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雨読

作者: 魚津 游

 子供の頃、梅雨時は図書館に籠もって本ばかり読んでいた。


 いい加減、週末の暇つぶしをオンラインでのお喋りでするにもゲームでするにも飽きたせいだろうか。

 当時読んだ本の結末が思い出せず、かつそのことが頭から離れない。そんなことが2、3日続いていた私は根負けして本を買おうとWebで探し回った。

 だが、なんととんでもない高値がついている。半分忘れられたような作家の全集の1冊が2万円超えだ。

 そこまで出すほどの価値があるとは思われないが、手に入らないとなると余計に読みたくなってくる。

 悩んでいたところで、Webのニュースで図書館が徐々に営業を開始していると聞いた。

 仕事中であったが早速、市の検索サービスを通じて予約してみる。受け取り場所は近くの図書館を指定した。

 客も少ないのか、金曜日の夜に予約の本を貸し出す準備ができたという連絡が入った。

 土曜日は生憎あいにく朝から雨が降っていたもののこんな日なら人も少なかろう、と思い私は長靴と傘を用意してうきうきと出掛けて行った。


 大粒の雨と風に恐れをなしたのか、雨音を聞きながら微睡まどろんでいるのか、図書館に行くまですれ違ったのは2、3人。吹き付ける風を避けるために傘を斜めに刺していたせいで正確には足首を3人分見たというところだ。


 ようやく図書館の敷地にたどり着いた。ますます強まる雨を透かしてみて、図書館の玄関にほんのり明かりが点っているのを見てほっとする。

 図書館は手前にちょっとした池があり、橋で池を渡って玄関に入る造りになっている。この雨で池が溢れていたりしないだろうか、と思ったがどうやら大丈夫のようだ。昔、大雨が降った時には池に住んでいた鯉が雨で川のようになった道路を泳いで行ったと聞く。

 少し覗いて見たが今日は鯉の姿は見えない。

 

 傘をしまって中に入る。閑散としていて書架の前には立ち入りを禁じるようにテープが貼られていた。


 節電のせいか妙に薄暗い。


 入ってはいけなかったのか、と不安になったが受付にはほっそりとした人影があった。

 図書カードを引っ張り出そうとカバンをかき回しながら小さくどうも、と会釈したが先方は無言である。

 無愛想な態度だと思いながら図書カードを受付の上に置く。予約の本を取りに来ました、という間もなく、灰色の手袋をはめた手がカードをさっと取り上げて奥の方へ歩いて行った。


 コロナ騒ぎが完全に収まっていないのに出勤を強要されたとか、感染がとにかく怖いので最低限しかものを言わないようにしているのだろうか。

 ちょっと面食らった私が思案しながら立っていると、戻ってきた相手は本をカードと一緒にこちらに差し出してきた。


 ありがとうございます、とボソボソといいながら本を確かめもせずに鞄にしまい込み、私はさっさと退散することにした。


 再び雨と風に揉まれながら家に到着した私は本を鞄から引っ張り出す。

 雨に濡らしてしまったのだろうか、本からは少し生臭いような匂いがした。慌ててタオルで拭いながらページがふやけていないかチェックする。どうやら無事なようだ。もう一度鼻をくんくんといわせて見たが、先程の匂いは飛んでしまったのかもうしなかった。


 ともかく、念願の本が手に入ったのだ。私は意気揚々とページを開いて気になっていたあの話を探し始めた。


 だが、タイトルも忘れてしまってなかなか見つけることができない。

仕方がないので最初から1つずつ確かめていくことにする。


 …友達の分のイワナを食べて呪われる男の話、

 …荒れた海を沈めるために人身御供になる姫君、

 …村を水で押し流そうという大蛇の企みを村人に助言して死ぬ僧侶…


 こんな陰鬱な話ばかりだったろうか?首をひねるがそうともそうでないとも思い出せない。外ではますます雨が激しく降っている。


 ようやく、私は目当ての話を見つけた。

 花の名がついた姫君と山が出てくる話だというのは覚えていたのでそれとわかった。案外短く、しかも終わり方が唐突だ。


 …姫君が行ったこともない山を恋しがるので召使を連れて行かせてやる。姫君は山の中にある湖に唐突に入って行ってしまい、行方知れずになる。

 召使もおろおろしていたがやがて姫を追って湖に入り、湖に住む生き物になってしまう。


 要するに結末という程の結末もないのだ。

 話の結末を確かめてスッキリするはずが、思ったよりも呆気ないものだったせいか釈然としない気分である。

 雨でちょっと濡れたせいか、なんだか寒いような気がする。私はコーヒーでも入れようと、本を置いて立ち上がった。


 どうもその日の夜は雨音が耳について眠れなかった。明け方ようやくうとうとすると、今度は嫌な感じの夢を見た。

 私は図書館にいて、あの無愛想な受付係が濡れそぼった姿で受付に立っているのを延々と見ているのだ。その間も図書館の外では大雨が続いていて、やがて生臭い水が入り口から入ってくる。はっと気づいた時には受付も水没していて誰もおらず、ばちゃんと水音が響く。

 そんな夢だった。


 週明け、市立図書館から詫びのメールが入っていたことに気づく。


 この度、予約システムの不具合により移設のため閉鎖中の〇〇図書館での受け取りが可能となっておりました。

 誠に申し訳ございません。ご希望の本の受け取り先を改めてご指定くださいますようお願いします。


 何かの手違いだろうと思い、状況の確認と本の返却をしようと私は昼休み中に歩いて図書館に赴いた(弊社は現在もリモートワーク継続中である)。


 図書館はなかった。池もろとも、キレイな更地になっていた。

 うろたえた私は本を探る。だが鞄の中はぐっしょり濡れているだけで、本は跡形もなかった。生臭い風が曇天を吹き抜けて行った。


民話って読んでみるとなかなかおもしろいですよね。

意外と男女のどろどろした話もあって興味深いです。

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