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VICE  作者: 鱈井 元衡
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第二話「猛火の救済」

 爆風を避け、店や道路標識のすれすれに道を行く。

 またもやいくつかの何かが転がった。金属の、重々しい響き。そして光と熱が襲ってきた。

 俺はすぐさま地面に転がって、その衝撃を避ける。前にもましてとげとげしいコンクリートの感触。

 そして視線を隠そうとする煙の奥に、一人の人影。

「なぜ救いを棄てる?」 しわがれた声。こいつが、次なる獲物か。

 その男は小柄で、黒い背広に身を覆っている。髪の毛は一本もなく、あたかも僧侶らしい。

 俺の前で身構えたり、怖じ気づいたりすることもなく、堂々とした声で、

「私の名前は仁藤にとう治作はりさく。人類の待望む救世主だ」

 俺は間髪入れずに名乗った。

三川みかわ久治ひさはるだ。冥土の土産にでも憶えておけ」

 すぐさま、この男に対して抱く嫌悪感を隠さない。

「そんなちゃちい物で俺を殺そうとしても無駄だ。俺は拳によってしか死なないからな」

 しかし、奴はすくまない。

「暴力で己を慰める悲しい肉の塊か」

 治作とかいった男は、嘆いた。それは嘲笑ではなく、本当に俺の身を案じているようであった。

「悲しいな。私が救ってやらねばなるまい」

 敵に対してこのような慈悲をかけられるいわれはない――しかし、俺はすぐさまこの男に牙をむくことはできなかった。

 治作は腹の前、X状に黒い帯をまいている。そして隙間なく、手に収まるほどの爆弾をしきつめているのだ。

「どうやって俺を救う?」 その間にも、俺はどんどん奴の目の前に近づいた。

 敵に隙を見せるわけにはいかない。いや、敵に隙を見せさせなければならない。

「火によって浄化する。この火の精霊をこめた薬によってな」

 火の精霊? なぜこいつも空しい空想に身をこがされている。

「それがお前のいう救済か」

「私はこの薬によって昔から何百人もの人間を生の苦しみから救ってやった。だが誰もそれを称えてくれる人間はいなかった。それどころか、俺は鎖に縛られ虐げられた。悪いことは何もしていないというのにな」

 肩をすくめる治作。

 不思議なことに、彼からは悪意も敵意も感じられない。俺は確かに奴を警戒しているし、殺気だっているのを自覚しているが、治作はこの俺の敵意を受けてもまるで恐怖どころか抵抗する表情さえ見せない。

「悪趣味だな。俺はゲームの一環で殺している。俺が楽しいからさ」

 それは外の人間からすれば異常な発想。

 だがここでは常識だ。

「俺は殺しを極める。そこに良いも悪いもない。殺しに救いを求めるお前こそ異常じゃないか?」

「やれやれ、どうにも分かり合えないと見える。だがあのお方は唯一俺の願いを理解してくれた。果てしない殺しの道に俺を受け入れてくれたんだ」

 殺しを殺しだとも思わない。

 ミラクル女と同類か。俺は呆れよりむしろ殺意によって、その説教を無視。

「いいだろう、お前もその迷妄から解きはなってやるよ。この火の精霊の――」

 言い終わる前に、俺は治作の数歩手前まで一瞬で走抜け、額を叩きつぶそうとした。

 指の鳴る音。俺の前にはただの闇が広がるばかり。

 治作は動くことすらなくこの空間から遥か遠くへと消去った。それを理解する直前、周囲に火柱が立って地面が揺れた。俺は姿勢を崩しそうになった。

 瞬間移動。それが治作の特殊能力か。

「貴様などに救われるものか。必ず……殺す!」


 こんな体質になった人間には、何か常人に比べてずば抜けた素質が付加されるらしい。それが治作の瞬間移動であり、俺が持つ肉体強化能力でもある。一時的に筋肉や脊髄に数倍の強度を与えることで、ありえない速度や筋力を発揮するわけだ。

 もっともこの力を駆使すると必ずその後、激しい疲労感に襲われる。俺がまだ未熟だからか、あるいは能力自体が限界のあるものなのか、それは分からない。

 道路が左右に分かれる一方、このまま前に進み続けるとアパートがある。どうやら右の向こう側にも同じくらいの大きさの物件が立っているみたい。

 爆弾男は少なくとも真正面から相手に挑む人間ではない。見つかりづらい所でこせこせ隠れているに違いない。

『春原集合住宅第一号』と書かれた俺は階段を一番高い四階まで駆上がり、狭い廊下を走り抜ける。

 こんな場所にわざわざ部屋に隠れているのなら

 熱風が押寄せて砂塵が舞飛ぶ。

 俺は治作の位置を見定めようとした。

 どうやら敵は、手榴弾を投げつけているらしい。

 例の仁藤治作が、反対側のアパートで

「なぜ私の救済を拒む!」

 ヒステリックに叫ぶ。

「お前のような人間は今すぐ迷妄から救わなければならない!」

 この建物の色合いも、決して頑丈な風には見えない。このまま爆破され続ければ、崩壊するかもしれない。

「私に殺されれば、お前は救われる……!」

 この世界には天国も地獄も存在しない。楽しんだもの勝ちだ。そしてあの男は最もこの人生を謳歌していると言える人間。

 手すりが壊され、廊下が次第に崩れていく。俺はすぐさま端の方に逃げる。くすぶる煙のにおいで息を吸うのもままならない。

「天国に行け、昇天しろ!」

 天国だと。お前にとってはこの世界が天国だろうが。

 救われる? 俺に救いなど必要ない。地獄に焼かれれば、それこそ俺の魂を創造した神の不手際を責める何よりの口実となる。

「人を救う前に、お前が救われろ!」

 俺は手榴弾を向こうに投返した。

「どういう意味だ」

 確かに、痛い。痛い思いをしてまで闘いたくはない。

 俺はあいつに――吉岡佐一に、約束したのだ。生きて、必ずお前を殺すと。それならこの痛みですら、俺を導く光になる。

 だが、治作は爆発を避けた。逃げたのではない。すでにここにいる。

 荒い息を吹きかけながら、俺の腕をがっしりとつかみ、

「お前を今、楽にしてやる……!」

 一瞬の内にこちら側に現れた治作は、手すりに俺の体を押しつけ、今にも地上へ突き落そうとしている。だが、この腕にしても、拳にしても、俺が恐れるほどの力ではない。

 俺は大きく背を伸ばして上半身を振りかぶり、治作を地上に投飛ばした。腕を何本も広げたよりも遠く離れて行き、放物線を描きながら落ちて行く。

 衝撃にもめげず、腕を立てようとする治作。これで死ぬとは思っていなかったが。

 がちゃがちゃと外れ、芝生に広がるベルトの爆薬。

 治作の体は火柱に包まれ、真紅の塵と化した。

 俺の目の前が一瞬淡く光り、また元に戻る。

 これからどうするかに頭をめぐらせ、ふとこんな妄想に囚われた。

 この男に殺されれば天国に行けたのだろうか。こいつに殺されなかったせいで、俺は地獄に落ちるのだろうか。

 いや、地獄に落ちても構わない。どうせどんな報復を受けようが、俺の犯した悪は誰かを苦しめ続けるのだから。

「一名、脱落。プレイヤーは残り十二人」

 再び、あのアナウンスが流れる。あまりに単調で、俺は聞飽きた。

 トーナメントが終わるのも間近だ。俺は派手な殺しに満足しながらアパートの廊下から飛降り、芝生を小走りに歩いて次の獲物を探す。

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