02.08 「どうしよう……」
ブートキャンプで訪れるのは自然あふれる長野の田舎。流石に全クラスというわけにはいかないから、今日は1組から4組までの100人。先に学校に行った透は少し離れたところに居た。
「透」
声を掛けたんだけど、私を避けるように遠くに行ってしまう。
目的地まではバスで6時間。透はその間頭にタオルを冠って身動き一つしていない。他のメンバーも、透のことを気にすることもなく、始めから居ないかのように4人で楽しそうだ。途中の休憩でもずっとタオルを被ったまま。
「透さん、大丈夫かな」
透の事を心配してくれる武神さん。
「昨日眠れなかったみたいだから、このまま寝かせておいてあげたいかな」
「伊織さんがそう言うなら」
目的地に着いてからも同じで、班ごとの昼食も透は会話に交わることもなく、孤立しているみたいだった。食事も殆ど残したみたいだし、午後の活動も少し離れた所で見てるだけ。全く元気がない。
「ねえ、透」
「……」
話しかけても無言で立ち去ってしまう。でも、これって私がずっと透にしてたことなんだ……
夕食は飯盒で御飯を炊いて、カレーを作るんだけど、料理が得意なはずの透は夕日を眺めてる。当然のように透の分は用意もされなかったみたいだし。
担任が気付いてくれたのか、透に近づいていったけど、なんか怖い顔して戻ってきただけで、特に何かをしてくれるわけでもないみたい。普段からそれとなく酷いこと言ってたから期待するだけ無駄なのかも。
夕食後の入浴は気の合う者同士が誘い合っていっている。
透は夕日を眺めててた場所でぼんやりと夜空を眺めていた。誰にも誘われないし、自分から誰かを誘おうともしない。入学当初の姿からは想像も出来ないほどの変わりようだ。出会った時の彼に似ているかな。
「心配だね、透さん」
「武神さん……」
「水無はまだお風呂に入って無いんだろ?」
「あら、どうしたの? 一緒に入りたいのかしら?」
「そうじゃないさ。透さんを誘ってあげたらどうかと思ってね。ほら、ぼくらでは誘うわけにはいかないだろ? お風呂に入ったら少しはリラックスできるんじゃないかと思うんだ」
「まあ、そういうことにしておいてあげるわ。彼女には確認しておきたいこともありますから」
「確認?」
「ええ。女の子としてね」
「彼女を追い込むようなことは――」
「そんなことしないわよ。解ってるでしょ? 私のこと」
「そうだね。じゃあ、頼めるかな」
「ええ。任せておいて」
そう言い残して水無さんは透を誘ってお風呂へと向かっていった。誘うというよりは、逃げようとする透の腕を強引に引っ張っていく感じだったんだけど。
「透の事、気になる?」
「ああ。少なくとも君と同じぐらいには、ね」
「私は別に……」
家族として心配なだけ。それ以上でもそれ以下でもない。
「確認させてもらってもいいかな」
「えっ、何?」
「君と透さんは姉と弟の関係という事でいいのかな」
「う、うん。勿論」
「それ以上の関係では無いと」
それ以上の関係って……
「ない、ない。絶対ない」
「そうか。良かった。気になってるんだ、彼女のこと」
「そんな気はしてたかな」
「といっても、今の彼女じゃなくて、初めて会った時の彼女にだけどね。誰にでも笑顔を振り撒く太陽のような存在に。だから、彼女の笑顔を取り戻したい」
透の笑顔を……
「もっとも、警戒されてるみたいで近づくことも出来ないんだけどね」
「同じだね。私もなんだか避けられてるみたいで」
まあ、先に避けたのは私なんだけど。そんなことより――
「どうしよう……」
「どうかした?」
「いや、何でも」
透が少しでもリラックス出来るならって思って流されてたけど、水無さんと一緒にお風呂? ダメ、ダメ、ダメ、そんなの絶対ダメー。
「ほんとに? 顔色悪いみたいだけど」
「う、うん。大丈夫」
大丈夫じゃないよ、透が女の子とお風呂に入っちゃう。こんなこと、私が言える立場じゃないのは解ってる。ずっと無視してきたんだし、透が誰と何をしようと私には……
それに、女の子同士なんだし、間違いは起こらない、よね? 間違い? 間違いって何? 女の子同士でもそういうのって……
ううー、どうしよう透が……
何だろう、この気持ち。
「伊織さん?」
「えっ、何?」
「心配事があるなら力になるけど」
「うん、大丈夫」
流石に武神さんの力を借りるわけにも行かないし、ね。
一緒に女風呂を覗きに行く? ないない。だめだよね、うん。




