03.04 「おかえりなさいませ〜、お嬢様♪」
5月も残す所あと僅かとなり、高天原祭、平たく言うなら学園祭が2週間後に迫っていた。
今日はクラスの出し物を決定しないといけない。
全てに置いて成績至上主義が貫かれるこの学校では、クラスの代表である評議委員も成績で決定される。つまりは、私と武神さんというわけだ。評議会に出席するだけではなく、こうしたクラスの決めごとでも意見をまとめなければいけなかったりする。
「では、何かやってみたい事がある人は――」
「はいはーい。 得利稼、メイドマッサージがやりたいでーすっ」
武神さんが言い終わるよりも早く、大金さんが自分の願望を吐露してきた。
「えーっと、メイドマッサージ?」
「うんうん」
「不健全なイメージを持ってしまうのはぼくだけなんだろうか」
「不健全なんかじゃないってばー。男子がメイドの格好してー、女子が執事の格好して指圧をするだけだよー。勿論、男子は男子に、女子は女子にねっ。逆はなし」
「なるほどね。それだけなら問題ないのかもしれない。他にやってみたい事がある人は?」
確かにそう聞くと問題ないようにも思えるけど、大金さんの提案ってところがね。やたらとスキンシップを取りたがって困ってるって水無さんから聞いてるし。透なんてベタベタ触ってきて気持ち悪いって言ってたかな。
って、透ったら突っ伏して寝てるし。ちょっと仕事減らしたほうがいいんじゃないの?
「伊織さん?」
「えっ、何?」
「他に意見も無いようなので、1組はメイドマッサージって事で決まりかな」
「うん。でもちょっといかがわしい感じが……」
「そうだね。実状に合わせてメイド指圧でどうだろう。多少なりとも不健全さは消えてると思うんだけど」
とまあこんな具合に出し物が決まってしまったわけだけど、爆睡していた透には帰り道で教えてあげた。
そうそう、例のオジサン事件以降、私は透と一緒に帰るようにしている。勿論、打ち合わせにも同席させてもらっている。やっぱり心配だし、それに……
「僕は執事になるのかぁ。元々男だから特に気にならないし、いいんじゃない? それに、凜愛姫のメイド姿も楽しみだね♪」
「えっ、うん、そう?」
「うん♪」
透と一緒に居ると楽しい。
「あっ、指圧って言っても肩だけだからねっ、変なとこマッサージしちゃダメなんだからねっ」
「わかってるよー。得利稼と一緒にしないでほしいなぁ」
◇◇◇
数日後、レンタルする衣装のサンプルが届けられ、何人かで試着して本番で着用するものを選択する。
着替えた透たちが教室に入ってきた。何故透かって、それは評議委員の権限によるものなのだ。だって透の執事姿が早く見たいし、嫌がらせしてた負い目なのか、他の人たちも文句は無いみたいだし。
執事の衣装は3種類。基本的には全部黒なんだけど、シャツやベストの色が違ったり、鎖?みたいなのが着いてるのがあったりと、多少の違いはあるみたい。どれもアニメに出てきそうな感じなんだけど。
「透……」
「どうどう? 似合ってる?」
「……うん。かっこいいよ」
久しぶりに見る男の子バージョンの透だ。そうそう、こんな感じだったかな、最後の年末パーティーは。仮装しようねって約束したら、執事のコスプレしてきてくれて、ちょっとドキッとしちゃったんだった。
まあでも、ちょっと女の子っぽさが増してるかな。後ろで一つに纏めてるけど髪も更に長くなってるし、胸だって膨らんでるしね。
「ねえねえ、 得利稼もかっこいい?」
「どうかしら、 得利稼さんの場合は……そうですね、執事というよりはボディーガードといった感じでしょうか。とても強そうに見えましてよ?」
「ひっどーいっ」
うん、私もそう思う。
水無も中々かっこよく変身してたけど、多数決で透が試着した衣装に決まった。女の子達は衣装っていうよりも透の執事姿にぽーっとしてたみたいだったのがちょっとモヤッとするけど。透のこと“うんち姫”とか呼んでたくせにさ。
次はメイド服の試着。こっちは2種類だけ。フリルがたくさん付いてて動きづらそうな感じのライトブルーと、その黒バージョン。こんな感じの、パーティーに着て行ったっけ。
「普通に女の子にしか見えないね」
「そうだろうか。あまり気が進まないのだが……伊織さんも綺麗だよ?」
「えっと、うん、ありがとう」
更衣室から戻ってくると、執事姿の透が……無反応?
せっかくだから初めて逢った時のウィッグも着けたのにぃ。カラコンも着けなきゃダメだった?
「……凜愛姫」
漸く口を開いたと思ったら、なんてこと言うのよっ。
「あら、気になりますわねぇ。どなたですの? 凜愛姫さんというのは」
「ああ、えーっと、幼馴染にそっくりだったんでつい……」
「えー、こんな可愛い幼馴染が居るのー、姫ちゃーん。今度紹介してっ、ねっ、いいでしょっ、ねっ」
「えっ、うん、いいけど、ほら僕引っ越しちゃってるからさ、最近会ってないんだよね」
「うんうん、で、何時会えるの?」
「えーっとー、何時かなぁ……」
大金さんのお陰で誤魔化せた、かな? もう、気をつけてよね、透ったら。
そして、高天原祭当日。
「ねえねえ、セフレ募集してた特選の娘、男装するみたいよ?」
「へえー、どんな娘なの? “うんち姫”でしょ? うち、見たこと無くてさあ」
「だよね〜、特選クラスってぇ、ちょっと近づきづらいもんね〜」
などと駄弁っている女子が居るように、“うんち姫”の噂が学校中に知れ渡ったお陰(?)なのか、透の顔を一目見ようと男子だけではなく女の子までもがメイド指圧に殺到し、入場規制を行う事態となっていた。
実際、セフレ募集は募集してないんだよ? 会長の話、聞いてたよね?
「おかえりなさいませ〜、お嬢様♪」
そんな事を言われているとは知らない透は満面の笑顔でお嬢様を迎え、おじいちゃんに鍛えられたという指圧テクニックで女の子達を骨抜きにしていったのだった。
もう、肩だけって約束したのに腰とかお尻とかまでマッサージしちゃってるし。
おまけに、勝手にこの場を取り仕切り始めた大金さんが男子禁制という謎の入場規制を行い始めた。お陰で私達は暇なのだ。そもそもメイド指圧じゃなかったっけ? ここ。




