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VICE  作者: 鱈井 元衡
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第十話「生存の覚悟」

 剣と剣が打ち合う。剣を使う戦闘は不得意だと思っていたが、まさかここまで敵の攻勢を防ぎ続けられるとは。

 音政の異形に対する執着はとどまることを知らなかった。もう片手からも鋭く伸びた剣を伸ばし、俺の首をはねようとしてくる。このままではやられてしまう。

「俺が死んだら――誰が俺を葬ってくれるんだ!」

 誰がお前を殺すと、口を開きかけた途端奴の身のこなしが倍速に。

「そんな弱さだったのか、お前は! 佐一よりも強いヴァイスだと見込んでいたのに!」

 音政はただひたすらに、殺されたいより殺したい欲が勝っているらしい。こちらの短剣は相手に届かない。死角をかいくぐって、ひたすら急所を狙うしかない。

 だが、音政も異形化はさして経験がないらしく、確かに以前より動きは粗くなっていた。わずかに音政の左腕が震えたのを突いて、もう片手を切飛ばした。一瞬でそこから肉が膨張し、元の片手を取戻した。

 そこからまた剣が伸びるかと思って数歩飛びずさったが、奴はまだ残っている剣をさらに変化させ、蛇のようにくねらせる。

 信じられないくらい長く伸びる。細胞を一時的に増殖させ体内から異物を放つ。一歩間違えれば癌を呼びかねない、非常に危険な手法をやってのけて生きているだけあり、もうあの中身にはタンパク質以外の別の物質でも詰まっているのかもしれない。

 三メートルほど伸び切った所で、音政の剣は収縮し、掌に収束していった。

 そして、音政の動きがしばらく止まった。

 数時間前なら、奴の喉笛寸前に瞬間移動して撲殺することもできたはずだ。しかし、体内の細胞を増やした時の体への負担ゆえか、もはや思うように技を発動することができない。

 だがもはや茶番は終わった。ここで、奴にとどめをささなければならない。

 もう剣など必要ない。その意志が皮膚に伝わったのか、また皮膚をつねるような痛みが走り、短剣が腕と同化してまた手の中に収まった。

 化物であることを誇りながら、一方で軽蔑している。ということは、結局人間であることを捨てても構わないと思っている訳なのだろう。事実たった今体から俺は人間の形を捨ててしまった。

「さすがに腕が痛んだが……俺にはいくらでもこの体を酷使する覚悟がある」

 歯を噛締めながら、左腕をわなわなさせる音政。もはや人間としての生気は感じられない。ひたすら強さだけを求め、自分の命に何の愛惜も抱かないその姿は、もう俺の師匠などではなかった。

「武器など必要ない。頼れるのは己の拳のみだ」

 音政の両腕が丸太のように太くなり、そこから鉈のような爪が生える。

 対する俺は、人間に圧倒的な力を与えるあの禍々しい光を、もう一度体から発揮しようとした。

 胸の中から、力が湧出てくる様子をイメージし、自分の内面に集中。

 やろうと思えば、肉体をあいつみたいに変化させることもできる。だが小柄な俺にそれはむしろ逆効果だろう。愛次の兄みたいに、肉体が力に耐えきれず砂のように崩壊してしまいかねない。


 だから俺は、あくまでも威力だけを鍛える。たった一撃であいつを屠るくらいの威力を。突然、体の端から強烈な閃光がともり始めた。

 音政は、例の腕を振上げて、俺の小さな胴体を粉砕しようと一撃を見舞った。

 だが俺の小さな拳は破壊の光をまとっている。それはあまりに白く光り輝き、直視できないほどのまばゆさで奴の瞳をいた。


「やはり、そうくるか……」

 腕が腹を貫いて、完全な紅に染まった。

 音政の眼から、血がしたたった。もはや虫の息だ。しかし決して姿勢を崩さず、みじんも倒れる様子を見せない。

 俺は身動きできなかった。あまりに殴った衝撃が強すぎたせいで、全身に激痛が走り、惨めに地面にくずおれた。

 ただでさえ痛覚が弱くなっているというのに、明確に痛いと感じられるのだ。まさか一回のトーナメントで、これほど肉体が強化されるとは思わなかった。

「強いな、やはりお前は……」

 数歩ゆっくりあるいて、俺に近づく。まだ、俺への殺意を棄てていない。

「これで俺も、戦いの宿命からようやく逃れられる」

 何と、未練がましい。

 音政は、安心したような声を漏らした。

「死ぬとは、これほどに心地いいことなのか……」

 音政は、はっきり笑った。口に血をしたたらせ、肩をわなわなと震えさせながら。

 そして、目を閉じ、完全に静止する。

 片足で蹴ってみるとばたりと倒れ、ぴくりとすらしなかった。もうそれからは一顧だにせず、屍を通り過ぎる。

 俺は音政の死を喜ぶ気も、生き残れたことに安心もしなかった。

 ひたすら、残りの敵を殺すことだけに執着し、焦っていた。

「プレイヤー一名死亡。残りあと二人」

 二人。俺と、誰かだ。

 あと一人殺して、生残れば俺は勝利者。するとどうなる。俺はトーナメントを生き残った人間として賞賛され、ヴァイスの最大の目的を達成するために重んじられ続けるわけだ。そこに、俺はあまりうれしさを感じない。ますます、自分の生きてきた道を血で濡らすに過ぎない。だがあいつの

 俺はあいつらがうらやましかったのだ。こんな風に、そうやって生命を棄てることに喜びさえ感じる奴らが。

 別に俺が県外の奴らに近いのだとは思っていない。俺はこのヴァイスの社会でも爪はじきにされているが、ヴァイス自体がこの世界から爪はじきにされているのだ。それでも、ヴァイスであることに彼らは引け目など感じない。奴らは疎外されていると思うと逆に興奮してしまう変質者なのだ。殺戮を通してこの世界に何か――それを理解するだけの脳みそなど用意していない――を呼出すことだけが使命だと教えられた。嫌々言いながら、結局俺はヴァイスの一人なのだ。

「トーナメント終了まで、あと三十分」

 もはやトーナメントではなく、世界滅亡のカウント・ダウンのように聞こえた。これが終われば、俺はもういつ死んでもいい。この世界はどうせ俺にとって何の役にも立たないものだ。わざわざ生きてあげる義理など――

「生きてたんだ、久治」

 懐かしい声が聞こえた。

 そいつは、全身から淡い光を放って、立っていた。

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