04.20 「びょーいん?」
「さあ、あの時の続きをしようじゃないか、マイ・プリンセス」
「キャーーーーッ」
「やめろーっ」
この後、ブラウスのボタンがはじけ飛んで、ウザ男が胸を掴んだ辺りで記憶が戻ったんだと思う。
全身に電気が流れたような感じがしたのはスタン・ブラの所為だと思うんだけど、直ぐに目眩がして……、その後は湧き上がる怒りを押さえながら紳士的に対応したんだっけ。うん、あくまでも紳士的に。警察もそれで納得してくれてるみたいだしね。
予めクラッキングしておいたお陰で、ウザ男が止めたと思ってた防犯カメラもちゃんと動かせてたし、勿論、過剰防衛っぽい所はカットしておいたからね。まあ、仮に何か起きてたとしてもそれは無理矢理思い出させるようなことをした所為だもん。全てはウザ男の自業自得なのだ。
とはいえ、ちゃんと記憶が戻ったのかどうかは正直自信がない。記憶を失ってた時の出来事は覚えてるし、その時凜愛姫に色々と迫ったのも覚えてる。
全部忘れちゃったのに、もう1回凜愛姫の事好きになたってことなのかな、これって。
「うん、全部思い出したよ……少なくとも君の名前と僕達の関係はね」
確かにあの時はそう思ったんだけど、凜愛姫に色々と迫った“私”の影響で記憶が改竄されてるんじゃないかって不安になってきた。
だったら、本人に聞いてみるしか無いよね。
「ねえ、凜愛姫、僕達って恋人同士だったって事でいいんだよね」
「どうしたの、急に」
「うーん、記憶を無くしてたのに凜愛姫の事好きになっちゃってたし、都合の良いように改竄しちゃってるんじゃないかって思えてきて……。そもそも、ちゃんと思い出したのかどうか自信が持てなくてさ」
「そっか。私に関しては大丈夫よ? 透の認識で間違ってないよっ! それに……、ありがとね。2回も好きになってくれて」
「3回なんだけどね、記憶が正しければ」
「3回なんだ……」
「うん……」
「……そっか」
ともかく、僕と凜愛姫の関係は認識通りで間違って無いみたいだから、あとは……、まあいいか、多少改竄しちゃってても。
「今回のことは二人には内緒ね。もうすぐ出産だから、余計な心配掛けたくないもん」
「私は構わないけど……、透はそれでいいの?」
「十分やり返したしね」
「そっか」
それより、今は期末試験に向けて集中しないと。
テスラを手放すわけにはいかないし、凜愛姫の主席は確定だから、1秒でも一緒に居ようと思ったら僕も評議委員になるしかないもんね。
うん、うん。これ、これ。
「もう学校なんか行かないでず〜っとこうしていたいね」
「出席日数気にしなくてもいいならね?」
「そうだよね〜、すりすり〜」
「もう、透、真面目にやってよ」
「だってえ、やっと凜愛姫のこと思い出したんだもん。少しぐらいいいよね?」
「私がここに来てからずーーーっとそうしてるけど?」
「そうだっけ〜」
中間試験もこんな感じだったよね。だから、大丈夫。
◇◇◇
そして、その日は突然訪れた。
物音でふと目が覚め、リビングへと下りていくと、両親が出かける準備をしていた。
「透か。丁度良かった。父さん達、病院に行ってくるから家の事は頼んだぞ」
「病院って……」
「大分間隔が短くなってきたみたいだからね。楽しみに待っててね」
「僕も行くっ!」
「行ったら直ぐに生まれるって訳じゃないのよ。暫く陣痛室で待つことになるんだけど、あれを聞いちゃったら産むの怖くなっちゃうわよ、透ちゃん」
僕は産むつもりないんだけど……
「カーテンで仕切られてるだけだからね。周りの妊婦さんの苦しそうな声が聞こえてくるわよ?」
「それに、陣痛室に付き添えるのは一人だけだ。透が着いてきても廊下で待ってるだけだぞ」
「だから、後で凜愛姫を連れてのんびりいらっしゃい」
「うん、わかった」
車で出かける両親を見送ったものの、興奮しちゃって眠るどころじゃ無かった。
凜愛姫は朝まで熟睡なんだけどね。
コン コン コン
「凜愛姫、起きて」
コン コン コン コン
「凜愛姫」
「うーん、透。もう少し寝かせて」
「凜愛姫、早く着替えて。朝ご飯食べたら病院行くよっ!」
「びょーいん?」
「うん、うん。生まれるよっ! 姫花が生まれてくるよっ!」
「うそっ、急がなきゃ」
姫花というのは、生まれてくる妹の名前。義母さん、名前には姫って字を付けたいんだって。
「苗字に付いてるのに」って言ったら、「凜愛姫と違って結婚したら変わっちゃうかもしれないでしょ」なんて言われちゃった。
◇◇◇
「透、伊織も、丁度分娩室に入ったところだ。もうすぐ生まれるぞ〜」
「う、うん。緊張するね」
「透が産むわけじゃ無いだろう」
「そうだけどさ」
程なくして分娩室のドアが開いた。
「おめでとうございます、元気な女の子ですよ」
そう言って出てきたのは、看護師さんだけだった。
「今綺麗にしてますからね。もうすぐ会えますよ」
「有難うございます」
「産声とか聞こえなかったね」
「そういえばさ、父さん立ち会わなくて良かったの?」
「俺は立ち会いたいって言ったんだけど……、春華さんが……」
居ても役に立たないか……
そしていよいよ姫花との対面の時がやって来た。
「おまたせしましたー。お姉ちゃんかな? 抱っこしてみる?」
いや、お兄ちゃんだけどね。
「うええ、どうやって」
なんて心配は無用で、看護師さんが上手いこと抱っこさせてくれる。
「あっ、目、開いた。透の事見てるね」
「姫花、お兄ちゃんだよ♪」
「姫花が混乱するから、そこはお姉ちゃんで良いんじゃない?」
「えっ、うん……、お、お姉ちゃんだよ」
「ふふっ」
「もう、じゃあ、お兄ちゃんに抱っこしてもらおうね、姫花」
「えっと、待って、どうしたら……」
看護師さんを介して凜愛姫も姫花を抱っこして、最後に父さんも抱っこした。




