05.14 「会いたくないか、お前を産んでくれた人に」
『透、ちょっとこっちに出てこないか』
まだ仕事中の父さんから電話だ。こっちというのは父さんの勤務先方面の事。今から来いってことは、今夜は外食って事になるんだろうけど、急にどうしたんだろう。
「いいけど、叙○苑ね」
折角だから、勤務先から少し歩いたところにある有名焼肉店を指定する。これで拒否するようなら大した話でも無いんだろうな。
『わかった。じゃあ、2時間後な』
逆に、拒否しないってことは重要な話だったりする?
「うん、凜愛姫も一緒でいいんだよね?」
『いや、二人で話したい。春華さんには伝えてあるから、そっちは心配しなくていい。とにかく、お前一人で来てくれ』
凜愛姫や義母さんに聞かれたら不味い話ってことなのかな……
まあいいや。行けば判ることだし。
◇◇◇
「上ネギタン塩と特選タン塩、あと特選ロースを四人前ずつ、あとはー、壺漬けカルビをっ!」
「容赦ねえなぁ。野菜も食え、野菜も」
「じゃあ、カクテキと叙○苑サラダも追加で」
「畏まりました。お飲み物はいかが致しましょうか?」
「生ビールと、こいつには烏龍茶を」
「食後のアイスクリームを抹茶とバニラからお選びいただけますが……」
と、焼肉屋なのに和服の女性がオーダーを確認していく。
「で、話っていうのは?」
「ああ、そうだな。とっとと終わらせないと破産しそうだから前置きは抜きだ。透、会いたくないか、お前を産んでくれた人に」
「態々呼び出すから何かと思えばそんな話なのか。どうでもいいんだけど、そんな人の事」
「どうでもいいって、お前……」
「今更会ってどうしろっていうの? 涙流して抱きしめてもらばいい? どんな人かも知らないのに。そもそも向こうは僕に会いたいなんて思って無いんじゃないの?」
だってそうだだよね、16年間その存在すら知らなかったんだもん。向こうが会いたいって思えば何とでもなったはず。会いたいと思えばね。僕なんか必要無いって言われてるみたいなもんだよ。透華ちゃんも居るんだから。
それに、産んでくれた? 感謝しなきゃいけないみたいに言われてもさぁ、出来ちゃって邪魔になったから捨ててっただけなんでしょ。
その意味ではあんたも同じだよ。ずっとじいちゃんとばあちゃんに預けてたくせに。はっきり言って、たまに来るおじさんでしかなかったんだよ、あんたは。大方、義母さんに近づく口実でも作るために僕を引き取ったんじゃないの? 俺も一人で子育てしてるんだぜーみたいにさ。毎日飲み歩いてて遅くまで帰ってこないし、朝だって二日酔いで起きてこない。あんたに引き取られた所為で学校でも家でも一人だったんだから。
だいたいから――
「もう長くないかもしれないんだ」
「えっ?」
長くないって、命が? ……どうでもいいか。
「ずっと入院してたようなんだが、容態が悪化してるらしくてな」
僕には関係ない。
「このままドナーが見つからなければ透子は……」
「ドナー……。そういうこと……。僕にドナーになれって言いたいんだ」
僕って何なの?
「そんなつもりはない。俺はただ、彼女に成長したお前の姿を――」
「腎臓? 肝臓? それとも心臓? 良かったね、生かしておいて。大切な人の命を救えるかもしれないじゃん」
「そんな言い方をするなっ。俺はお前をそんな風に思っていない」
「そっか。そうだよね。はじめから僕なんて存在してなかったもんね、あんたの中では」
「いい加減にしろっ、透っ!」
興奮し、テーブルと叩いて大声を上げる中年のおっさん。一瞬、周りが静まり返る。当然ながら、和服姿の女性がやってきてこう告げた。
「あの、他の客様のご迷惑になりますので……」
「ごめんなさい。僕帰りますから。この人だけなら大きな声出したりしないと思うので」
「待て、透っ。話はまだ終わってない」
うるさい。こんな奴と一緒に居たくない。僕の事をスペアパーツとしか見てない奴となんか。
透華ちゃんも……。彼女が近づいてきたのも同じ目的だったんだ……
僕は誰かを活かすためだけの存在?
元々いらない子だったのに、必要になったんだ、僕の一部だけが……
僕は必要ないんだ……
中学でもそうだった。誰も僕とは話そうとしない。ずっと一人で……
沈んだ気持ちの所為か、エレベーターを降りたところでどうでもいい事が気になり始める。
――財布は……
バッグに手を突っ込んで財布を確認する。大丈夫。ちゃんとここに有る。
――カードはちゃんと入れた?
財布を取り出してキャッシュカードを確認する。そもそも今日はATMに寄って無いし。
財布を戻し、駅へと急ぐ。
――カードはちゃんと仕舞った? さっき落としたかも……
もう一度財布を確認する。大丈夫、ちゃんと仕舞ってあるよ。
不安で不安でたまらない。何がって……、何もかも。どうでもいい事が。鼓動が早まり、呼吸も荒くなる。
――ロッカーに鍵閉めてきたっけ……
あー、もう、そんなことどうでもいい。また落書きされるだけの事だ。
――下駄箱の鍵は?
だからどうでもいいんだって。毛虫が入るか、うんちを入れられるだけだよ。
ロッカーと下駄箱……。高校に入ってからもそうだ。
――僕はいらない子……
そうかもしれない。
――凜愛姫は僕の事邪魔だと思ってない? 口も聞いてくれなかったよね、あの時。
嫌だ、そんなの嫌だよ。
「凜愛姫、違うって言ってよ。僕の事嫌いじゃないって……」
家に着くまでの1時間余り、電車の中で頭を抱え一人不安と戦った。ううん、苛まれてただけかな。
涙が溢れ、鼻水も垂れてくる。よだれも垂らしてたんだと思う。
よほど見苦しかったんだろうな。声を掛けてくる人も居たけど、欲しいのはその声じゃないんだ。
「……ただいま」
ようやく家に着いた。遠かった。でも、やっと声が聞ける。……聞けるんだよね。
「透? お義父さんと一緒じゃなかったの?」
そうだ、僕が欲しかったのはこの声だ。
「凜愛姫……」
「泣いてる、の?」
泣いてる? うん、泣いてた。でも、もう大丈夫。
僕には凜愛姫が居る。そうだ、姫花も居る。
僕を必要としてくれる人が。必要と……、してくれてる?
「ねえ、凜愛姫、僕の事、必要?」
「何言ってるのよ」
「答えて、凜愛姫。君にとって僕は……」
「必要に決まってるじゃない。一生……、離してあげないんだから……」
僕は……、いらない子じゃないんだ。
「それより、お風呂入ってさっぱりすれば? すごい顔だよ? あっ、姫花は私が入れちゃったからね。大泣きされて大変だったんだから。やっぱり透おねえちゃんが居ないと駄目ねっ」
姫花にも僕が……
僕の居場所はここに有るんだ。




