02.07 「話しかけないでっ」
ブートキャンプか……
三日間も続くと思うと気が重いよ……
そんな事を考えていたら、殆ど眠れなかった。
家に帰れば義母さんは優しくしてくれるし、こうして一人になることも出来る。伊織は相変わらず口聞いてくれないけど、僕に嫌がらせをしたりはしない。
もうここから出たくないな……
不意にドアが開けられる。たぶん、ノックはされてたんだろうけど気づけなかった。しかも、誰かと思えば伊織だよ。話しかけても無視するくせに、態々僕の部屋まで来るなんて……
「透、一緒に――」
「話しかけないでっ」
バタンッ
思いっきりドアを閉めちゃった。やっと伊織が話しかけてくれた。本当は嬉しいんだけど。涙が溢れそうなんだけど。『一緒に』って……
ぼくは“うんち姫”だから。一緒に居ると伊織まで嫌がらせ受けちゃうかも。うん、ダメだよ。伊織は巻き込めない。
姉弟ってだけでも迷惑かけてるかも知れないんだけど、それでも僕が近くに居ることで伊織が悲しい思いをするのは嫌だよ。だから、ごめんね、伊織。今更君とは話せないよ。
いっそ、休んじゃおうかな……
そしたら義母さんが心配しちゃうか。はぁ、行くだけ行ってこようかな。伊織には近づかないようにして。
「僕は凜愛姫、僕は凜愛姫……」
鏡に移るのは、覇気のない表情。髪もボサボサで、特に目の下の隈が酷い。
「……じゃないよね……、こんなの」
着替えてそのまま無言で家を出る。義母さんの顔を見たら、声を聞いたら泣き崩れちゃいそうだから。
◇◇◇
学校に着くと、既に数人の生徒が集まってきていて、楽しそうに話していた。僕もこんなのを期待してたんだけどな。僕のことを知ってる人が居ない学校なら大丈夫だと思ったんだけどな。そういう問題じゃないのかな。きっと、僕自身がこうなる原因を持ってるんだろう。
「僕は凜愛姫にはなれない……」
校門の外には既に目的地へと向かうバスも到着していた。待機しているバスは2台。1組から4組まで合計100人に其々の担任と副担任、それに校長を入れた109人がそこに乗り込むわけだから、補助席まで使って詰め込むだけ詰め込む感じになるわけで、横1列に班のメンバーが並ぶ形だ。
問題となるのは僕が何処に座るか、だね。だって“うんち姫”なんだもん。当然隣にはなりたくないんだろうし、前の班だって、僕が後ろに居る席は避けたいに決まってる。可哀想なのは後ろの班で、2組の人たちだから、僕が何処に座るか知るすべも無いわけだ。
伊織はまだ来ていないし、どの道僕の居場所なんてあるわけもない。少し離れた所で出発時間を待とうかな。
◇◇◇
そして、いよいよ出発直前。班ごとに集まるから、挨拶ぐらいはしておこうかな。
「おはよう」
「「「「……」」」」
まあ、そうだよね。
僕の席は窓側に決まっていた。被害を最小限にってことだろう。ちなみに、隣は21位さん。他の3人が割と仲がいいみたいで、結託して21位さんを僕の隣に座らせたみたい。なるべく僕から遠くに、しかも体を逸らすように座ってるから、よっぽど嫌なんだろうね。こういう状況なので、会話なんてあるわけもなく、僕もなるべく21位さんから離れるように窓にもたれかかり、タオルを被って眠ることにした。昨日は眠れてないから丁度いいかな。こうしていれば嫌な思いもしなくて済むし。バスの揺れが心地いいな……
寝ていたせいか、目的地にはあっという間に着いた気がする。途中、サービスエリアで休憩取ったみたいなんだけど、知らずに寝てた。当然、誰も起こしてくれなかったしさ。
しかし、ここってじいちゃんちみたいなド田舎だな。周りに自然しかない。
じいちゃんちか……、あっちに戻りたいな……
到着したら、直ぐに昼食。班ごとに席が決まってるんだけど、僕だけあっちの隅っことかじゃダメかなぁ。
「ねえ、何か臭わない?」
「うん。臭うよね」
みんな嫌そうにしてるし、こんなこと言われながらだと僕も食べづらいんだけど。
午後の活動は……、ぼんやりしてたから何したのかも覚えてないな。何もしてないのかも。只ぼーっと見てただけかな。皆んな僕から距離を取ってるし、たまに近づいて来る男子が居ると思ったら夜のお誘いだったし。“うんち姫”とヤりたい変わり者もいるんだね。臭い移っちゃうぞ?
夕飯は……、よりによってカレーだよ。料理は嫌いじゃないんだけど、僕は近づかない方がいいかな。お腹も減ってないし。
「姫神、こんな所で何してる」
“うんち姫”は調理場に居ないほうがいいかと思って、少し離れた木の下で夕日を見てたんだけどさ。今更担任面して問題解決する気にでもなったんだろうか。それともサボってるの見つけたから叱責しに来たとか?
「別に、何も」
「変な噂が流れて大変だろ。“うんち姫”だったか」
「まあ」
お陰で男子も前ほど寄ってこなくなったから、そこだけは良かったかな。でも、こんな話をするってことは少しは期待していいのかな、解決に向けて。
「それでだ、お前の力になりたい」
「力に……」
「もし良かったら俺とどうだ、今夜」
「どうだ?」
「惚けるなよ、募集してるんだろ、相手を。それに色々と問題抱えてるみたいだから担任を味方に着けといたほうが得策なんじゃないのか? 一石二鳥だろ。夜の相手と高校生活の安泰を手に入れられるんだから」
……そうか。そういう意味でか。
「あのさぁ、セフレ募集してるっての、誰かの嫌がらせなんだけど。担任なのにそんなの信じてたわけ? で、自分も手を挙げちゃうわけ?」
「それは――」
「それに、こんな話するってことはさ、僕がどういう状況なのか知ってるんだよね。それを解決するのに見返りが必要なんだ」
数学のセクハラ教師といい、こいつといい、何でこういうことするかな。
「まあ、教師つったって只のサラリーマンだ。態々面倒事に首突っ込みたいわけ無いだろ」
「あっそっ。じゃあ消えてよ。あんたに助けてもらおうなんて思わない」
「いいのか、それで。このままだとお前は――」
『もし良かったら俺とどうだ、今夜』
『どうだ?』
『惚けるなよ、募集してるんだろ、相手を。それに――』
「おい、何してる……」
「何って、聞いた通り」
「録音してたのか」
「最近こんな奴しか居ないからね。証拠集めだよ」
「ちっ、……幾らだ、幾ら欲しい」
「別に。それに、もう送っちゃったから手遅れかな」
「送ったって何処にだっ」
こんなクズ、処分されればいい。
「お前、こんなことして只で済むと――」
「記録して信頼できる人に送っただけ。何も求めてないし、そのつもりもない。何か問題? 立場を利用して関係求めてきたのはあんただよね」
「くっ」
ほんと馬鹿だ。どいつもこいつも。