06.01 「彼の子供を産みたいとは思わないかい?」
「ううぅ」
「ちょっと、凜愛姫?」
突然の激しい痛み。吐き気もする……
◇◇◇
「茎捻転を起こしてしまったようなので嚢腫部分を摘出する必要がある」
大穴牟先生の声?
私、お腹が痛くなって……
「凜愛姫は子供を産めなくなってしまうんだしょうか……」
お母さんの声だ。子供を産めなく……。やだ。そんなのやだ。
「正常部分が温存できれば妊娠できなくなるという事は無いが、彼女の場合両方の卵巣に嚢腫が出来ているのでね。機能低下は覚悟しておいた方がいいだろう。何処まで残せるかは見てみないことには何とも。しかし、放置すれば卵巣全体が壊死し、自分の子供を妊娠できなくなるのは確実だろうな。いずれにしても、このままでは日常生活もままならないだろうがな」
女の子に戻ったときに見つかった嚢腫。
大穴牟先生から告げられた病名は皮様嚢腫。卵巣嚢腫の一種で、髪の毛や歯なんかを含んだドロドロの塊が溜まってるんだとか。髪の毛とか歯なんて何処から来るのかと思ったけど、卵巣内にある卵子のもとが突然細胞分裂した結果できたものなんだって。
もちろん、受精なんかしてないよ? 透とはまだそこまでは……
でも私、透の……
「しかし、これほど急速に大きくなるとは予想外だったな」
あれから定期的に経過観察をしてたんだけど、少しずつ大きくなっていっていた。そう、少しずつ、だったはずなんだ。前回検査を受けたときも、まだ経過観察で大丈夫だって言われたのに。何で急に……
「大穴牟……、先生……」
「気がついたようだね、痛みはどうだい?」
「私、産みたいです」
「ああ、そうだね。丁度お母さんに説明したところなんだが、茎捻転を起こしてしまったようなので嚢腫を摘出する必要がある。妊娠できなくなるわけじゃ無いから心配する必要は無いよ」
「……はい」
◇◇◇
こうして、私は嚢腫の摘出手術を受けることとなった。
手術は無事終わったけど……、私は卵巣の半分以上を失った。
「お母さん、透には……」
「解ってるわ。気持ちの整理が着いたら自分で伝えなさい」
「うん……」
「大丈夫よ。産めなくなったわけじゃないんだから」
そう、だよね。大丈夫なんだよね、私。
「元気だしなさい、凜愛姫」
「う、うん……」
「もう……、何なら試してみてもいいわよ?」
「試すって?」
「透ちゃんと。こ・づ・く・り♪」
「こ、子作りって、こんな時に何言ってるの、お母さん」
「こんな時だからこそよ。不安なんでしょ? 色々と」
「そうだけど……、だからって。大体から、高校生の娘に子作り進める母親なんて何処にいるのよっ」
「あら、私、今すぐなんて言ってないわよ? それに、今の透ちゃんとはいちゃつく事は出来ても子作りは出来ないもんねっ!」
もう、お母さんったら。
「どうかな、調子は」
大穴牟先生だ。
「特に痛みとかは」
「まあ、今は鎮静剤も効いているからね。ところで、君に相談があるんだが」
「相談、ですか?」
「ああ。姫神 透君、今は鳳凰院 透君だったかな。今日、彼が入院してきてね」
「透が? まさか骨髄採取の影響で……、先生、透は大丈夫なんですか?」
「まあ、落ち着き給え。しかし、こんな状況でも恋人の心配とはね。妬けるじゃないか」
「先生、透は……」
「心配ないよ。彼が入院したのは成長期性反転症候群の治療の為だ」
「性反転……、じゃあ、透は」
「ああ。今回はかなり期待していいだろうね」
透が元に戻る。男の子に……、戻るんだ。
「そこで、相談何だけどね……」
そこでって、透が男の子に戻ることと関係が?
「手術を終えたばかりの君にこんな事を言うのは気が引けるんだが、彼の治療を始める前に卵子を保存しておいたらどうだろうか、彼の」
「透の……、卵子?」
「ああ。万が一、君の卵巣が機能しなかった場合……」
「機能しない……、私の……、卵巣が……」
「そんな顔をしなくていい。あくまでもそういう可能性も有るというだけでそうなると決まったわけではない」
「可能性……」
「そう。可能性だ。それでだ、仮にそうなった場合でも卵子提供を受ければ子供を産むことは出来る。子宮には何の問題もないからね」
「卵子提供……」
「彼の子供を産みたいとは思わないかい?」
「透の子供……、透の卵子で……」
「理解が早くて助かる。赤の他人の、第三者の卵子で、なんて嫌だろ? だったら一層の事、彼の卵子と彼の精子で、って事なんだが。今の彼にはそれが出来るんだよ」
知らない誰かの赤ちゃんじゃなくて、透の赤ちゃん……
「先生、それってクローンと何が違うの? もともと透ちゃんの細胞なんだから、透ちゃんがもう一人生まれてくるって事にならないの?」
透がもう一人……、それもいいかもしれない……。
「それに、倫理的に問題があるんじゃ……」
「初めての事例なんでね、倫理的にどうかっていうのは何とも言えない。一人で卵子と精子の両方を作り出せる人間は居ないのだから。今のところはね」
「凜愛姫、もしもの時は私の卵子をあげるわ。だから、そんな恐ろしいことは――」
「それだと、私の子供じゃなくて、きょうだいって事になっちゃうもん」
「凜愛姫……」
「まあ、そこまで心配しなくても男性はX染色体とY染色体を持っていてね、って、主席の君が知らないわけもないか。とにかく、X染色体を持っているということは、X染色体を持つ卵子も、同じくX染色体をもつ精子も作り出すことが出来るわけだ。これらが受精すると?」
「女の子……」
「そう。当然の事だが、彼のクローンなわけがないだろ?」
実際には減数分裂の過程で父親由来の遺伝子と母親由来の遺伝子との間で組み換えが起こるから、男の子だったとしても透と全く同じ遺伝子って事はないのかもしれない。それに、例えクローンだったとしても私は……
「先ずは彼に事情を話して採卵する必要があるんだが、呼んでもいいかい、ここに」
透に全てを話さないといけない……、でも話さないと透の卵子は……
「わかりました。呼んでください、ここに。私から透に頼んでみます」




