私を侮辱する婚約者は早急に婚約破棄をしましょう。
私、ルイジアナ子爵令嬢のセレンは一カ月ぶりに学院に登校した。
なぜ、一カ月間も学院を休む事になったのかは、婚約者であるマレオ・ロトリス伯爵令息と三カ月前に編入してきたヘリナ・ラッケル男爵令嬢の所為である。
二人はラッケル男爵令嬢が編入してすぐに仲良くなりだし、私を邪険に扱い始めたのだ。
しかも、ラッケル男爵令嬢は私が彼女を虐めていると嘘を言ったのである。
もちろん、私はやっていないと言ったが、あろうことかマレオ様は婚約者である私の言葉より、ラッケル男爵令嬢の言葉を信じてしまったのだ。
そして、私を徹底的に侮辱したのである。
その為、私はすぐに両親に相談してロトリス伯爵家へ話し合いをしに行った。
もちろん、マレオ様側が私に対して侮辱をしたという理由で婚約解消をする為だ。
しかし、ロトリス伯爵夫妻はこの件を証拠もないから婚約解消はしないと拒否してきたのだ。
しかも、あろうことか息子はそんな不誠実な人間じゃない、むしろ私に問題があるんじゃないかと笑ってきたのである。
もちろん両親は怒り狂った。
だから、爵位が上だからと調子に乗ってるロトリス伯爵家に笑い事では済まされない事を身を以て分からせる為、私達ルイジアナ子爵家は総出で一カ月間寝る間も惜しんで証拠を掴む為に動き回ったのだ。
そして、全ての準備が終わったので学院に来たのである。
そんな、私が教室に入ると学生達は驚きの視線で私を見てきた。
おそらく、ロトリス伯爵令息に侮辱され続けた事を知っているから、私がもう学院に来ないと思っていたが来たので驚いているのだろう。
私はそんな学生達に軽く頭を下げるだけにして、一番角の人が少ない場所に座る。
すると、すぐに怒った表情のロトリス伯爵令息がやってきて私を睨んで言ってきたのだ。
「お前は何しに来た?」
「……何しにとは授業を受けに来ましたが、それが何かおかしいでしょうか?」
私が当然の事を言うと、ロトリス伯爵令息は私の前にある机を叩いた。
「ふざけるな!ヘリナにあんな事をしてよくのうのうと来れたな!恥を知れ!」
ロトリス伯爵令息はそう言って私の肩を乱暴に掴もうとする。
しかし、すぐにその腕を掴んだ者がいた。
それは女生徒に人気があるレイザール・メディチ侯爵令息だった。
「大丈夫かな?ルイジアナ子爵令嬢」
メディチ侯爵令息はそう聞いてくると同時に、掴んでいたロトリス伯爵令息の腕を捻り上げた後、押し飛ばす。
すると運動神経ゼロのロトリス伯爵令息は顔から床に着地して床の上で顔を押さえながらのたうちまわり出した。
そんなロトリス伯爵令息を私は一瞥した後、メディチ侯爵令息に頭を下げる。
「ありがとうございます。でも、どうしてあなたが?」
私は一学年離れたメディチ侯爵令息がここにいる事を疑問に思っていると、メディチ侯爵令息が微笑んできた。
「ほら、うちって裁判所をしてるから」
私はそれで理解してしまう。
「もしかして、学院での情報を調べてくださったのはあなたですか?」
「まあ、私は少しだけね……」
そう言ってメディチ侯爵令息が頷いた時、やっとロトリス伯爵令息が痛みから復帰したらしく、立ち上がるとメディチ侯爵令息を睨み怒鳴ってきた。
「貴様は絶対に許さん!我がロトリス伯爵家の力を以て……」
「力も財力もありませんよね。だから、ルイジアナ子爵家が援助していたんじゃないですか。しかもあなたが潰すとか言おうとした相手は侯爵家ですよ?」
私はロトリス伯爵令息が話してる最中、そう口を挟むとロトリス伯爵令息は顔を真っ赤にして黙ってしまう。
そんなロトリス伯爵令息の元に駆け寄ってきた人物がいた。
どうやら、ヘリナ・ラッケル男爵令嬢がやっと教室に入ってきたらしい。
相変わらず周りを気にする様子もなくロトリス伯爵令息の腕に絡みつくが、私の視線に気づくと驚いた表情を浮かべた。
「あれれ、セレンさんがいるぅ?辞めたんじゃなかったのぉ?」
しかし、私は答える事はなく黙っているとロトリス伯爵令息が私を怒鳴ってきた。
「何を黙ってる!ヘリナが聞いているのだ……」
「婚約者の浮気相手と話なんてしたくありませんね。ああ、婚約者の事は嫌いだしもう婚約破棄になりますから二人とも仲良くくっついてても大丈夫ですよ」
私はまた、ロトリス伯爵令息が話してる最中にそう言うと、驚いた顔をした後に笑いだした。
「ははは、俺は浮気なんかしてないぞ。そもそも証拠なんてないだろう。だから婚約破棄なんてできないぞ。しかし馬鹿な奴だ。これで、ロトリス伯爵家を侮辱した罪でお前には莫大な慰謝料を……」
「証拠はありますよ」
私は鞄から二人が不貞行為をした内容が書かれた大量の報告書を出して、二人の足元に投げる。
「こそこそと隠れて楽しんでたみたいですね。でも、所詮は学生ですから、プロにお願いしたらあっという間に証拠なんて揃いましたよ。しかも、学院の空き部屋で赤ちゃんプレイって何ですか?」
「なっ⁉︎」
「えっ⁉︎」
ロトリス伯爵令息とラッケル男爵令嬢は驚愕の表情を浮かべ、慌てて報告書を見てすぐに顔を真っ青にした。
なにせ、そこには細かく詳細に何をしたかを書かれていたからだ。
私はそんな、二人を蔑んだ目で見ながら言った。
「ちなみに、王国裁判所に認められた報告書なので言い逃れはできませんから。それとルイジアナ子爵家の支援を受けていながらよくうちの悪口なんて言えますね。今回の件でロトリス伯爵家に援助したお金は全額返して頂きます。もちろん私との婚約は破棄です。ああ、理由はマレオ・ロトリス伯爵令息の不貞行為によりです。それと、ヘリナ・ラッケル男爵令嬢には慰謝料を請求します。後は……」
私はそう言った後、メディチ侯爵令息を見ると頷き、ラッケル男爵令嬢に向かって言った。
「ラッケル男爵令嬢、君は今回の件みたいな事を何回かしてるみたいだね。だから、何人かの貴族令嬢から訴えられている。おそらく重い罪になるから覚悟しとくといい」
「な、何よ。簡単に仲が壊れるあんた達がいけないんじゃない!この金無しクズ野郎だってそうよ!ちょっと近づいたらあっという間に落ちたのよ。だから、こいつを使って美味しい思いができると思ったのに、蓋を開けたら金無しよ!だから繋ぎで押さえていただけなのにまさかこんな事になるなんて!」
「へ、ヘリナ?」
突然のラッケル男爵令嬢の豹変に、ロトリス伯爵令息は呆然とした表情で立ち尽くす。
そんなロトリス伯爵令息に私は笑顔で言った。
「良かったですね。お金目当てで近づいたわけだから、あなたとお似合いじゃないですか。だから、今回、二人が一緒になれるように取り計らっておきましたからね」
私がそう言って微笑むと、二人は驚いた後、私を睨んできた。
「そ、そんな横暴な事できるわけないでしょ!」
「そ、そうだ!セレン、俺とやり直……」
「お二人は少し黙ってて下さい。さてと、もう入って来て下さって結構ですよ」
私はそう言って手を叩くと、ロトリス伯爵とロトリス伯爵夫人、そして、ラッケル男爵とラッケル男爵夫人が真っ青な表情を浮かべながら教室の中に入ってきて、私を見るなり深々と頭を下げたのだ。
そんな二組の後ろでスッキリした表情の両親が微笑んでいたので、どうやら、報告書を見せながら溜め込んだ怒りを全てぶつけられたらしい。
そんな両親に私は微笑むと、二組の夫婦に質問する。
「二人の名前が書いてある婚姻届は持って来ましたか?」
「はい……」
ロトリス伯爵が代表して婚姻届を私に見せてきたので確認して頷くと、ロトリス伯爵は二人の所へ行くと婚姻届とペンを見せる。
「さあ、サインしなさい」
「はっ、なんでよ⁉︎」
「そ、そうだ!俺が結婚するのはセレンだろ!」
「馬鹿か!もうとっくに婚約破棄されてる。それにこれにサインしないと莫大な慰謝料の請求が両家に来るんだ。それをお前達が結婚すれば半分以上減らすと言っているんだ。だから、サインしろ!」
「そんな……」
「う、う……」
二人は涙目になりながらロトリス伯爵を見るが、ロトリス伯爵は気にする様子もなく半ば強引に二人にサインをさせると、婚姻届を私に渡してきた。
「確かに、これを後は出すべき場所に出せば二人とも晴れて夫婦ですよ。これでこそこそしてた、この魔法使いプレイ?っていうのを堂々とできますね。おめでとうございます」
私がそう言って微笑むと両親にメディチ侯爵令息は笑顔で拍手をしてくれた。
そんな中、空気になっていた教室の生徒達もパラパラと拍手しだすと、慌てて両家の夫婦も作り笑いをしながら拍手する。
それを見たロトリス伯爵令息とラッケル男爵令嬢は床に座りこみ項垂れてしまうのだった。
◇
あれから、結婚をしたロトリス伯爵令息とラッケル男爵令嬢は学院を辞めて、両家の仕事を手伝わされているらしい。
しかし、二人が働いてもうちに慰謝料を全て支払い終わるのは数十年はかかるだろうと言われている。
特にロトリス伯爵家は援助した分もあるので二人の子供にまで支払いが発生する可能性があるそうだ。
だが、両親いわく、両家は毎日喧嘩に明け暮れていて仕事がまともにできていないそうで、このままでは全部回収するのは無理だろうと言っていた。
そんなわけで今は両家の家財や宝石を回収し、領地にいる優秀な人材を引き込んでいる最中である。
そんなこんなで忙しい毎日をしているが私にとても良い話が来たのだ。
それはレイザール・メディチ侯爵令息との婚約である。
どうやら、あの一カ月間でルイジアナ子爵家とメディチ侯爵家は仲良くなってしまったらしい。
「私は元婚約者のような馬鹿な事はしないから安心して欲しい、セレン嬢」
街でデート中、突然、私の隣でレイザール様は優しく微笑みながらそう言ってくる。
突然、そんな事を言って来た事に私は首を傾げそうになったが、最近レイザール様に色目を使って近づいてきた令嬢が軽くあしらわれた姿を思いだす。
だから、心配してはいないですよと、答えようとしたら、離れた場所で知った男女の言い争う声が聞こえてきた。
それで理解した。
ああ、レイザール様は彼らを見たからそう言ったのね。
私は納得し、彼らの方は見ずにレイザール様を見つめる。
「……はい、安心していますよ」
私はそう言って微笑み返すのだった。
fin.