04.04 「へ〜、仲良かったんだ。何歳ぐらいまで一緒にお風呂入ってたのかなあ」
検査の結果、私の体、特に脳には何の問題も見つからなかった。でも自分の名前も解らなくなってたみたい。
私の名前は姫神 透。病室にもそう書いてあったし、電子カルテもその名前だった。何で自分の事リアラって思ってたんだろう。そもそも誰? リアラって。
検査が終わって帰れるのかと思ったのに、警察が訊きたい事があるとかで、まだ病院にいる。ドクターも付き添ってくれてるんだけど、病室で色々と訊かれてるところなんだ。
「状況から推測するとお嬢ちゃんが襲われたって事なんだろうけど、防犯カメラが壊れてたみたいでね。証拠がないんだよ、証拠が。何か覚えてないかなあ」
「事件の事は何も」
「心因性記憶障害って言ったでしょ? 事件の事はおろか、その場に居た友人のことも、自分のことも覚えてないんだってば。無理矢理思い出させるような真似は認められないな」
「そうだったな。だが、それが一番まずいんだよな。このままだと、合意の上だったことにされかねないんだけどさあ」
「膣内に傷でも残ってれば無理矢理挿れられたって証拠になったんだろうけど、幸い膜も無事だったみたいだしね」
しかし、昨日から膜、膜ってこのミススカドクター。
「爪にも皮膚組織なんかは付着して無かったし貴女、全然抵抗しなかったの?」
「いや、覚えてないので何とも……」
下着から指紋が出るかもしれないけど、素材的にあまり期待できないんだとか。結局、指紋が出た所で記憶が戻らないことには合意の上って逃げられちゃうみたいなんだけど。
まあ、膜は無事だったんだから、彼らが逮捕されようがされまいがどうでもいいかな。
◇◇◇
家に帰れたのはすっかり暗くなってからだった。伊織が心配そうに迎えてくれる。
「リアラ、お帰り」
「ただいま、伊織」
「え?」
「私は透で君は弟の伊織なんでしょ? 父さんから聞いたよ」
「うん、お帰り、透」
全然覚えてないんだけど、伊織は私の弟なんだって。もう、そんなに嬉しそうにしちゃって、シスコンなのかな? まあ、可愛いけど。
「あっ、ごめん」
何故か慌ててテレビを消す伊織。
「それって、私の事件の?」
「うん。でも透の事は報道されてないかな。今は武神さんが一方的に暴行したって報道になっちゃってるから」
「武神さん?」
「透を助けてくれた人だよ」
「助けてくれたのに何で?」
「流れてるのはドアの前で武神さんに腕を折られてる所だけだから」
防犯カメラの映像っぽかったけど、だとしたらおかしな事よね。壊れてたって言ってたのにそこだけちゃんと撮れてるだなんて。
「そうだ、家の中案内しようか?」
「大丈夫。そういうのは覚えてるみたい」
「そっか」
「でも折角だから一緒に行こうか」
「うん」
嬉しそうに手を取ってエスコートしてくれる伊織。ほんと、可愛いんだから。
「ここが私の部屋かぁ。場所は覚えてたけどこんな殺風景な部屋だったかなぁ」
「ずっとこんな感じだけど?」
「ずっとか〜。もしかして、一緒に勉強してたりする?」
「うん」
「いつも?」
「試験前はだいたい毎日かな」
「へ〜、仲良かったんだ、私達。何歳ぐらいまで一緒にお風呂入ってたのかなあ」
「お風呂は……入ってない」
「お風呂はって事は……、一緒に寝てるとか?」
「……」
もう、伊織ったら顔赤くしちゃって。
「冗談よ。で、机の上で存在をアピールしている黒い物体なんだけど……、私ってPCオタクだったりする?」
「オタクというか、企業から仕事受けたりしてたかな。結構お金持ちなんだよ?」
「なるほど。じゃあちょっとログインしてみよっかなっと……riara? それで自分のことリアラだと思ったのかなぁ」
「riara……」
「うーん、誰だろうね。ゲームのお気に入りキャラか何か?」
「どうなのかな」
まあ、覚えてないし、どうでもいいか。パスワードは、多分これかな。
「よし、入れた」
覚えてたのも不思議なんだけど、ちょっと痛いな、このパスワード。
「そういうのも覚えてるんだ」
「う、うん。そういえば、私って風紀委員長だったりする?」
「そうだけど」
「何となくそんな気がしただけだけどね」
でもラッキー。確か風紀委員長ってセキュリティシステムの管理権限持ってたはずだし、巨大ストレージには防犯カメラの映像の保存されてるはず。つまり、生徒の画像なんて使いたい放題ってことだよね。何より、凄いGPU搭載したマシンが有ったはず。確か……テスラだったかな。
ちゃんと証拠出す気がないなら、こっちにも考えがあるよ?
◇◇◇
その夜、少し調べて解ってきたことがある。
まず、あのカラオケ店は十六夜 家との関係が深いということ。そこだけに限らず、この辺りの繁華街は多かれ少なかれ十六夜 家と関係があるみたいだけど。
防犯システムも関連会社が手がけてるみたいだから、不都合な証拠は出てこないわけだよね。
さて、遠慮なくクラッキングさせてもらおうか。




