第八話「殺気の誘惑」
口ほどにもない。俺の腕は芸術品などとぬかした男の喉に通されていた。
もうトーナメントは終わりに近づいている。たった一人勝ち残るために多くの人間が犠牲になった。そしてそのまま忘れ去られようとしている。
そのまま男の屍をふりほどいた時に、ついに例の報告が来た。
「プレイヤー二名死亡。残り七名」
二名? 今俺はここで一人殺したに過ぎない。
ちょうど、また別に一人殺した奴がいるというのか。
一体誰がやったんだ、と思案する内にあいつのことを思い出した。佐一だ。
あいつは俺よりもずっと殺しにおいては長けていた。訓練でも、ずっといい成績を挙げていた。トーナメントがどれほど過酷なものだろうと、あいつなら生き残るに違いないという漠然とした確信があった。
だが、まだあいつだと決まったわけじゃない。事実このトーナメントに関する情報管理は非常に手堅い。
一体この戦いに誰が参加しているのか、知らされないのだ。俺が今までにその姿を見たのは、参加者のごく一部に過ぎない。
だがもしいたら、必ず俺がとどめをさす。
俺はあの狂った兄弟のような性癖を持っているわけではない。ただ、あの時の約束を冗談だと笑い飛ばせなかったばかりに、何とかその言訳をしようとして、生きているに過ぎないんだ。
県外なら、正直者――春原県にない概念だ――などと言われる人間なのだろう。それはむしろ血も涙もないヴァイスとしては致命的な欠陥なのだが。
ふと、悪寒がした。今は夜だからと言って寒さにおびえる季節ではないはずだが。
いや、これは悪寒ではない。心が恐怖を感じている。根源的恐怖を。
今まで嫌悪感とか憎悪とか絶望を覚えたことはあっても、こんな身もふたもない恐怖感に襲われたことはなかった。生の虚しさに恐怖するなどという程度の話ではない。
悪意だ。誰かの悪意に恐怖している!
ふざけるな。ヴァイスとして一段と成長した奴がこんなオーラを放っているというのか。そんなものは、この俺が破壊する。揺動く感情に戸惑いつつ、俺はこの恐怖感が一体どこから来るのか見定めようとした。そして俺は、この恐怖感を放っている何かに向かって、勘に頼って歩き出した。
途中で、この競技を勝抜けなかった人間のなれの果てを目にした。
何か巨大な鉄の塊で殴られた屍。
火であぶられ腕や腹が欠けた屍。
この戦いが終わったら、県内の公園や市庁舎に曝されるのだ。戦う覚悟がない人間は年長者に言われて。
まさにここは、地上のあらゆる悲惨の展示会。
そして俺はそれを恐ろしいと感じている。許されないと思っている。にも関わらず、それは怒りとか不条理に対する茫然とした感情に登らない。俺はこうなりたくない、と静かに一人ごちたに過ぎない。
「プレイヤー一名死亡。残り六名」
例の恐怖感は、方角を変えた。どうやら奴は少しづつ動いているらしい。
「プレイヤー二名死亡。残り四名」
アナウンスだけが、ただ冷静さを保っている。
そいつに殺されたんだ、と直感で。
もうあの戦士たちは二度と帰ってこない。彼らの殺しを誰も記憶する人間はいない。そう思うと俺は、
「音政」
俺はそいつのことを知っていた。いやそれどころか、俺はそいつに敬意にも近い感情を抱いていた。
あの事件当時からヴァイスとして、それなりに殺しを積み重ねてきた奴だ。他の人間とは、格が違う。
「てめえ生きていたのか? 久治……性懲もなく」
ヴァイスは、ただ春原県にとどまっているわけではない。その一部は、更に闇に染まるために世界へ出て行くことを選んだ。
「俺は何年も世界各地の戦場を渡歩いて殺しを積み重ねてきた。もう何人殺したか覚えてない。金のために。殺しても殺しても、殺し足りない……。」
くすんだ目だ。だが昔は、こんな目ではなかった。
「三川久治か。俺が教えた殺しは役に立ったか?」
ヴァイスに上下の礼などない。どうせ、互いに殺し合う運命だから。まして文字通り殺伐とした人生を送る人間にとって、他人を尊重できるゆとりなどない。
「久治、俺を殺してくれ。お前に殺されれば、俺はこの本能から解放たれる。ヴァイスとして、闇に閉ざされた世界を創造して破壊するこの循環に参加してくれ」
まるで哀願するような口調でありながら、今にも殺意をむき出しにしそうな身振り。
いや、殺意を隠しているわけではないのだ。誰かに殺されたいのも、ヴァイスとして殺すことに飽きているのも真実なのだ。ただ殺戮によって存続するこの種族を、一体誰が歓迎する?
ヴァイスでありながら、ヴァイスであることに倦むとは、何という地獄だろう。早くからその悩みを告白していたなら、あの自称救世主が喜んで爆殺してくれたに違いない。
「なぜ、そんな不毛なことを繰返す?」
「俺はただの大河の一滴だ。水の流れを汚そうとして汚し尽くせないただの一滴だ。俺に出来ることはただの下らない茶番を長続きさせることだけだ」
まるで俺と同じような言葉を吐くではないか。いや思えば、こいつが俺にあの言葉を漏らしたんじゃないか。
俺はこいつに影響されていたに過ぎない。それもまた、気にくわない。
「お前が死ぬのは構わないが、自分が死ね」
一憎悪しきるには一種の呵責があるにも関わらず、俺はいい加減この戦いを終わらせたくてたまらない。
「久治、やはりお前は強い奴だ」
何回かトーナメントに勝残った人間にそう言われるのは不思議な感じがした。
音政は
また、あの薄ら寒い空気が襲ってきた。誰かは分からないが、俺の想像もつかない誰かがさっさとプレイヤーを減らすようにせかしている。
三人だ。こいつを殺せば、最後の決闘が待っている。その後に俺は――
「さあ、殺合おう……」
俺は顔を光らせ、音政に殴りかかった。
対する音政は、両目から彗星を走らせていた。
俺たちは拳の嵐をお互いに吹付けまくっていた。
さすが軍人なだけあって、これまでの奴らとは強さが格段に違う。
「これほど強くなっていたとは……」
音政は感動していた。よく分からない。なぜ、そんな繊細な目つきをしている? 言葉を失うほどのものなのか?
音政は愛次の兄のように身体が崩壊することもなく、理性と強さを保ったまま俺を圧倒している。このままでは、やられる。
俺は、音政の腹を蹴った。突然ひるんだ隙を見計らって顎を指で突いた。
腹を何度か衝かれた。鎧のような皮膚が弾いた。さきほど、愛次の兄がなってしまったような異形になりかけている。
どうやら俺も、他人を人非人と罵りながら自分自身怪物と化していたらしい。
思えば、夢を持って技術を磨いてきた。他人を地に染めるための技術を。
まるで、自分が悪魔になった気がした。不正、欲望。そんな言葉を聞いたことがある。だが俺は殺し以外のいかなる悪徳にも染まったためしがない。
生まれた時から俺は八割がた化物ではあった。ただ、殺しに本質的な価値を見出せない点をのぞけば。
その点だけは、佐一ですら理解しえないだろう。結局は無駄であることを続けられる時点で俺は他人の共感など
俺はさっさと最終決戦を始めたいのだ。こんな独りよがりな愚者を相手にする暇などない。
俺の傷が次々と癒えて行く。




