1-2-2.一人の美少女
朝のモールはせわしない。
勢いよく人が行き来し、そして多くの会話が飛び交う。
「ふぅ」
そこの脇でただぼーっと突っ立っているだけでも、大分面白いものだ。
こうしてみると、やはり人間というものは個性を持っているんだなぁと思ってしまう。
飛び交う言葉も、人の格好も、またその声質、歩き方さえもそれぞれ違って、それぞれ興味深い。
――本当に入学したてで良かった。
知り合いがいないからこうやって、結構長く人間観察が出来る。
とても心地良い。
まあこういう時ラノベ主人公だのなんだのは屋上に行くのだろうが、俺はそんなことはしない。
いや当然だろう、屋上がいけないのだから。
あーあ、行きたかったなー。
少し気が紛れてきた気がする。
「さて」
どうするか。
ポケットの中に入ったスマートフォンを開け、再びそのグループラインを見る。
ここに入ってしまうとまるで、俺がその何だか分からない超能力者だと認めている気がして、何だか押せない。
「ね」
そんな俺に話しかけてきた一つの声。
振り向くとそこには、一人の美少女がいた。
ー ー ー ー ー ー ー
「な、なんでしょう……」
俺は狼狽えながら次喋るべき一言を探す。
「式部くん……であってますよね?」
その美少女は明らかに高校生――上履きの色から俺と同学年であることが察すことが出来る……が。
俺はこの学校に入ってから、あいつ以外の同学年の女子と話してない。俺に用がある可能性はそこまでないはずだ。
……でも今俺の名前を、確認した?
「えっと、そうですけど」
何が来る? 普通に考えてこの間と同じ自己紹介カードから? それとも奥寺か誰かと話している俺に対する質問か? いや……。
彼女は、口を動かした。
「すたーちゅらぶのコツを、教えてくれないでしょうか?」
…………?
「今なんて?」
「え……いや、」
彼女はまるで何か悪いことを言ったのかと不安になる様子で、再び言い直す。
「すたーちゅらぶ♡いんすくーるのコツを、教えてくれませんか?」
…………?
え、
――すたーちゅらぶ♡いんすくーる。
通称すたすく、対戦恋愛シュミレーションと呼ばれる異質なジャンルのそのゲームはPCやスマホなどでプレイすることが出来る。
そのゲーム性は奥深く、プレイ人口もある程度を保っている所謂神ゲー ――そして、俺の黒歴史だ……。
「えっと何か勘違いしてるみたいだけど、俺そういうゲームしらないよ」
「そうですか? 知らないんですか」
「あ、ああ」
ひとまず誤魔化そうとする。
何せ俺は俺がそのゲームのオタクであることを知っている友人から逃げるためにこの学校に来たのだから。
確かに結果としていてしまってはいるのだが、それでも今は口止めが効いている。そのはずだ。
入学当初に秘密にしておいてくれと、そう頼んだのだから。
「……嘘ですね」
「え?」
「それじゃあなぜ『その』じゃなくて『そういう』ゲームなのですか?」
俺は絶句した。
言葉の間違い、考え方の間違い、色々な便宜の仕方があった。
しかしそれらは表向きのものでしかない。本質的なところは何も誤魔化しようがない。
彼女はその本質を見ているのだ……と。