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VICE  作者: 鱈井 元衡
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第七話「鮮血の閃光」

 もはや、一刻の猶予も許されない。

 戦いにいよいよ、終幕が近づきつつある。このままプレイヤーがたった一人にならなければ、誰もが負犬になってしまう。

「愛次以外の誰にも殺されない。決めたぞ……俺は、自分で死ぬ」

 愛次の兄は拳をにぎりしめながら、俺に憎しみのまなざしを向けて、 

「だがその前に一人殺すべき人間がいる……お前だ」

「いいだろう。俺もお前をこの手で殺す」

 こちらも、正々堂々と応じた。

 兄の右目が青く光り、そこから首筋にかけて不気味に輝く筋が描出されていく。

 その姿を観て、俺は高揚した。周囲がどんどん強くなっていく。

 殺して楽しくなるくらいの人間はたくさんいるほうがいい。

 俺は力を込めて敵の指を数本吹き飛ばした。するとその断面から蛇のように黒い触手が生えてきて、俺の首に巻きついてきた。

 一瞬、呼吸が苦しくなる。しかしそのまま触手をつかみ、思いきり振り上げて愛次の兄を虚空に浮かした。一切の隙を与えてはならない。ツタのように伸びた触手をさらに振回し、数メートル離れた位置に叩きつける。

 兄は性懲りもなく這いつくばり、髪からも光の粉を噴上げながら今度は頭から背中にかけて炎のようなもやを沸かしだした。

 俺が地面のアスファルトを割って、一瞬で足元に着地すると、兄は俺の腹を切裂いた。

 さすがにこれには、衰えていた痛覚も急に目覚めてしまったらしい。

 血の温かみが腹を汚す。

 愛次の兄の顔が剥落ち、その底から人間を離れた化物のような模様が現れた。

 俺は止まった。愛次の兄も停まった。

 こいつの名前が何なのか知る由もないが、兄はもはや言葉を発さなかった。ただ人間としての意識はとうに失われていることだけは理解できた。

 俺にかみついた。俺は間一髪のところを、奴の頬を打って何とか傷が深くなるのを避けた。

 途端に俺は体が麻痺した。こいつ、どうやら毒を入れているらしいな。

 こんな所で死ねるか。こんなませたガキに易々と殺されるわけにはいかない。

 目の前の光景がまたもや、光った。あの時と同じように。だが今度は、街灯の光や炎ではない。俺の眼から直に光が放たれている。全てが、青がかって見える。

 俺は掌底を揮って愛次の兄の目をつぶした。骨どころか肌がもはや岩のように硬く、ここで腕をすぐ引戻していなかったら骨折してしまっていたかもしれない。

 愛次はまだ元気を失っていないように暴れているが、どうやら目の前が分からないらしく気づくと頭方いくつもの角が生え、鼻の高さまで覆っていた。

 衝撃で俺の視界はあさっての方向に揺れているが、愛次の異形ぶりは、あの食人男よりも人の形を棄てているように見えた。

 愛次の兄が踊狂っている。腕を脚と同じくらい伸ばし、馬のように地面を踏鳴らしながら蜘蛛のような顎で虚空を砕く。

 俺も力を覚醒している。しかしあいつに逆転勝利できるとはとても思えない。

 俺は奴が力を使い果たすのを待った。

 しばらくすると、砂のように皮膚がはがれ始めた。

 愛次の兄は、しばらく体がすりへるのにも構わないで暴れ続けていたが、その顔からは覇気が失せ、虚ろな表情になっていった。

 俺はついにしびれを切らし、元々の力からが随分弱弱しいキックを奴の首筋にはなった。

 よほど体重が軽くなっていたのか、愛次の兄は虚空を躍りあがり建物にめりこんだ。しばらくするとそこからはがれ落ち、地面に衝突した。その動きには何の感動も、注目すべきものもありはしない。これが死というものだ。

 屈辱を感じた。こいつの「誰にも殺されない」という誓いを履行させてしまったから。

 愛次の兄は四つん這いで地面を進み、まだ光と熱を体中から放っていたが、やがてその燃料も尽き、次第に小さな粒子になて蒸発していった。

「プレイヤー一名死亡。残り九名」

 事実はひたすら無慈悲だ。ついに一桁になってしまった。

 もはや俺は死にたがり兄弟のことなど忘れていた。とにかく、まだ残り時間は二時間を切ってはいない。

 強くなるためには、ひたすら誰かを痛めつける他ない。佐一と殺し合うのが待ち遠しくてならない。

 ミラクル女が発現していたのもそうだ。光。あのお方の話に、この光に関して触れたものがあった気がする。

 人間の進化に闘争はつきものなのだ。最初人間は道具によって強くなった。人間その物はだがこれからは人間自身が強くなる。

 これを現し始めた時、俺はようやく人間ではない何になっていくのだ。そのために、何回拳を交わした知れない。

 こんな感慨をよそに、次第に、向こうから背の低い男が近づいてくる。

「てめえ、久治だな……」

 街灯の光に照らされ、異様な顔立ちを目の前で見せた。

「あの時はよくも俺を見棄てたな」

 誰だ? と思った。

「知るか。殺すぞ」

「十歳のあの山での選別の時に見捨てられた時のことを忘れられるか! 俺はあの時の地獄を決して忘れない。見捨てたお前を絶対に許さない」

 今更そんな昔話か。時間の無駄だ。

「憎しみによって戦うとはヴァイスらしくないものだな」

 この春原県においては、そんなものに悩む人間などいない。

 だが、敵はもはや聞く耳を持たない。完全に、怒りと憎しみの中に閉ざされ、そこに自分の命を投捨てようとしている。

「だから、まずお前を芸術品にする。この世の醜さを知らしめるためにな」

 鋸のような歯を見せつけながら、にらみつけてくる。

「この俺はヴァイスの頂点に立つ男だ。まずお前を紅に満ちた芸術品にしてやる」

 一瞬、俺はこいつを理解しようとしたが、またすぐに元の軽蔑の感情で奴を眺めた。

 ふと、頬が震えた。誰かが、遠くからすごい気迫でこちらをじっと見ている気がした。

 こいつではない。この邪気は、そこから生まれている物ではない。こいつ自身は何の脅威でもないのだ。

 小柄さと語りの拙さを凶悪な面で隠している風だが、一歩道を踏み外した俺には弱さを誇張するだけの虚飾にしか見えない。

 俺が一歩近づくたび、今にも噛みつこうとしながら敵はこちらに歩出してくる。

 俺はすかさず拳を構え、そいつを迎え撃つ体制をとる。

「この芸術品が!」

 そいつの大きく開いた口は、獰猛な鮫のようだった。

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