02.06 「透、一緒に――」
昨日は自分の分だけ弁当を作ってたみたいだけど、今朝はまだ起きてきてないのか。
透に関する噂話は色々と耳に入って来てるけど、どれも他愛もない事ばかりだ。本気にして透に接触しようとした男子が殺到したみたいだし、逆に“うんち姫”なんて言われるようになって誰も寄り付かないようになったり。
「誰かれ構わず笑顔を振りまいちゃって、調子に乗ってるからこんな目に遭うんだよ」
「透ちゃんの事?」
「何でもない」
でも、流石にちょっと心配かな。一応、家族なんだし?
昨日は生徒会室に呼び出されてたみたいなんだけど、まさか、透が募集してると思われちゃってるんじゃ……
「うわー、寝坊したー」
ドタドタと騒々しく透が下りてくる。
「ちょっと、透ちゃん?」
「ごめん、時間無いから朝ゴハンいらない。先行くねー」
「いってらっしゃーい」
寝坊したって、目の下に隈できてるし……
それに、時間無いって、朝ゴハン食べてく時間ぐらいはあるはずなのに。何をそんなに急いでるんだろ。
「凜愛姫はのんびりしてて平気なの?」
「特に何も無いはずだけど」
◇◇◇
教室に入ると、透は机に突っ伏して寝息を立てていた。
「昨日も激しかったんじゃない?」
「マジで? 変な病気持ってたりしないわよね」
「でもさあ、“うんち姫”としたら臭い移っちゃうんじゃないの?」
「そういえば、何か臭うよね」
透が寝てるのをいい事に皆んな言いたい放題。
「義理とはいえ、あんなのと姉弟だなんていい迷惑だよね、伊織くんも」
特に、彼はあからさまかな。皆んなみたいに影でコソコソっていうんじゃなくて、こんな感じであからさまに透の悪口を言ってくる。
「いい加減にしないか、正清さん。君は透さんの何を知っているというんだい?」
「何も知らないし、知りたくも無いねぇ。不特定の相手と関係を持つようなメスの事は」
「君は――」
「いいの、武神さん」
「しかし、これじゃ透さんが……」
このクラスで透の事を一番心配してるのは武神さんかな。
私は……
「ホームルーム始めるぞー、皆んな席に着けー。姫神は、お疲れか。程々にしとけよ」
担任までこんな感じだ。数学教師みたいに明確に言わない分、文句の言いようも無いんだけど。
明日からは二泊三日のブートキャンプが予定されている。手っ取り早く友達を作ってしまおうという学校側の計らいなんだけど、こんな状況で参加するのは辛いだろうな、透。班分けも成績順だから、透の班には教科書を隠した犯人だと思いこんでいる彼女も居るのか。大丈夫かなぁ。
この日の透は一日中机に突っ伏していた。授業中も、休憩時間も、昼休みも。私が確認した時はずっとそんな感じだった。お昼ゴハンも食べてないんじゃないかなぁ。
◇◇◇
そして、ブートキャンプ当日。今朝も透は起きてきていない。
「透ちゃん起こしてきて。今日ぐらいは一緒に行ったらどう?」
「うん、そうだね」
今日ぐらいは、か。行きたくないんだろうな、ブートキャンプ。家では何も話さないけど、イジメなんだよね、これって。
階段を登り、ノックしてドアを開ける。
「透、一緒に――」
「話しかけないでっ」
バタンッ
「……」
パジャマ姿の透にドアを閉められてしまった。しかも、今までに聞いたことのない口調だ。当たり前か。今まで無視してたんだから。透にとっては私も他のクラスメイトと同じなんだろうな。今更一緒になんて言っても遅いよね。
目の下の隈は、眠れなかったんだろうな。
「透ちゃん起きてた?」
「うん、まだパジャマだったけど」
「そう、じゃあ、そろそろ下りてくるのかしらね」
でも、透はそのまま出かけてしまった。私にも、お母さんにも何も言わずに。
「今の、透ちゃん?」
「そう、みたい」
「どうしたのかしら、朝ゴハンも食べずに。凜愛姫、何か聞いてないの?」
「特には……」
何が起きてるかは知ってるつもりだけど、直接は聞いていない、かな。