第一話「闇夜の遭遇」
「もし俺がお前を殺したら、その肉を食ってやる」
「じゃあ俺だったら、壺にお前の生首を生けてやる。この衝動を芸術に昇華させるためにな」
「本当に、やれるのか?」「やるよ。俺は破壊衝動では誰にも負けないんだからな」
◇
ふと昔のことを思出し、一瞬顔がにやけそうになった。だが、今それに浸っているゆとりなど。
すでに何人が生き残っただろうか。
最初は三十人ほどいた敵も、果てしない流血沙汰でもう十人程度までに減っている。
俺自身も軽傷ではない。すでに裾や襟のあちこちが赤くなっている。痛みは癒えない。殺された奴らも死に従順だったわけではないのだから。
その痛みに恍惚とする。これでこそ、生きていると言えるものだ。
このトーナメントに勝残るのは、俺一人だ。もはや夜も近い。
人気のないさびれた街。かつては人がいたのだ。生活の気配が全く絶えてしまったわけではない。ゴミ袋が散らばっているし、看板はまだ判読できるものすらある。
だが俺たちにとってはこの街はゲーム会場だ。敵を殺し、制限時間まで目的を達成するための巨大な道具に過ぎない。俺は人に比べても風情のない人間だから、憂愁に浸っている暇などない。それにこの状況、いつ敵に狙われるか分からないのだ。
だが死を恐れてはいない。逆に死んだらどうなるのか、大いに気になるものだ。
無論そんな空想さえ許されなくて、
「みーらーくーるー……」
通りの向こう、血まみれの棒を引きずりながら女が一人歩いてくる。その棒は茶色い表面を赤い格子で飾り立て、無数の針を生やしている。
ピンク色の帽子をかぶり、首から腰に至るまで全てがけばけばしい。
「悪趣味な奴」
腹を立てる女。
「悪趣味とは失礼な。私はミラクル女神から、正義をなすように命じられているのだぞっ」
「すでに三人を葬った。次はあなたの番。ミラクル魔法の恐ろしさも知らないあなたなら簡単に殺せる……」
この服装をこんな場所で晒すこと自体が筋違いだろう。
ただ、敵に隙を見せないためだけに俺は沈黙を守った。
こちらの反応に面くらったか、ミラクル女は口の中の、見栄えがいいとは世辞にも言えない歯並びを見せつつ、
「やはり貴様こそ、許すべからざる邪神の手先。数千年間受け継がれたマジカル魔術によって愛の裁きを受けるがよい!」
自慢の凶器を振り絞った。俺は、避けた。女はその華奢な体から想像もつかない鋭い手さばきで、生きてもいない虚空を縦横無尽に切刻む。
筋肉が馴れない感触に悲鳴を上げているかのようだ。殺戮と闘争で、俺の肉体も以前とはうってかわって強靭な物になった。
俺にはこれと言った武器はない。腰に銃はあるが、弾薬を無駄にしたくないのだ。
顔を狙って拳を振るうと、ミラクルは身をそらして躱す。脊髄が心配になる位、肉体がしなる。
その直後、こちらの肩めがけて放たれたバットの一撃を蹴りで防ぐ。奴の瞳は、赤い光を放っていた。
なぜこんなゲームが推奨されているのか。
「暴力は全てを解決する!」
一人の男が、大衆を集めて説教に浸っている。
「私たちは憎み、憎まれる。その憎しみにすがって力を求める。」
あの日、俺たちは力を手に入れた。それによって、理解してしまった。
「最大の悪意、最大の憎しみが運命を切り開くのだ!」
昔から、俺の身の周りには死があふれていた。
このゲームも、ごく昔から繰返されてきた慣習のようなもので――その意義に疑問を感じたことはない。この街では、誰もが人の死を当然のように受止めている。
思い出した。これはゲームなのだと。深い理由などない。人生に、深い意味がないように。
俺が死のうが死ぬまいが、俺の死は消費されるに過ぎない。それを記録し、知る人間にとっても。
ミラクルの一撃でひるみ、俺は地面に倒れこんでしまった。
ミラクルは笑顔を浮かべた。そしてその腹には黒い穴が刻まれていた。
ミラクルが激痛を覚えるよりも早く俺はポケットに左手をしまい、かつ脚を巧みに振って上半身を立てる。
ミラクルの胸に一発撃ちこんだ。女は血を吐き、俺の顔に汚物をふきかけた。これで形勢逆転。
虫の息ではあるが、まだ殺気をこめた声で、ひそかにつぶやく。
「み……ら……く……る」
自分が正義の使者として悪を討つ妄想をまだしている。
ミラクルはほとんど自分が、どう撃破されたのか理解もしていないようだった。
俺はもう一度拳で握りしめ――腕からほとばしる痛みをしのぎ――、ミラクルの頬に思いきり打ちのめした。女を虐げることに特に快楽など感じない。こいつはただの敵キャラで、殺せばスコアが稼げるに過ぎない。
ただ、空虚感はある。ボスを倒す過程は楽しい。しかし、一度死んでしまえばそれ以上殺しを楽しむことはできない。
俺はミラクルの瞳が完全に動きを止めたのを確かめ、小走りにその死骸を通過ぎた。
「一名、脱落。プレイヤーは残り十三人」
会場中に響き渡る無機質なアナウンス。ごく低い男の声。感情の感じられない、冷たい言葉。
スピーカーが電柱や街灯の表面、無作為に点在しているらしい。
俺は前を進んだ。
二秒か、下手すると一秒もない隙をついて、俺はマグナム銃をあの女に構えていたのだ。実を言うと、俺もこれが成功するとは思わなかった。多分、何の興かも施されていない人間が使えば脱臼するのは間違いない。だが俺は片手で引き金を引くことに何の躊躇もなかった。
長い鍛練のおかげで、格段に身体が強化されているおかげだ。
そして、あの女が紅い眼を煌めかせていたのも原因は同じ。だがそれも、より大いなる目的のための通過点でしかない。
またもや静けさが訪れる。死者の告知もすっかり鳴りやみ、他のプレイヤーを見つけることすらおぼつかない。
プレイヤーが見つからないことほど、焦燥感をかきたてるものはない。制限時間を過ぎれば、体内に埋め込まれたチップが爆発してしまう。そうなれば、俺たちが積重ねてきた殺し全てが無駄に終わってしまうのだから。
耳を澄まして、敵の生気を察知しようとする。だがそれよりも早く、足元に何かの転がる音。一瞬気の迷いと思ったが、すぐにそれが何かの凶器だと感じる。
俺は数歩前に飛びずさり、異変を避けようとする。直後、火と轟音が起きた。
目の前で、何かの人影が一瞬木の上にいたが、一歩も動かないまま消滅した。
これが次の獲物か。瞬間移動が得意らしい。正々堂々と戦わない卑怯め、裁いてくれる。俺はすぐさま気を取り直して、行方を逐う。
「待て!」




