05.19「母さん……」
週末。
「準備できた?」
凜愛姫の声だ。
どうやら今日は僕を産んだ人に会いに行くことになっているらしいんだけど、何でだっけ……。そもそも、何処に行くんだっけ……
薬の所為かな。このところ、色んな事を覚えていられないし、朝は頭がぼーっとしてる。
「もう、全然準備出来てないじゃない。折角会いに行くんだから、気合入れていかないとねっ」
「別に……、会いたくなんて……」
ないのかな……
「まだそんな事言ってる。このまま薬に頼ってていいの? 強いんでしょ? その薬。一緒に居られなくなった理由、確認しようよ」
一緒に居られなくなった理由か……、そんなのが有るんだったらこんな気持もどうにかなるな。でも……
「薬なんか無くても凜愛姫が居れば……」
そう、凜愛姫と居れば平気なんだ。凜愛姫が居てくれれば。
結局、無理やり着替えさせられて、病院へと向かう。凜愛姫と腕を組んで……、ううん、腕を引っ張られるようにして。ここは……、僕と凜愛姫が治療を受けた病院だ。ここに……
部屋は個室で、ちゃんっとバスタブもあって、トイレは勿論ついてるし、大きなテレビも、冷蔵庫も、それに小さなキッチンまで付いていた。
「おはようございます、お姉様。凜愛姫さんも、ありがとうございます」
「おはよう、透華ちゃん」
休日ということもあり、透華ちゃんが先に来ていた。おっさんの姿はない。『最後ぐらいは寄り添ってやりたい』なんて言ってたくせに来てないんだ。
「さあ、こちらへ」
手を引かれ、ベッドへと歩み寄る。
「今は眠っていますが、目を覚ましたら驚いてしまうでしょうねっ! 母にはまだ伝えていませんから、お姉様がいらっしゃる事はっ!」
透華ちゃんは嬉しそうにそう言うけど、知らないんだ……、僕が来ること。拒絶されたり……、しないかな……
「透、大丈夫よ」
凜愛姫が手を握ってくれる。不安な気持ちが顔に出てたかも。透華ちゃんもギュッと握りしめてくれてる。
「この人が僕の……」
母さん……、なのか。
「そっくりね、二人に」
確かに似ている……、気がする。それに、まだ若い? 病気の所為か青白くも見えるし痩せてしまっているけど、高校生の子供がいるようには見えない。
「はいっ。生まれたばかりのお姉様を抱いている写真なんかは、お姉様じゃないかと思える程なんですよ?」
「僕を……、抱いてる……」
「ええ、それはもう嬉しそうに。ずっと大切にしているんです、その写真。今も枕元に」
枕元には確かに一枚の写真が。そこに写っているのは……、確かに僕に見える。しかも、まだ高校生ぐらいにしか見えない。今の僕とほとんど変わらない姿……
「16歳なんですよ、写真の母」
「16歳って……」
同じだ。僕と同じ……
「お祖父様に大反対されて中絶しろって言われたのに、この子を産めないなら自分もって。頑固なお祖父様に産むことだけは認めさせて、でもお姉様は相手の方が引き取る事になってしまい、それきりに……。でも、いつも言ってたんです。生きていれば会えるかもしれないからって。だから辛い治療も頑張って……。学校案内のパンフレットでお姉様見つけた時は涙が止まらなかったんですから」
そんな風に思ってくれてたんだ……
透華ちゃんが泣いてる……
「透華……、じゃない……」
目覚めた女性の目からも大粒の涙が溢れ出す。
「透……、なの?」
僕の名前を……
「ごめんね、透。許してなんて言えないわよね」
女性が僕の名前を……
「母さん……」
母さんが僕の名前を呼んでくれてる。目頭が熱い。母さんが滲んでよく見えないよ。
「そんな風に呼んで貰える日が来るだなんて……、私……」
「僕はいらない子じゃ……」
「そんな事思わせてしまって……。手放すんじゃなかった。あの時、家を出てでも貴方を連れて……。貴方はかけがえのない存在よ」
かけがえのない存在……
そんな風に言ってくれたのは、凜愛姫だけだった……
「いらっしゃい、透」
弱々しいけど、しっかりと僕を抱きしめてくれる。
助けたい。この人を、母さんを助けたい。




