05.05 「私の事なんて覚えてないですよね」
冬休みも終わり、今日は入学式。口も利いてもらえなかった一年前とは違い、凜愛姫と一緒に学校へ向かう。
というのも、評議委員は入学式の準備や案内とかで登校しないといけないのだ。他にも、ボランティアで登校してきてる生徒も居るみたいだけど、気にしないで手を繋いで歩く。もちろん恋人繋ぎで。
「おはよう、姫神さん。もう一人の姫神さんも。確か、凜愛姫さんだったかしら？」
「「おはようございます、会長」」
「凜愛姫の事、もう知ってるんですか？」
「まあね。これでも生徒会長なのよ？ 登録情報に関する変更申請には目を通しているわ。女の子に戻れたようだけれど、おめでとう、でいいのかしら？」
「もちろんですよ、会長」
「そう、私も性別は気にしないのだけれど、気が合うわね、姫神さん」
会長とそんな挨拶を交わし、僕は入学式の会場となる第2体育館へ、凜愛姫は誘導係としてそのまま昇降口に残る。風紀委員長の僕は、生徒会役員として式にも出席しないといけないんだって。
それにしても、凜愛姫の事を知っていたとは。水無も知ってたみたいだけど、会長も僕の事知ってたりして……
「どうしたの？ 姫神さん。風紀委員長なんだから、もっと凛々しい顔をしてもらえるかしら」
「えっ、はい」
そして、退屈な入学式が始まった。自分のときだって退屈なのに、他人のなんてね。特に、新入生代表の挨拶がなぁ。淡々と、用意された原稿を読み上げるだけの女の子。彼女が今年の主席かぁ、全然感情が篭ってないんだけど。
凜愛姫はちゃんと感情篭ってたし、全部暗記してたよ？
「姫神先輩、私、追いかけてきちゃったのです！」
そうそう、そんな感じで。ん？ 今、姫神って言わなかった？ 追いかけてきた？
「ずっと憧れてたのです。だから、宜しくお願いしますね、姫神先輩♪」
うん、姫神って言ってるね。この場にいるのって生徒会役員だけだから、姫神って僕だけだと思うんだけど……。
えーっと、誰？ 君。
「（姫神さんの後輩なのかしら？）」
会場がざわつく中、隣にいた会長が耳元で囁いてくる。
「うーん、心当たりが無いと言うか、僕のことを先輩なんて慕う後輩なんて居ないと思うんだけど」
「なら、もう一人の姫神さんなのかしら？」
「凜愛姫も何も言ってなかったような」
「でも、姫神って貴女達姉妹しか居ないわよ？」
「うーん」
そして入学式終了後、例の女の子が態々挨拶に来てくれた。
そういえば、凜愛姫も教室に戻ってくるの遅かったんだっけ。こうやって生徒会役員に挨拶してたのかな。
「先輩、お久しぶりなのです♪ って言うか、私の事なんて覚えてないですよね」
「えーっと、うん。ごめん、誰だっけ？」
「そうですよね……。私の事なんて……」
俯いて、今にも泣き出しそうになる新入生。
「うわあ、ごめん、本当にごめん。でも全然記憶になくて……。記憶喪失になってた所為かもしれないんだけど……」
「……まあ、影から見てただけなので、それは仕方のないことなのです」
「ええー」
もうー、記憶がちゃんと戻ってないのかと心配しちゃったじゃない。
「でも、学校紹介のパンフレットで見た時は運命を感じてしまったのです。誰に訊いても進路が判らなくて途方に暮れていたのですけど、まさかミス高天原だなんて」
なんか“ミス”に力が篭ってない？
まあ、後輩って言うなら僕の過去も知ってるんだろうけどさ。
「静先輩も居ませんし、これからは遠慮なく先輩とイチャイチャできるのですっ！」
「静先輩？」
「はい、静先輩なのです。学校中の噂になってたじゃないですか、先輩と。同じ高校に行くのかと思ってたのですけど、葦原学園にしたみたいですね」
「実在したの？」
「えっ？」
「ええっ？」
僕の記憶が正しければ、確かにある日突然そんな名前で呼ばれるようになったんだけど、それは只の嫌がらせだった筈だけどな。
やっぱり、記憶の一部が欠如してるの？
「透、その娘、知り合い？ なんだか親しげなんだけど……」
他にも失われた記憶が無いのかと不安になっていると、式の後片付けの為に凜愛姫がやって来ていた。ちょっと、いや、かなり不機嫌そうなオーラを纏って。
「親しげって……、ちょっ、いつの間に」
僕が混乱している間に腕にしがみついて来てたよ、この娘。しっかりと柔らかな膨らみを押し付けながら。
「先輩、誰なのですか、この人。凄く可愛くて嫌な予感しかしないのですけど」
新入生がしがみつく腕に力を込める。
「先輩？ 透って、ボッチだったって言ってなかったっけ、中学のとき」
「そうだよね。良かった〜、記憶が欠如しちゃってるのかと思ったよ」
「で、いつまでそうしてる気なの？」
「あっ、うん、ちょっと離れてよー」
「嫌なのです。やっと静先輩の呪縛から逃れられたのです。もう離したくないのですー」
「静先輩？」
「いや、そんな人実在しないから」
大丈夫。僕はボッチだったんだ。そんな名前の人と面識はない。
「実在しますー。先輩たちのこと知らない人なんていないのです。それに、静先輩とは小学校も一緒だったのですから、間違うはず無いのです」
「透……」
「いや、僕は会ったこともないし、顔も知らないん……、凜愛姫？」
「緊急家族会議、かな」
いや、会議と言われても僕には心当たりがないんだけど……
兎に角、物凄い力でしがみつく後輩を凜愛姫と二人がかりで引き離し、自分の教室へと送り出したのだ。
「で、さっきの女の子は誰なの？」
「そういえば、名前訊いてなかった。誰だろ」
「彼女は蔦原 透子。今年の主席よ？」
流石会長。でも……
「トオルコって……」
「そう。姫神さんと同じ字ね。彼女の言っていた通り姫神さんと同じ中学みたいなの」
「透……」
「記憶にございません……」
いや、ほんとに。
しかし、透子ってなんだよ。偶々？ それとも名前変えてる？
