1-1-1.呼び出し
ボードゲーム部。
この学校に入学した時、最初に目に入った部活がそれだった。
どことなくオリジナル感に満ちたその部活は、とても面白そうに見えたのである。
ゲームではなく、ボードゲーム。それだけでも、俺の興味をそそるには十分な要素なのだ。
勿論、入部した。
まだ部活に一回しか出席していないが、とても良い部活だと思う。
正直俺は将棋とかオセロとかしかやったことないし、そこまでボードゲームが好きなわけではないのだが。
「さて」
そんな俺がなぜ部長に呼び出されることとなったか。誰か教えて欲しい。
まだ入って日も浅い、そんな俺とわざわざ二人きりで話すこと――そんなものはないのではないだろうか。
二人きり、二人きり――連想できるのは告白しかない。
勿論、そんなことはない。
俺はそこまで格好良くもないし、そもそもそこまで部長と関わってもいない。
話なんて一回した程度である。
『期待の新人、式部雄士殿
今日の放課後、大事な話がある。
物理室に午後四時来て欲しい。
ボードゲーム部長 杜 未友紀』
改めて渡された手紙を見てみる。
これじゃあ何のようだなんて分かるわけがない。
まぁとにかく、物理室に行くべきか……。
「――式部君?」
「うぇ!」
……思わず変な声を出してしまった。
後ろを振り返る、どうやら声の主は、その手紙の主の杜部長だったらしい。
「……どうしてここに?」
俺は質問を投げかける。
しかし彼女は、その質問に対して意に介さないで話しかける。
「ああ、やっぱり式部君だったかい。いやあ待っていたよ待ちかねていたよ。待ちかねまくって、ついに探しに来てしまったよ」
俺は自分の腕時計を見る。
四時十分。待ちかねる、というか待ちかねまくるという造語をつくるまで待たせているだろうか。
まあ待たせたことには変わりないが、でもそれにしては見つけるのが早い気がする。
「そこまで待ちましたか?」
ちょっと問いかけてみる。
彼女は少し不思議な顔で俺の顔を覗いた。
「君は、五分前行動という言葉を知らないのかい?」
「……ま、まあ確かにそういうのもありますよね」
俺の目は泳ぐ。すぃーすぃー、と。
「そうか、物理室の場所が分からなかったんだね、それはすまなかった」
「ま、まぁ確かにそういうのもありますよね」
ああ、スイミングスクールに通っている気分だ。
うん、泳ぐのってタノシイナー。
「そ、それで……何の用なんですか? 杜部長」
ここで俺は、話を逸らした。
話を戻したと言っても良い。とにかく、話を変えた。
「……じゃあちょっと話始める前に、ここじゃなんだし移動しないかい?」
彼女は物理室へ行く通路を指さす。
俺は小さく頷いた。
一歩、二歩、三歩、四歩……十歩。
「杜部長」
俺は話し始めない彼女に再び呼びかける。
彼女は口を開いた。
「なぁに、大したようじゃないんだ。そう怖がらなくてもいいんだよ」
それから私のことは杜部長ではなく、未友紀先輩とでも呼んでくれたまえ。名字も、部長という肩書きも妙に距離を感じてしまうからね。大体呼びづらいんじゃないかい?
彼女は答える。
「は、はい」
気がつけば俺は、萎縮していた。落ち着いた迫力に緊張感を覚えていた。
そんな俺に、彼女は言葉を発する。
「単刀直入に言おう。私、というか我が部に協力してくれないかい?」
……ん?
それはどういうことだろうか。
キョトンとしている俺に、未友紀先輩は更に言葉を足す。その言葉は、とても大きな言葉だった。
「いじめ部の、部員になってくれないかな?」
………………。
…………。
……?
俺は完全に、キョトンとしてしまった。
彼女は説明を続ける。
いじめ部はこのボードゲーム部の、謂ってしまえば裏の顔。
活動内容は言ってしまえば警察のようなもの。しかし警察が介入できない悪を取り締まる。
「地域に対する奉仕部、正義の味方ごっこ、と言っても良い。そう、偽善による地域へのボランティアさ」
何となく分かる。しかし俺は素直に、このような質問をしてしまう。
「警察が介入できない悪って、なんですか」
そんなものがいるのだろうか。そのような問いに、彼女は答える。
「勿論いないだろうね」
「いない? なら活動内容として……」
「まあ、表向きは」
その言葉に俺は絶句する。
「とは言ってもそう大袈裟なものじゃないさ。基本犯罪とかには関わらない。それこそ軽度なものさ。私達が取り締まるのは、とあるものを乱用している人物だけ」
とある物?
「とある物、は見てくれた方が早いかな?」
そう彼女は言う。
丁度そこは、物理室だった。