特別編・フィーのクリスマス
めりーくるしみます…。
「にーた、にーたあああああああああああああああああ!」
赤と白で構成された可愛らしい服を着た妹様が、笑顔で俺に突撃してくる。
そう。
今日は十二月二十四日。
聖なる日だ。
前世では、くそったれで呪われろと何度も念じた日なのだが、今世は違う!
今の俺には、世界一可愛いパートナーがいるのだ!
これだけでもう、俺の人生は前世よりも価値があったと断言出来る。
今日のマイエンジェルは、なんとなんとのサンタコス。
何が入っているのかは知らないが、ちいさなプレゼント袋を持ち、可愛いあんよは白いタイツで包まれている。
「ふへ……! ふへへへ……! にーたあああ! ふぃー、にーたすき!」
心なしか、妹様のテンションも高い。
「フィー、その格好は?」
「ふぃー、さんたさん! さんたさん、いーこにぷれぜんととどける! にーたに、ぷれぜんとをあげるの!」
俺の目の前でくるりんと一回転し、両腕を広げるマイシスター。
うん。
この娘は何を着ても可愛いな。
「にーた、だっこして?」
小首を傾げながら、要求を突きつけてくる妹様。
プレゼントの話はどこ行った?
いや、まあ、構わないけれども。
「ほら、フィー。ぎゅー」
「ぎゅーっ!」
嬉しそうに眼を細めるマイエンジェルを見ていると、俺も自然に笑顔になれる。
プレゼントは兎も角、元気を貰っているのは事実のようだ。
「ふぃー、にーたにぎゅーってされるのすき! にーたがすき!」
俺も好きだ。
フィーをだっこすると、柔らかくて気持ちが良い。
「あん、アルちゃん、フィーちゃんとばかりいちゃついてないで、お母さんも構って?」
そんなことを云いながら部屋に入ってくるマイマザー。
こっちもサンタコスだが、娘とはだいぶ印象が違う。
可愛さ全振りの妹様と違って妙に露出度が高く、『歩く不健全』とも云うべき出で立ちだった。
が、特に何かを云うつもりもない。
せいぜい、捕まらんでくれよと思うくらいか。
母さんは肌色分多めのサンタコスのまま、俺とフィーをいっぺんに抱きしめる。
「アルちゃんにもサンタさんの格好、して貰えば良かったわー……」
「そ、そそそそそ、それなら、わ、私は、半ズボン姿が良いと思いますよォォ~~!」
母さんと一緒に入ってきたアブナイ使用人が、まとわりつくかのような視線を俺に向けてきた。正直、怖い。
(サンタと半ズボンは関係ないだろうが、駄メイドめ……)
目を血走らせて息を荒げるミアの頭には、何故かトナカイの角が生えている。浮かれやがって。
「めー! きょうはくりすます! くりすますは、ふぃーがにーたをどくせんするひ! だっこするの、めー!」
妹様が中々俺を離そうとしない母さんに激怒されてしまった。
しかしフィーよ。
お前はいつだって、俺を独占して離さない気がするんだが……。
「フィーちゃああん。クリスマスは、家族で過ごす日でもあるのよ? お母さんにも、ちょっとくらいアルちゃんを分けて欲しいわ~」
「めー! にーたは、ふぃーの! ふぃーだけのもの! わける、めー! いちからじゅーまで、ふぃーがにーたにあまえるの!」
ぷんすこ怒ったまま、俺をひしと抱きしめるマイシスター。
我が子に威嚇された母さんは、それでも特に動じた様子もなく、ハグを続けた。
流石のふてぶてしさと云えよう。
「王都のクリスマスは危険なのよー。アルちゃんとフィーちゃんが怖い目に遭わないように、お母さんもずっと一緒にいるべきだわー」
「ああ、私も聞いたことがあります。『聖夜天誅組』ですね。バレンタインの時にも、名前を変えて活動してるって、聞いたことがありますけど」
母さんとミアが妙なことを云い出した。
しかし、作り話ではなさそうな感じだ。
「天誅組? 何、それ?」
「聖なる夜を『盛る日』だと勘違いするカップルに天誅を加える一味ですね。構成員の十割が独身男性との話です。特筆すべきは、決して逮捕されないことでしょうか」
何だその、さもしい集団は。
しかし、何故だろう。不思議と憎む気にはなれない……。
と云うか、何故、逮捕されない?
「それが、これもあくまで噂なんですが、有力貴族から治安維持隊まで、彼らを是とする人々が、案外、多い為だとか。構成員でなくても、積極消極問わず、手を貸し目を瞑る男性が多いそうです。有名な事件では、七年前に起きたウェロット橋・つるし上げ事件でしょうか。王都有数の景観を誇るウェロット橋で、大勢の人間がいるのにペアルックを着込み、見せつけるようにいちゃいちゃしていたカップルが天誅組に襲撃された事件です。カップルの男性は真冬なのに全裸に剥かれ、橋から逆さにつるされたそうです。デートスポットであり、橋と云う交通の要衝であるにも係わらず、何故か目撃者はゼロだと云うことになったようで」
う~ん。男の嫉妬、恐るべし。
しかし、ペアルックはいかんよ。あれは俺も好きではない。
と云うか、そんなのが徘徊しているのか。
大丈夫か、この国の首都。
「ね? ね? アルちゃんとフィーちゃんが襲われたら、大変よ? 『仲の良い家族』なら、天誅組に目を付けられることもないわ~。だから、お母さんとも仲良くして?」
いくらなんでも、幼児の兄妹は襲撃されないと思うが。それに、外に出ることもないのだし。
100%、俺たちと遊びたいだけの口実じゃないか、これ。
「そ、そそ、それなら、私がアルトきゅんを聖夜の間だけ、匿うというのはどうでしょうかぁぁ。こ、声をあげても誰も気付かない倉庫があるんですけどぉ~?」
待て。
俺を倉庫に連れ込んでどうするつもりだ。
ミアとふたりっきりになるくらいなら、天誅組につるされる方がマシだぞ。恐ろしい。
「あ、ミアちゃん。それって、離れと本館の間にある、資材倉庫のこと? 残念だけど、そこは今日、リザーブしてあるから。アルちゃん。そんなわけで、今日はお母さん、夜にちょっと出かけるから、フィーちゃんをお願いね? あたたかくして寝るのよ?」
どんなわけだ。
もしや、その超ミニのスカートや、胸元の開いたサンタコスは、親父殿の趣味じゃあ、あるまいな?
まさかとは思うが、『俺の制作現場』もそこだったりしないよな?
最悪だぞ、そういう情報は。
もしも今日、俺に弟か妹が出来たとして、将来、その子に「お前はここで出来たんだぞ」と心で呟くようなことには、なりたくないぞ。
大体、天誅組を引き合いに出して一緒にいたがるくせに、夜は出かけますって、支離滅裂にも程があるだろう。
(ダメだ、情報量過多で、ツッコミが追いつかない……!)
穢れ果てたふたりめ。
矢張り俺の天使はフィーだけだ。
「フィー、今日は兄ちゃんが、お前とずっと一緒だ!」
「う、うん……ッ! ふへへへへへ……! ふぃーとにーた、ずっといっしょ!」
「そうだー! 一緒だー!」
「にーたあああ、にーたあああああああああああああああああ!」
「フィーーーーーッ!」
ガバッと抱きしめ合う俺たちふたり。
その様子を見ながら、穢れた大人一号が、ぽんと手を叩いた。
「あぁっ! 忘れてたわ! エイベルのこと!」
おい。
何があるのか知らないが、それで良いのか、親友の扱い。
母さんは足早に開いたままの入り口へと進むと、何事かを始めた。
「……リュシカ、引っ張らないで……!」
「良いじゃないの! そんなに恥ずかしがらないで。せっかくアルちゃんに見て貰えるのよー?」
ん? エイベル、そこにいるのか?
母さんは隠れていたらしい親友を、無理矢理に室内へと引っ張り込んだ。
「お、おおおおぉぉぉ~~っ!」
思わず声をあげてしまった。
女神だ! 女神がおられるぞ!
そこにいたのは、いつものローブ姿の先生ではなかった。
クリスマスだからか、赤基調のドレスに、カチューシャを付けている。
帽子がないので、魅惑の耳が丸見えだ!
そして一番驚いたのは、普段全く見ることのない、薄い化粧をしていることだろう。
もともとが超の付く美少女なのに、ほんのりと色香が加わって、その美貌が引き立っている。
素晴らしい、素晴らしいぞ!
これはあれだな。
マイエンジェルならぬ、マイゴッデスと呼ぶべきか。
うん。天使と女神でバランスも良いしね。
「本当はトナカイのきぐるみにしようと思ってたんだけどね、この際だからオシャレさせようって思ったの。どう、アルちゃん。お母さんの判断は?」
普通ならここで、
「ナイスだ母さん!」
と、はしゃぐところだが、俺は生後十一ヶ月のころからエイベルと付き合いがある。
実のところ、最愛の妹様よりも、共に過ごした時間が長いのだ。だから、分かることもある。
耳まで真っ赤にし、無表情なのに泣きそうな顔で俯く恩師を相手にバカ騒ぎはしてはならない。
母さんと一緒になって、はやし立ててはならないのだ。
「エイベル、綺麗だよ。とっても素敵だ。似合ってる」
ちょっとキザだけど、真っ直ぐに褒める。にやけるのも我慢だ。
エイベルは聡い。
うわべだけの言葉になんて、喜ばないだろう。
巧言令色を排し、嘘偽りのない気持ちだけを伝えることが肝要なのだ。
「……あ、ぁぅ……」
今すぐにでも逃げ出しそうなマイゴッデス。
腕を掴むのは容易いが、それではダメだ。自身の意志で残って貰わねば。
だから、追撃で褒める訳には行かない。
恥ずかしさの許容量を越えれば、うちの先生はきっと、ここから走り去ってしまうだろうから。
なので、待つ。
ジロジロ見たりせず、余計な口もきかず、静かに待つのだ。
「…………ぁ」
お?
リップの引かれた、ちいさなお口を開いたぞ?
「……ぁ、ァル……。ほんとう、に、似合ってる……?」
「うん。凄く綺麗だ」
綺麗、と繰り返しになるが、これで良いのだ。
ワインを褒めるソムリエのような、過剰を通り越して意味不明な表現など、必要ない。
「……ぁ、ぁり、が、と……ぅ……」
顔を逸らされてしまった。
まあ、魅惑の耳がしっかりと目に入る角度なので、俺としては嬉しい限りなのだが。
クリスマスプレゼントとかで、触らせて貰えたり、しないだろうか?
「ふっふふー。良かったわねぇ、エイベル? アルちゃん、本当に喜んでくれているわよ?」
ええい、だから母さんよ。
我が師をからかうのは、やめるのだ。
そんな俺の服の袖を、くいくいと引くものがある。
「にーた……」
マイエンジェルが、泣きそうな顔でこちらを見上げていた。
どうした?
などと聞き返す程、俺は野暮ではないぞ。
フィーは俺に褒めて欲しいのだ。それが、分かる。
「フィー」
「う、うん……」
「フィーのサンタさんの姿、凄く可愛い。最高だ」
「――ッ!」
瞬間、マイシスターの身体が、ぴくんと震える。
来るかッ!?
「にーたああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
幸せ状態の妹様が、頭から突っ込んでくる。
的確に俺のみぞおちを狙って。
あー……。痛いんだろうなァ、これ。
でも、避けるわけにはいかない。
俺はフィーのにーただからな。
「ぅぐっふッ!」
「ふへへへへへ……! にーたあああ、にーーーーたあああああああああああああああああああああああああ!」
「うんうん。可愛い。可愛いぞ、フィー」
「ふぃー、ふぃーうれしい! にーたにほめてもらえた! にーたに、かわいいって、いってもらえたああああああああ! すきッ! ふぃー、にーたすきッ! だいすきッ! なでて!」
よしよしとマイエンジェルを撫でていると、いつも笑顔のはずの母さんが、真顔で云った。
「アルちゃん、将来、女の子に刺されるような子には、ならないでね?」
ならんわ。
何故にそう思うのか。
俺今、めっちゃ気を遣っていただろうに。
「にーた、にーた。ふぃー、にーたといっしょに、やりたいことある!」
「ん? 何だ? 云ってごらん?」
大好きなダンスかな? それとも、お絵かきか。
どちらでもウェルカム。
もちろん、それ以外でも。
「ふへへへぇ……!」
フィーは俺から離れると、軽そうなプレゼント袋をあさりだした。
「んしょ……。んしょ……!」
何が入っているのかな?
懸命に取り出す妹様の姿を見ていると、意外なものが飛び出した。
「ふ……袋……?」
フィーがプレゼント袋から取り出したのは、別の袋。
ロシア民芸品のマトリョーシカじゃあるまいに、袋から袋が出てくるとは……。
しかも、あんまり綺麗じゃない。
プレゼント袋は白いなめらかな布だが、マイシスターが引っ張り出したのは、大きいが薄汚い麻袋だった。
(……倉庫で見たことあるやつだ……)
大型の荷物とか、大量の食材を入れて運搬するもので、パッと見でもかなりの容量があるのが分かる。
この小汚い袋で、一緒に何をするというのか。
取り出し終わった妹様は、満面の笑みを俺に振り向けた。
「ふぃー、これでにーたといっしょに、さんたさんをつかまえる!」
おおぅ……!
予想外の提案だった。
相変わらずブッ飛んでいるな、当家の長女様は。
「サンタを……袋詰めにするのか?」
「ふぃーとにーたで、いけどる!」
生け捕ってどうするんだ。目的が見えない。
妹様は、サンタをUMAか何かと思っているんだろうか……?
(あー……。いや、しかし、分類上は確かに怪しい生物だが……)
区分的には、精霊で良いのだろうか?
笑顔で抱きついてくる妹様を他所に、俺は振り返って保護者たちを見た。
母さんが俺に耳打ちしてくる。
「ステファヌスからのプレゼントは、倉庫で受け取ってくるから、あの人が詰められるような事故は起きないはずよ?」
誰もそんなことは訊いていない。
考えてもいなかったわ。話のオチには使えるかもな!
「……プレゼントを配って回る精霊というのは、聞いたことがない。イタズラをして回る精霊ならば、昔、こらしめたことはある」
調子を取り戻したらしい生き字引の先生は、そんなことを真顔で云う。
ああ、やっぱサンタってファンタジーなのね。
この世界なら、いても別に驚かないが。
「ふ、ふふふ……。プレゼント袋から全裸リボンで出て来たら、アルトきゅんは、ときめきますかねェェ~……? わ、私としては、アルトきゅんを、ラッピングしたいな~って……」
黙れ犯罪者。
(ダメだ、そろいも揃って、フィーの奇行を掣肘しようと考える者がいない!)
じゃあ、俺に止められるのかって?
無理です。
と云う訳で、サンタ捕獲計画は発動されてしまった。
※※※
「ふへ……! ふへへへへへ……! にーたああああああああああああ!」
ふたりきりのふとんで、フィーが俺に甘えてくる。
枕元には麻袋と、大きめの靴下。
袋は『捕獲用』なので、今更説明する必要もないが、靴下はプレゼントを入れる為のものだ。
十二月に入ってから、ショルシーナ商会でクリスマスグッズの特売をやっていた。
そこで買い求めた。
流石は大商家。商機を逃さないとは逞しい。
「ふぃー、にーたと、ふたりきり! くりすます、すきなひとと、すごすじかん!」
最早サンタのことなど忘れ果てているかのように、妹様は俺だけを見つめている。
天誅組に聞かれたら、粛正対象にでもなりそうなセリフだ。
まあ、俺としては、こちらが攻撃対象にならない限り、心情的には奴らに味方したいんだが。
フィーは俺に甘えるのが楽しいのか、一生懸命すがり付いてくる。
しかし、時は既に夜。
そして、場所は、あたたかいふとんだ。
「みゅみゅ~……」
可愛いまぶたが下がり始める。
いつもはそのまま寝てしまうのだが、今日は特別な夜だ。
妹様は、必死に抗っていた。
「もっと……。ふぃー、もっとにーたと、おはなしするの……。さんたさん、いけどる、の……」
もっとフィーと話していたいと云うのは俺も一緒だが、幼い身を夜更かしさせる訳にもいかない。
普段よりも優しく頭を撫でてやると、マイエンジェルは、夢の世界へと旅立っていった。
「すぴすぴ……」
妹様は、すっかり眠ってしまった。
起きてしまうと困るので、その後も暫く、さらさらの髪を撫でてやった。
「さて、と……」
俺はそっと立ち上がる。
やることがあるのだ。
まずは風呂を沸かしておこう。
プロレス帰りの母さんが入れるように。
それから、エイベルにプレゼントを渡しに行こう。
朝が弱い先生は、結構、夜ふかしするのを、俺は知っている。
ゲームやマンガでいつまでも起きているんじゃないぜ?
調べ物や、夜行性の植物の世話をしていることがあるのだ。
「サンタさんはいなかったけど、俺がサンタさんになってあげることは、出来なくはないからな」
枕元の靴下に、用意しておいたプレゼントを詰めておく。
それから、世界一可愛い妹にキスをした。
特に大きなイベントがあるわけではないけれど、これはこれで、とても素敵なクリスマスだよな。
幸せってのは、そう云うものだろう?
「メリークリスマス、フィー」
特別編は、基本、パラレルワールドだとお考え下さい。




