全然変わってないのね。教室でもよく見てたけどあなた、いつも何か悩んでるように思ってた。でも決して、それを口にしない。私ね、結構心配してたんだよ」


「……面目ないです」


「いいわ、こうして出会ったのも何かの縁だし、私が聞いてあげる」


「聞くって、何を」


「だから、後崎くんの今の状況をよ。力になれることがあるなら私、協力してあげるから。とりあえず次の電車、一緒に乗ってくれるかな。職場には顔を出すだけだし、すぐに戻れるから。一緒にご飯でも食べましょ」


「いやいやいやいや、それはまずいでしょ。下村さんにだって、その……付き合ってる人とか、もしかしたら旦那さんがいることだし」


「そんな人いないわよ」


「え」


「結婚もしてないし、付き合ってる人もいない。何なら後崎くん、立候補してくれる?」


 そう言って、彼女が意地悪そうな笑みを浮かべた。


「えええええええええ?」


「ほら、電車来たわよ。行くよ」


「ちょ、ちょっと待って、行く、行くから引っ張らないで」


「いいからいいから。久しぶりに会ったんだし、今日はとことん付き合ってあげるから」


 笑顔でそう言って、僕の手を引く下村さん。

 その勢いに負けて、僕も足早に電車に乗り込む。





 人生、何が起こるか分からない。

 もう駄目だ、どうせ無理なんだ。

 そう思ってた矢先に、こんな再会だ。

 過去の僕、見てるかな。

 人生は本当、面白いのかもしれないよ。

 まだまだ諦めるには早いよ、きっと。




最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

作品に対する感想・ご意見等いただければ嬉しいです。

今後とも、よろしくお願い致します。


栗須帳拝

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― 新着の感想 ―
[良い点] ∀・)とばりさんお得意の精神対話が描かれている作品なんだと思いますが、それが作品そのものを象っているというか、この駅そのものがメタファーである種の精神世界を描かれている手腕が本当にお見事だ…
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