05.16 「さっきのは無し。ノーカンよっ!」
週末、隣の部屋が騒がしくなってきた。透が引っ越しの準備を始めたんだ。
「手伝おっか」
「大した荷物もないから――」
「一緒に居たいの」
「……うん」
相変わらず殺風景な透の部屋。机の上はPCに占領されてて、低いテーブルにノートと教科書が置かれている。昨日一緒に宿題した時のままだ。テスト勉強もここでしたんだよね、一緒に。最初はドキドキしたなー、肩が触れ合って。でも、もう一緒に勉強できないんだ。
透の教科書を手に取り、じーっと見つめていると、優しくその手を握られた。
「大丈夫だよ、凜愛姫。また一緒に勉強できるから。これ合鍵」
「うん」
「まあ、学校から一緒に帰ればいいだけだから鍵を渡すまでも無いんだけどね。でも、凜愛姫には持ってて欲しいかな」
透は一人暮らしを始める。記憶を失ってた時にフェイク動画作った時の部屋なんだけど、片付けが進んでなくてそのまま借りっぱなしになってたとか。リビングに暴行現場を再現しちゃってるとはいえ、ファミリー向けだから、けっこう広い。2LDKだったかな。
透が一人暮らしするには十分で……、私も……
「一緒に着いてっちゃおっかな」
同棲もありかも……
「凜愛姫は義母さんの側に居てあげて。あんな男とはいえ辛い思いをしたばっかりだから」
「そうだよね……」
お母さんの事も心配かな。
「それに、姫花のお世話もしてあげないとね。僕はできなくなるから……」
こんな時にも姫花の心配だなんて、本当に姫花の事大好きなんだね、透。
「姫花を連れて遊びに行くね」
「ありがとう、凜愛姫」
ベッドの位置もあの時と同じ。ううん、ずっとあの位置だ。停電しちゃって、風で家が揺れて、怖くて透に一緒に寝てもらったあの時と。
その前から意識はしてたんだけど、あの夜……、正確には翌朝かな。あの台風が切欠で透と付き合うことになったんだ。
「エッチなこと考えてる?」
「えっ、何で、そんな訳ないじゃないっ」
「いやあ、なんかベッド見つめてにやけてるから……」
「色々思い出してただけだもん」
「やっぱり……」
違……、わないか。あの朝私、透のお尻に……
もう、透が変なこというから顔が熱くなってきちゃったじゃない。
「凜愛姫……」
「えっ、ちょっと」
透が迫ってくる。
トン トン トン トン
最悪。この音、お母さんだ! 階段を駆け上がって来てる。
「透、お母さん来てるよ」
私の声が聞こえないのか、透が止まらない。優しく抱き寄せられて、体が密着して……、透が目を閉じた。これって……
ガチャッ
「透ちゃー……。ごめん、取り込み中みたいねっ。ごゆっくり!」
初めてのキスはお母さんにしっかりと見られてしまった。少し触れただけ、だったけど……
もう、何でお母さんてこうタイミング悪いんだろう。辛い思い? いつもと変わらなくない?
「何で今更現れたんだろうね。捨てただけじゃ物足りなくて、僕や僕と関わりのある人まで巻き込んで……。そんなに僕が憎いのかな……」
「考えすぎだよ。好きで病気になったわけ無いでしょ?」
「でも……、捨てたのは事実だし」
「一緒に居られない理由があったのかもしれないわよ?」
「……どんな?」
「それは……、私には解らないけど。ほら、透華ちゃんの家って執事が居るような家じゃない? 家柄がーとか……、うーん、わかんないけど、とにかく、産んでくれたんだから」
「産まれちゃっただけだよ」
「私は感謝してるよ、透を産んでくれたこと」
「……」
「だって、産まないって選択肢だってあったはずだもん」
透の前から居なくなった理由は私にはわからない。でも、こうして目の前に透が居ることに、私は感謝したい。それに、こんな悲しそうな透は見てられない。
「ねえ、透。私のこと好き?」
「もちろんっ。大好きだよ」
「じゃあ、やり直し。不安を紛らわす為じゃ嫌だよ。はじめて、なんだから……」
「そんなつもりじゃ……」
お母さんが近づいて来てたから意識もそっちに言っちゃってたし……
「とにかく、さっきのは無し。ノーカンよっ!」
「ノーカン……」
「そう。だから、ちゃんとして……」
「凜愛姫……」
だから、そんな不安そうな顔じゃ嫌なんだってば。もう、仕方ないなぁ。
「透」
今度は私から透を抱きしめる。
もちろん、ドキドキしてるよ? これから透とキ、キスするんだもん。透の鼓動が伝わってくる。私のも伝わってるんだろうな。胸と胸がくっついてちょっと変な感じだけど……
「凜愛姫」
透も私を抱きしめてくれた。耳と耳が触れ合って、それから、透が私の首にキスしてきた。少しくすぐったいけど、心地よくて、思わず透を強く抱きしめる。そしたら、透もギューって抱きしめてくれて……
透の手がちょっと下の方に……、お、お尻を触られてる、ううん、掴まれてるけど……、透にだったらいいかな。
「凜愛姫」
「透」
お互いの息のかかる距離で見つめ合う。不安そうな表情は……、消えたかな。目を閉じて、唇が触れたら強く抱きしめ合う。呼吸のために一瞬離れて、見つめ合ってまたキスする。何度も何度も……
大丈夫だよ、透。私はずっと一緒にいるから。




