04.03 「えっと、あなたがトオルなの?」
「ここは……」
「お母さん、透の意識が……」
透が意識を取り戻したのは、翌日の昼のことだった。
「良かったわ。先生呼ばないとね」
「透、大丈夫なのか?」
両親は仕事を休んで透に付き添っている。私もだ。
私達は警察で事情を訊かれた後、開放された。もちろん、武神さんもだけど。透が猥褻行為を受けた形跡があったことから、武神さんは助けに入っただけという認識になってる。ただ、一方的に重症負わせてるのがちょっとね。
「トオル? 誰?」
「何言ってる、お前の名前だろ」
「わたしは……リアラ。トオルじゃない。父さん、痴呆?」
「透……」
「えっと、あなたがトオルなの?」
透は記憶を失ってしまった。
十六夜 葉月とその取り巻きの事も、武神さんのこと、水無さんのこと、そして、私の事も。あの日、あの場に居た人の記憶がスッポリと失われていた。
先生の話しでは、心因性記憶障害だろうって。全ての記憶を失ってしまったわけではなく、一般的な知識は保たれているので日常生活には支障はないってことだけど。強いストレスが原因となっているから、記憶が回復すると自殺のリスクが高まるんだとか。
「まあ膜は無事だったみたいだから、そこまで心配する必要はないと思うわ。念の為検査するから、今日はこのまま入院ね」
そう言い残して去っていくドクター。言い方はともあれ、最悪の事態は避けられたみたいだ。
「それ、私のネックレス」
透が私のネックレスを見つめる。透に貰ったネックレスだ。
「これは私ので、透……、貴女のは貴女の首に」
透は手で触れて確認し、ほっとしたような仕草をみせる。
「よかったあ。大切なネックレスなの」
「大切な……」
「うん。誰に貰ったのかは……思い出せないんだけど……、同じの?」
「うん。私も大切な人から貰ったから」
「そっか。同じだね、トオル」
「そうだね」
自殺のリスクが全く無いわけでもないということで、今夜はお義父さんが透に付き添うことに。私が付き添おうと思ったんだけど、未成年だからダメなんだって。何もしてあげられないんだな、私。
「凜愛姫、いいの?」
「何が?」
「透ちゃん、自分が凜愛姫だと思ってるみたいだったけど」
「ああ、そのことだったらいいの。先生も無理せず気長にって言ってたし」
それに、名前だけでも覚えててくれたんだから。
「だから、透がリアラで、私がトオルね」
「ややこしいわねぇ」
その夜、ニュースで事件の事が取り上げられていた。
『たった今入ったニュースです。昨日の午後、カラオケ店で高校生同士の喧嘩があり、1人の生徒が一方的に危害を加え、先輩5人が重症を負った模様です。なお、危害を加えられた生徒ですが、2人が左膝粉砕骨折、尾骨陥没骨折、顎骨粉砕骨折が其々1人、左手首及び右肘粉砕骨折が1人となっています。また、加害生徒には武術の心得があったということで、警察が詳しく調べているということです。詳しい情報が入り次第お伝えします』
防犯カメラの映像として、ドアの外に立つ男子生徒の左膝を一瞬で変な方向に捻じ曲げる瞬間の映像も流される。
「何これっ、一方的に武神さんが悪いみたいにっ」
確かにこれは実際に起こったことだ。
でも、透が連れ込まれて酷い事されてた事も、その時の映像なんかも流されることはない。しかも、最後に『なお、加害生徒は武術の心得があったとみられています』なんて付け加えてるし。誰がこんな事を……
◇◇◇
当然、学校でも朝から話題になっていた。
ニュース映像では顔にボカシが入ってたけど、制服がうちの学校のものってのは明らかだったから当然かもしれない。犯人探しをする者も現れ、この日の欠席者から重症を追ったのが十六夜 葉月とその取り巻きであることが特定される。となれば、残る1人は下級生である1年生ということになり、2名の欠席者のうち、男性は1人のみ。武神さんが特定される事となった。
ただ、幸いだったのは――
「あの5人ってさ、前に女の子連れ込んで猥褻行為したって噂じゃん?」
「確か証拠も碌になくて、被害者側も示談に応じたんだっけ」
「また誰か連れ込んで、例の彼が助けに入ったとか? ちょっと憧れるよね、イケメンが助けに来てくれるとか」
――そんな声が聞こえてくるように、十六夜 の素行の悪さからか、校内で武神さんを悪く言う噂が殆ど聞かれなかったことかな。




