1-3-1.だって……知っちゃうから
彼女の手を引き、俺は駆け出す。
誰もいない場所――誰もいない場所。
色々探してみたもののそう簡単にあるものではない。
そしてやっと見つけて、俺は静かに尋ねた。
「――誰から訊いた? 奥寺か? 美和か?」
彼女は黙っている。
一秒、二秒。
一分ほど無言の時間が続く。
「誰からも聞いてない」
彼女の口が開いたのはそれから一つ、時計が進んだ時だった。
「じゃあなぜ知ってるんだ?」
「だって……知っちゃうから」
知っちゃうから?
俺は少し首を傾げた。
「16時32分、帰宅。その後ベッドに直行して17時25分に就寝。20時15分に起床、夕食としてももの唐揚げとご飯を食べる。21時01分に就寝、5時15分に起床。こんな風にわたしは知ってしまうの」
どこか、既視感を覚えるその行動。
そうそれは……。
「昨日の……俺?」
分単位で俺の行動を、すらすらと読み上げた。
彼女はうつむきながら続ける。
「わたしは知ってしまうから。知りたくなくても知ってしまうから。その、どんなことも……だから……えっと……」
「……ふざけるな!」
頭の中に思いつく可能性はただ一つ。
彼女は俺のストーカーで、俺を常につきまとっている。
そう思った瞬間、声を荒らげてこう言っていた。
当たり前のことだった。とはとても言いがたい。
しかし超能力者に関するストレスなど他のことを考えると、こうなるのは当たり前だったかもしれない。
彼女は驚いたような顔をしている。
「何を、言ってるのですか?」
「ふざけるなって言ってるんだよ!!」
俺は更に続ける。
「お前、俺のストーカーか? そうじゃなければなんで俺を監視してる!?」
「だって……知っちゃうから。監視とか……そんなの……」
それはどういうことだろう。全く以て意味が分からない。
俺を知ってしまうとはどういうことだろう。
だがそれを知る気も、俺にはない。
「気持ち悪いんだよ! 誰かに見られながら過ごす生活なんかそんなんいやだ! 何でだ? 何のためだ? いや、そんなのどうでもいい」
あふれ出す言葉はどれも綺麗とは言えなかった。
そう、まるで子供みたいな言葉。何も接続しない言葉。
何かを言いかけた彼女はふっと笑ってそれを聞き続ける。
しかし目は、少し悲しそうだった。
「俺と二度と関わるな!!」
最後に添えたその言葉――正直言いすぎたかもしれない。
しかしそれ程俺は激情していたらしい。最後の言葉を吐ききって、ふと俺は我に返る。
謎のその恐怖感、心の中つまりプライベートを探られるような気持ち悪さ、間違いなくここまで激情に駆られたのはその所為だろう。
彼女は、そんな我に返った俺の前で。
「……うん」
そう言った。
どこか彼女の瞳が光ったように見えた。
いつの間に彼女は、丁寧語を外していたのだろう。
――不思議な感覚になる。
『この世の中には沢山の超能力者がいる』
なぜか美友紀先輩の言葉が、急に脳裏をよぎった。
その瞬間俺は少し考えてしまう。
もし彼女が超能力者だったら。
勝手に俺の動きを知ってしまう、そんな超能力者だったら。
………。
……それでも気持ち悪い。
そう思ってしまう。
足は教室に進む。
取り敢えず変なことは忘れて学校を続けよう。
うん、今何もなかった。
そう自分に呼びかけながら、教室に着く。
チャイムはあと数分。
余裕を持って教室のドアを開け、自分の席に座る。
ふと教室を見渡した。
――――!!??
俺はその瞬間、驚くことになる。
そう、先程話していた彼女は。
同じクラスだったのだ。