06.10 「何か問題でも?」
中間試験の結果はこれまで通り。つまり、私が1位で透が2位だった。
うちのクラスの評議委員は変わらないけど、他のクラスは交代になったところもあり、今日の評議委員会は恒例の自己紹介だ。
「今日って自己紹介の日だよねぇ。帰っていいかなぁ」
透はいつも以上にやる気がなさそう。だって、透の自己紹介は省略されちゃうし、興味ないもんね、他の人には。
でも、今日は少し違っていたみたい。何故か理事長が傍聴するといことになったとかで、いつもは省略される透も自己紹介する事に。
会長に続いて生徒会役員って順だから、透の順番は割と早いほうだ。ちゃんと出来るのかな、透。
「風紀委員長の鳳凰院 透です」
……えっ、それだけ?
「そう、貴方が」
会長のときも、他の役員のときも黙って聞いてただけなのに、何故か透の時だけ口を開いた理事長。
「理事長、本日は傍聴のみということだったと思いますが? 不要な発言は控えて下さい」
「あら、神楽。少しぐらいお話させてくださいよ。漸くお会い出来たんですから」
神楽って……、そっか、理事長って会長のお母さんなんだっけ。
「公私混同はおやめ下さい、理事長」
「あら、公私混同しなかったらこんなところには顔を出したりしませんよ?」
「評議委員会に出席したいとか言い出すから何かと思えば……。最初からこれが目的だったというわけですね。だったら別途機会を設けて――」
「だって、なかなか応じて下さらないんですもの鳳凰院家の方々って。向こうから持ちかけてきた縁談だというのに」
「それは……、そうだけれど」
「お母さんだって気になるのよ? 神楽がどんな人を好きになったのか」
理事長の発言だから皆んな黙って聞いてるけど、広がっちゃうんだろうな、会長と透が婚約したって噂。
透は……、惚けてるか。まさかこんな所に押しかけてくるとは思ってないもんね。でも、鳳凰院から言い出した事なんだ、会長との婚約。
「今まで尽く断ってきたのですからね、名家との縁談も。お父様の説得にも聞く耳も持たなかったのですから。それが、今回は名前を聞いた途端に『お受けします』だなんて」
「余計なことを言わないでっ」
珍しく取り乱す会長。こんな会長は初めて見たかも。やっぱ透の事好きなんだ、会長。冗談で言ってる風にも見えるんだけど、透の為に色々してくれてるし。
「で、彼がそうなんですね。確かに解る気がします。神楽は昔から可愛い子が好きでしたものね、男女を問わず」
「だから余計な事を言わないでって言ってるじゃない(怒)。今日の評議委員会は中止よ。理事長の乱心によってね。次回、特に議題がなければこの続きを行うわ。勿論、部外者の立ち入りを禁じた上でね。それから、今日ここで聞いた事は全て忘れることね。もし校内にこの件に関する噂が流れるような事があれば犯人を特定してそれなりの償いをしてもらうから覚悟なさい」
中断か。いつもより早く終わったからこの後透と――
「鳳凰院さんは残っていただけますか? 折角だから少しお話しましょう」
「えぇー」
透に会いに来たんだもん、しょうがないか。でもちょっと気になるな。
「そちらのお嬢さんもよろしいですか?」
「私も、ですか」
気になるけど、なんで私まで。透と付き合ってること知ってるのかな……
理事長の目的は婚約についてのことなんだろうから、私に残れってことは……、身を引けと……。
他の評議委員たちはざわつきながら会場を後にしていく。残されたのは会長と会長のお母さん、それに透と私の四人だけ。
「はじめまして、天照 照世ですわ。お気付きかと思いますが神楽の母ですのよ。あなたの様な方が神楽のお婿さんになってくれるだなんてね。想像しただけで毎日が楽しみですわ。生まれてくる子供もさぞ可愛いんでしょうね」
やっぱりそうだよね。子供か……
「その事なんですけど、たぶん糞ジジイ、鳳凰院の奴らが勝手に決めたことで、僕には――」
「関係ないとでも?」
「僕には他に好きな人が居るから」
透……
「何か問題でも?」
「問題でもって」
「宜しいんじゃないですか? 私の夫も他に女性を囲っていますし、天照家にはそれを許容出来る心のゆとりもありますから。ただし、神楽がそれで宜しければ、ですけどね」
「私は……」
他に女性をって、透にも同じ事を……
会長はそんな環境で育ってきたから平気なんだ。ふざけてるわけじゃなくて本気で言ってたんだ、『三人で楽しい事すればいい』って。
「あら、自分で言えないならお母さんが言ってあげましょうかしら?」
「余計な事は言わないでって言ってるじゃない」
「まあ、照れちゃって。良いではないですか、ここに部外者は居ないのですから。ねえ、姫神さん」
「えっ、私?」
「今は紅葉坂さんでしたかしらね。覚えていますよ、とても良い代表挨拶でした。主席で入学して試験では常に首位、容姿も端麗で才色兼備を体現したかのような女の子ですわね。そして鳳凰院さんの恋人なのだとか。神楽とも上手くやっていけるのではないかしら」
やっぱりそうなんだ。この人、透を会長と結婚させて私を愛人か何かにしようとしてるんだ。そんなの……
「でも……」
「いいわけないじゃん、そんなの」
「透……」
「僕はずっと凜愛姫と一緒に居る。凜愛姫だけと。だから――」
「あらあら、これは鳳凰院家が決めたことなの。貴方の意思は関係ないわ」
「そんな、さっき会長は尽く断ったって」
「だって、それは天照家が望んだことではないですもの。あくまでも神楽をお嫁に欲しいと言われただけですからね。今回は貴方をお婿さんにどうかって話ですすから。一人娘をお嫁にあげるわけには行かないけれどお婿さんに来てくれるなら何の問題も無いものね。そもそも鳳凰院家が望んだことなの。私としては落ち目の鳳凰院家なんかに興味はないんですけどね、親として娘の願いぐらい叶えて上げたいものじゃない? それに、貴方が拒むということは神楽に何か不備があったということになるのよ? 天照の顔に泥を塗るつもりなのかしら。だから、今更無かったことに、なんてのは認められないの。解るでしょ? そもそも、そんな事になったら鳳凰院家は終わりでしょうからね」
透の意思は関係ないんだ……
「会長はそれでいいんだ。自分の好きな人に他にも女の人が居て、いつも一緒に居られなくても」
「私は……」
「凜愛姫は違う。だから、もし会長の思惑通りになったとしても、僕はずっと凜愛姫と暮らす。絶対に会長の所には行かない」
「私の思惑……」
「それは困るわ。ちゃんと跡目は残してもらわないとね」
「あくまで仮定の話だよ。そんな事になならない、絶対にね」
「それはどういうことなのかしら?」
「鳳凰院家なんて滅びればいい。僕は会長とは結婚しない」
「確か妹さんがいたはずよね。それに病弱のお母様も。心配じゃないのかしら?」
「受けた恩は返した。あとは鳳凰院家の問題だよ。僕には関係ない」
透華ちゃん、それに母さんも。私はどうすれば……
「まあ、そう結論を焦ることもないわ。まだ結婚できる歳でもないのですから。もう少し世の中の仕組みがわかるようになってから決めたらいいんじゃないかしら」




