02.05 「うんちって毛虫みたいに自分から上履きの中に入ってこないですよね」
入学式から三日目。
「僕は凜愛姫、僕は凜愛姫、僕は凜愛姫……で、いいんだよね……」
いつものように弁当を作った。でも今日は一人分だけ。
伊織は僕の事を避けてるし、僕が嫌がらせ受けてても知らん顔。それに、朝と昼で同じものを食べるのはもう嫌だ。伊織にその気がないのなら、僕だってそうするもん。伊織なんてもう知らない。
なんて伊織への不満をブツブツを呟きながら登校し、何の警戒もしないまま上履きに足を入れてしまった。
「うわぁ」
まさか二日連続で毛虫が、なんて油断もしてたんだろうな。
昨日よりも弾力がある。しかも、臭い……
足を入れる前から臭ってたはずなのに……
「異臭がするというので確認に来たのだけれど……」
「あはは、上履きにう、うんちが……。うんちって毛虫みたいに自分から入ってこないですよね……」
「毛虫も入ってこないと思うのだけれど」
「そういうものなんですか?」
「少なくとも私には経験がないとしか言えないわ。……取り敢えずは異臭の源を何とかしましょうか」
「ううぅ、二日続けて上履きを買いに行くことになるとは……」
「二日続けて?」
「はい。昨日は毛虫が入り込んでいたので」
「そう……、上履きは私が買ってきてあげるから、貴方はトイレに行きなさい」
「ありがとうございます。えっとー」
僕に優しくしてくれたのって、この人が初めてだと思う。しかも、黒タイツの綺麗な女の人だ。
「天照 神楽。生徒会長よ」
「生徒会長?」
「入学式で会っているはずなのだけど、まあいいわ。貴方は?」
「あっ、僕は姫神 透です」
「姫神さんね。覚えておくわ」
生徒会長だったのか。言われてみれば、入学式の時に見かけたような気がする。ともあれ、通りすがりの生徒会長さんの厚意に甘えてトイレへと向かう。勿論女子トイレね。個室に入って踏んでしまったうんちを拭き取っていると、数人の女子が入ってきた。
「聞いたー? 特選の姫神って娘ー、男子トイレにセフレ募集の広告出してるらしいよー」
「聞いた聞いた。誰でもいいとかすごいよね。可愛い顔してどんな性欲してんだか」
「でさ、体育館の用具置き場でヤッてるらしいのよ。変な声が聞こえてきたって言うし、マットにも変なシミが出来てるんだって」
ぬぬっ、特選の姫神って僕のことじゃん。そんな広告(?)があるからこんな事になってるんだ。
「っていうか、超臭くね?」
「まあ、トイレだからね。登校早々大でもしてるんでしょ」
いや、大じゃないし。大だけど上履きに入ってただけだし。そもそも、自分ち以外じゃ大なんてしないし。
「そういえばー、今朝特選の下駄箱付近で異臭がしてたよねー」
「してたしてた。足臭いのが居るんだね。その姫神って娘だったりして?」
「マジで? 可愛い顔して足が超臭いとかマジうける」
ううっ、そうですとも。異臭を放っていたのは僕の上履きですとも。足の匂いじゃないけどね。でも何でこうなっちゃったんだろう。高校デビューするぞーって思ってたのに、これじゃ中学時代と変わらないよ。
「あ、天照会長」
「おはよう」
「「「おはようございます」」」
「あなた達、姫神さんを見かけなかったかしら」
会長、タイミング悪すぎだよ……
「いえ、見かけていません」
「個室かしら。姫神さん?」
「……」
「居ないのかしら……。姫神さん?」
「……はい。ここに」
「居るじゃない。上履きを買ってきてあげたわよ。異臭の元はどうにかできたのかしら?」
「鋭意努力中であります」
はぁ、さっきの女の子達がクスクス笑いながらトイレから出てったよ。変な噂になるんだろうな……
「そう。私、こう見えて多忙なの。上履きはここに置いておくから、あとは大丈夫よね」
「はい。ありがとうございました」
昼休みには早速変な噂が広まっていた。どうやら僕の名前は“うんち姫”になったみたいだ。勿論、面と向かってそう呼ぶ人は居ないけど、噂されてるのが僕の事だって事くらいは解る。
『近くに居ると臭う』らしく、『触ると臭いが移る』らしい。お陰で変な男子も近づいてこなくていいんだけど、小学生レベルか?
◇◇◇
そして放課後。
「入学早々セフレを募集しているようだけれど、事情を説明してもらえるかしら?」
僕は会長に呼び出され、生徒会室で尋問を受けていた。
「全く身に覚えが無いので何とも……」
「そう。安心したわ。今朝の嫌がらせから推測するに、セフレ募集の件も誰かの嫌がらせでしょうね。心当たりは無いのかしら?」
「特には」
まさか伊織がそこまでするとは思えないし。入学したばかりで誰かに恨みを買うようなことはしてないと思うんだよね。
「他に受けている嫌がらせは?」
「教科書に落書きされたり、体操着に落書きされたり、教科書隠したことにされたり、あとは……、“うんち姫”って呼ばれてたり」
“うんち姫”に関しては会長にも多少なりとも原因があるんだけど。
「いろいろされているのね。少し調べてみようかしら」
「こういうのは慣れてるので大丈夫です」
「そうは行かないわ。生徒会長として嫌な思いをしている生徒を見過ごすことなんて出来るわけがないもの。それに、私好みの可愛い女の子にこんなことをして、只で済まされると思っているのかしら、犯人は」
「私好み?」
「あら、そんなこと言ったかしら?」
そう聞こえた気がしたんだけど、強く言われると聞き違えだったような気もして来る……
「とにかく、困ったことがあったら相談に乗ってあげるから、何時でもここに来るといいわ。それから、会話を録音する事を心掛けなさい、証拠としてね。酷いことを言われたら私に送ると良いわ。何とかしてあげるから」
なんて優しいお姉さんなんだろう……
胸がキュンキュンしちゃうんだけど……
「姫神さん、聞いてるの?」
「は、はい。録音して会長に送ります」