1-3-2.何か困ってるんじゃないかな?
「な、なぁ……」
朝のホームルームが終わり、俺は美和の肩を叩く。
美和は嬉しそうに振り返った。
「どうしたの?」
相変わらず美和は元気だ。というより機嫌が良い。
その一言でそれを察することが出来た。
やはり長年の付き合いだからか、それとも美和が分かりやすいだけだからか。
いや、それよりも。
「あそこで本読んでる長髪の彼女の名前、なんて言うか分かるか?」
俺が指さすのは朝の彼女。櫻井の斜め前であるから、少し小声で話しかけた。
今は読書にふけっている。
はっきり言って名前はどうでもよい。しかし……。
「あ、大柳さんのこと?」
名前を知ることによって少し俺は安堵できる。
見ず知らずの人では無く、クラスの人。それだけでも安心感は大分違う。
俺は頷くと、美和はほくそ笑む。
「大柳 雨音さん、だよ。どうしたの? ひょっとして一目惚れ?」
妙に目がつり上がり、美和の目つきは明らかに面白そうなものを見る目へと変わる。
そうそれこそ、子供が欲しい玩具を見るような目だ。
「んなわけねえだろ……」
それを振り払うように俺は言葉を発す。
美和はまだその悪魔的な表情は変えず、俺に詰めかかる。
「ホント?」
「ああホントだ」
「ホントにホント?」
「くどいな、本当だ」
「なんだぁ、つまんないの」
美和の表情はやっといつもの、というより本当に興味の無さそうな顔に変わった。
「つまらなくて悪かったな」
俺は返しながらふともう一回その、大柳さんとやらを見る。
勿論と言えば勿論だが、こちらには目もくれずひたすら読書にふけっている彼女段々それを見ていると到底ストーカーとは思えなくなっていく。
「それで? 彼女って……大柳さんってどんな人なんだ?」
俺は質問を重ねることにする。
それは純粋な興味でもあったし、重要な情報でもあった。
「どんな人って……私もそこまで関わってないんだけど、まあ魅力的な人だよ? 気配りも出来て、話しても楽しくて、成績優秀で……そう、それこそまさに非の打ち所がない人かな」
美和はそう言う。
非の打ち所がない人――か。本当にそんな人がいるとは驚きだ。
まあ非の打ち所がなさすぎて、人の秘密を知ってしまう。そういうことはよくあるのだろうか。
いや恐らくというか絶対ない。
そう、ただの人間ならという話である。
ただの人間なら――。
スマホを開いて、グループラインを開く。
入会するべきかしないべきか。
そんな時、メッセージが届く。
『何か困ってるんじゃないかな?』
アカウント名は「みゆき」。未だ友達登録は出来ていない。
察した、これは美友紀先輩だ。
俺は登録はせず、一つ彼女にメッセージを送った。
『よく分かりましたね』
と。すると続いてまた通知が来る。
『詳しい話を聞こうか』
美友紀先輩らしきメッセージは、また届く。
俺はそれに対して少し考えながらも、それに対してメッセージを送る。
『直接会って話しませんか?』
苦渋の決断だ。はっきり言ってこういう話を、もう美友紀先輩とはしたくなかった。
俺はいじめ部とやらに、入るつもりはない。