02.03 「頼んでないから」
入学式の翌日。
壁に据え付けられた大きな鏡に移るのは女子高生にしか見えない自分の姿。今日で二日目だけど、いまだに慣れないかな。一回試着してるから、三日目か。
「僕は凜愛姫、僕は凜愛姫、僕は凜愛姫」
イメージするのは、出会った時の凜愛姫。間違っても今の凜愛姫じゃない。
「折角の女子高生なんだから、楽しまないとねっ!」
あの時の彼女の言動を思い起こして念入りにキャラ設定する。だって、素の自分だと知らない人となんか話せないもん。これが昨日から始めた朝の日課。凜愛姫は冷たい伊織になっちゃったんだから、遠慮なく使わせてもらうのだ。
準備が出来たらリビングへ下りて最終確認だ。
「おっはようございま〜す」
「あら透ちゃん、早起きなのねぇ」
うん、問題ないかな。
「今日から普通に授業があるから弁当を作ろうと思って」
「そんなのお母さんに任せておけばいいのに」
中学入学と同時に父さんと二人で暮らすようになったんだけど、父さんは仕事、というより呑みにいってるだけなのかな? とにかく、帰りが遅く、その所為か朝も遅かった。今も隣の寝室からは大きなイビキが聞こえてきてるぐらいだ。一緒に暮らす必要無かったんじゃないかと思うこともあったけど、そんな訳で、食事の準備は僕の担当だった。まあ、父さんは朝食も食べないことが殆どなんだけどね。自分で作って一人で食べて、学校行っても一人で……
うう、ダメダメ。僕は凜愛姫、僕は凜愛姫、凜愛姫、凜愛姫、凜愛姫……、よしっ!
「いえいえ、料理は嫌いじゃないので」
「偉いわねー。凜愛姫にも見習って欲しいものだわ」
義母さんはその名で呼んでいるけど、今は伊織と名を変えている。
性徴期性反転症候群の大流行により、首都圏を中心に同世代のおよそ半数の性別が反転してしまったのはつい最近の事。事態を重く見た政府の主導により、対象者の戸籍上の性別と名前の変更を認めるという措置が取られ、その時に凜愛姫から伊織へと名前を変えているのだ。伊織も女の子っぽい名前だけど、元々は男性につける名前だったみたいだし、男っぽい名前というのにも抵抗があったのかな。
ちなみに、僕は反転する前から透って名前。ギリギリ女の子っぽかったりしないかな? まあ、気に入ってるから変えたくないんだけどね。
「おはよう」
「おはよう、凜愛姫」
弁当を詰め終わると、伊織が起きてきた。
「おっはよう、伊織。弁当作ったから、よかったら……」
「……」
今日も目を合わせてくれないか。この家で暮らすようになってからずっとこんな感じ。何か嫌われるようなことしたのかなぁ。
「何なの、その態度。折角透ちゃんが早起きして作ってくれたのに」
「頼んでないから」
「凜愛姫っ」
「いいんです、義母さん。勝手に作っただけだから……。弁当は僕の朝ゴハンにしようかな。ごめんね、伊織。朝から嫌な思いさせちゃって」
「透ちゃん……」
結局、何の会話も無いまま別々に登校することになってしまった。二人で一緒に登校できたらいいのになぁ。でも、落ち込んでいるわけにはいかない。伊織が仲良くしてくれない分まで友達いっぱい作ってやるんだから。
「おっはよ〜」
「「「……」」」
あれ、何で沈黙? 結構無理して元気いっぱい挨拶してるのになぁ……
直前までガヤガヤしていたのに教室が静まり返ってしまった。しかも、何だか視線が突き刺さるような気がする。おかしいなぁ。昨日連絡先の交換もしてるし、ここは明るく挨拶が返ってくることを期待してもいいところじゃない? な空気の中自席に向かったけど、昨日みたいにクラスメイトが集まってくることもないみたい。
「おはよう」
「……」
席に着き、隣の21位さんに挨拶したけど反応は同じ。ううーん、僕、何かしちゃったのかなぁ。これだと中学時代と変わらないんだけどな……
休憩時間も、昼休みも、ずっとこんな感じだった。僕が話しかけても無視されるし、近づいたら逃げていく。みんな伊織みたいになっちゃった感じかな。
ブルルルルル ブルルルルル ……
はぁ、まただ。
スマホに届いたのは『いつヤれるの?』ってメッセージ。他にも、『俺のは結構凄いんだゼ!』とか、『6日間ぶっ続けでやれるっ』とか、授業中だろうが休憩時間だろうが関係なしにメッセージが届く。ご丁寧位にクラスと実名入りでね。
流石に同じクラスの人は居ないけど、逆に連絡先を交換した覚えもない人ばかりってのが気持ち悪い。しかも、着信するたびにクスクス笑ってる人がいるみたい。
「誰彼構わず連絡先教えるのは不味かったのかなぁ」
なんて言った所で、誰かから返事が帰ってくるわけでもなく、鬱陶しいだけのアプリは削除することにした。勿論アカウントもね。
はぁ。何だったんだろ、今日は。伊織と一緒に帰りたいけど……、無理だよね。