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VICE  作者: 鱈井 元衡
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第十一話「蓋世の覇気」

「生きてたんだね。僕がこうして強くなるまで」

 佐一が立っていた。

 白い肌。端正な顔立ち。華奢な体格。あの頃とほとんど変わらない。

 だが、俺は違う。数々の死闘を経て、全く違う姿に生まれ変わったのだ。相変わらず、惰弱な奴。

 こんな奴が俺にかなうわけがない。

「殺す」

 ついにこの時が来た。俺はこの時を待っていた。

 ずっと気に入らなかったのだ。こんな男が、ヴァイスとしての活躍を見込まれていることが。

 なぜ、ヴァイスとして生きる必要があるのか。俺はそれを笑いたかった。笑うのなら誰でも良かった。だが、やはりこの佐一を置かずして、誰を笑えというのだ。

 あの日誓いあった約束を、守らないわけにはいかない。それを最悪の方法で叶えさせてやる。

 丸腰の奴を殴倒すべく、俺は進み出た。その時だった。

 佐一はそこから身動きもせず、表情を変えることもなく、じっと俺の顔を眺めていた。不気味なまで落ち着いた笑顔を保ちながら。

 俺はそいつを殺すことに何の躊躇もないはずだったのに。しかし急に俺は硬直してしまった。

 死ぬことに恐怖を感じている!!

 今まで俺は敵に殺されることに不安や焦りを感じたことはあっても恐ろしいと覚えたことはなかった。死は恐怖ではなかったし、むしろ死によって生に終焉が来ることに安らぎすら感じていたのだ。

 だが今は違う。まるで脳髄をいじくられてしまったかのように、戦う気力がない。死ぬことが恐怖なだけではない。今こうして存在していることが途端に耐えられなくなった。

 誰かの名前を叫びたくなる。

「どうしたの? まだ僕を殺せないの?」

 耳鳴の嵐がした。

 俺はこんな情けない男だったのか。もう、腰ががくがく震えている。ともすると膝をついて倒れそうになる。

「ふざけるな……」

 こちらには銃がある。あと一発。奴の鼻面をあかすことはできるはず。

 震える手を必死に抑えつつ、そして引金を引いた。

 空中で静止する弾丸。

 物理法則を無視して、落ちも飛びもせずとどまっている。

「無様」

 弾丸は、俺の方に跳返った。

 肩にぶち当たった。骨が砕けた。肉がもっていかれた。

 俺は悲鳴を上げた。まさか、佐一がこれほどまで強い人間だったとは。

 まさかヴァイスとして力を窮めすぎると、もはや相手を触れることすらなく殺せるというのか。それどころか、こんな科学ともいえない念動力まで手に入れるとは。

「トーナメント終了まで、あと十分」

 その十分すら、今の俺には永遠にも近い時間と思える。

「殺せ。殺せ」 助命いのちごいなどではない。本能でそれを願った。

 だが佐一は拒絶した。まるで神の使いのような傲慢さで。

「殺さないよ。まだ君に戦う気力がある限り」

 佐一は笑っていた。残忍というにはあまりにもほがらかな声で、笑っていた。

 俺を、殺そうとしない。勝手に死ぬのを待ってる。

 まさかこれが、こんなに屈辱だとは想像もしなかった。心が痛いのだ。この心を打捨てて取換えたいと思うほど、俺はもうこの感情が絶えられなかった。

 目をつむると、闇の中から自分が今まで見た死体の顔が現れてきた。全て俺を見下ろし、笑っていた。

 それが怒りとか悲しみであったならまだ俺は厚顔無恥さを晒すこともできたろうが、全く、それが何の恨みつらみもない感じさせない笑顔だったから俺は打ちのめされたのだ。

 再び、俺は叫んだ。爆発する耳鳴で鼓膜が破れそうになる。

 佐一は全く動かなかった。ただ俺の前でぽつんと突っ立っているだけだ。それなのに、ただ俺の頭を乗っ取るほどの勢で、俺を打ちすえて、全く戦えない体にしてしまった。

 超人的な腕力も、恐ろしい外見も、奴の前には無力だったのだ。

 これが、殺しに生きた俺のあっけない最期なのか。もっと

「君は、どうやら殺しに生きたかったようだね。それに僕を殺さずには死ねない体になってしまったらしい」

 俺の頭の中が分かるというのか。

「そしてこうも考えている。このまま苦しむよりはいっそ死にたいとね。だがそうはさせないよ。君にはもっと苦しんでもらわなければならない」

 全てが他人事のように、語続ける。

「一体いつから君は僕を憎むようになったんだろう? あの時はあんなに親友だったはずなのに」

「誰が、そんなこと、知るか」

 息があまりに苦しく、罵倒するのがやっとだった。

「トーナメント終了まで、あと五分」

 アナウンスは、完全に素知らぬ態度でいつも通りの口調。肉体を変化させようにも、骨の髄から悪寒が走り、汗がしたたって、俺は立ち上がることすらできない。

 静寂が訪れた。佐一は偶像のような微笑で俺を見下ろしている。

 このまま俺は死ぬんだろう。そうして、また顔も知らない奴らによって新しいトーナメントが開始され、くだらない奴らがくだらない殺戮に興じる。

 だが、もう終わらせてくれ。

 これが終われば、俺は殺される。生きてこの地獄を味わうくらいなら、いっそ殺された方が良い。


 しかし、ごくわずかな瞬間の後に、俺はもうその屈辱を忘れ去っていた。ヴァイスとしての本能が、一瞬の恐怖を漁っての方向に投げ捨てていた。

 ついに俺は立ち上がった。こんな奴の手で犬死するほど弱い人間ではないのだ。

 先ほどの疲労や痛みはもうなくなっている。服はもうぼろぼろになり、肌に直接寒さが伝わってくるがそんなことを気にしている暇はない。

 俺は地面にひびを走らせ、片足を前に進める。わずかな数歩先に敵がいるのだ。すぐに殺せる。この戦いは一瞬で終わらせられる。

 しかし、敵は俺よりもさらなる進化を遂げていた。

 佐一は息を吹いた。ごくかすかな息で、本来なら息を吹いたとすら思えないはずだった。

 だが、俺にとってその息は嵐だった。熱で俺の皮膚は焼かれ、口の中がただれた。呼吸ができなくなった。

 俺は仰向けに倒れた。

 おかしい。傷が癒えない。痛い。俺はもう人間を越えた体を手にしているはずなのに、もう人間と同じほどの脆弱さ。

 佐一のあの気配は、本の序の口でしかなかったというのか。

「トーナメント終了まで、あと一分。58……57」

 こいつにだけは、殺されたくない。それならこのまま静かに死を待った方が良い。

 戦いが終われば、俺も佐一も、頭の中の装置が作動する。自爆して、死んでしまうのだから。

「7、6……」

 ようやく、逝ける。頭の爆弾が作用する。ようやく苦痛から解放される。こいつになんか――

 そこで、意識がなくなった。

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