第八話 フィーも一緒
「やるぞ~」
「あーい!」
庭では、俺、エイベル、そしてフィーが並んでいる。
なんと我が妹様が魔術の訓練を一緒にやりたいと云い出したのだ。
これに関して、母とその親友は大いに喜んだ。
リュシカ母さんは、
「フィーちゃん、まだ二歳なのに、もう魔術の訓練が出来るなんて……! 天才……天才よ! お母さん、鼻が高いわ!」
と、自らの娘の優秀さに感激中。
まあ実際、たった二歳で訓練の意味を理解し実行できるなら、それは天才だろう。
俺が四歳で魔術試験に合格したせいで、フィーにも無意識的な期待が出ている。
魔力の高さは周知の事実なのだが、何故か頭も良いはずだと思い込まれている。
兄の俺がそうだったから、魔力と頭脳をこの館の人間は分けて考えないのだ。
当然それは間違いなのだが、フィーはすでに意思の疎通を明確に会話で出来る。俺のような転生者でもないのにこれだから、頭脳面も確かに優れているのだろう。
「……しっかり、慎重に」
エイベルは日々成長を続ける妹の魔力を警戒している。
フィーのそれは、もう簡単に人間が死ぬレベルなんだという。早急にコントロールを学ぶことが重要なので、訓練参加は大歓迎と云う訳だ。
「……制御を覚えないと、泣いたり笑ったりするだけで使用人やリュシカが死ぬ」
押さえ込んでいてくれて本当にありがとうございます。
で、当のフィーだ。
「にーた! にーたといっしょ! すき! にーたすきッ!」
ただ単に、俺と一緒のことがしたいだけのようだった。
エイベルは懇切丁寧に実技や座学を指導してくれている。
どうにも妹様には、それが自分を差し置いてイチャイチャしているように見えるらしい。
それで、自分も一緒にやると云いだした訳だ。
(……上手くおだてて、継続するようにして欲しい。それがアルやリュシカのため)
エイベルは俺にコソッと耳打ちした。
と云う訳で訓練を一緒に。
もちろん訓練内容は違う。
俺のそれは魔力量を増やすことと、精密性を磨くこと。
愛妹の訓練は、基礎制御だ。
基礎制御は結構難しい。無意識に漏れないようにすることと、感情が高ぶっても暴発しないようにすること。常時をこの状態にまで持っていかなければならない。
「フィーは偉いねー? フィーは凄いねー?」
「きゃん! ふぃー、にーたのためにがんばる! にーたすき!」
フィーは俺が褒めてあげると、露骨に成果が上がった。
手を抜いているのではなく、ホントにやる気が結果に直結するらしい。
愛の力と納得することにする。
エイベル曰く以前までのフィーは、氾濫した河川が周囲を飲み込むかのような感じに膨大な魔力を撒き散らしていたが、今は壊れた水瓶からじょろじょろと少量の水が漏れ出ているような状況にまで改善できているとかなんとか。
「……取り敢えずの抑制なら兎も角、完全な制御には、五年、十年かかると思っていた。アルの妹は本当に天才かもしれない」
「ふはははは! うちの天使は優秀だからな!」
「……兄ばか」
フィーを褒められると俺も嬉しい。
俺が褒められるよりもずっと嬉しい。
兄バカと笑わば笑え。妹の進歩を心から喜ぶのが兄というものよ。
こうして俺たち兄妹は訓練に打ち込んだ。
三月になると、フィーは既に自力で魔力を押さえ込むことに成功している。兄のひいき目を抜きにしても、本当に天才なのかもしれない。
そして俺は来月の九級試験を受けるために勉強中。さっさと初段になりたい。
「……アル。九級合格できたら、私がプレゼントをあげる」
エイベルがそう云ってくれる。
俺の魔力と学力だと九級も余裕だと二月の時点で云われているので、くれるのはもう既定路線なのだろう。
「良いの?」
「……うん。アルは頑張っているから、私からのご褒美」
エルフの少女は口元だけわずかに微笑んだ。
うちの師匠は基本無表情だから、たまに見せる笑顔が異常に可愛いのだ。
「それで、一体何をくれるの?」
「……それは後のお楽しみ。アルはきっと喜ぶ」
何だろう? 妹様グッズとかかな? だとしたら、小躍りどころじゃなく嬉しいんだが。
※※※
フィーは俺とずっと一緒である。
おはようからおやすみまで。トイレ以外はずっと一緒。
俺が読書をしている間は、エイベルから読み書きを習っている。
まだ二歳なのに、習っている。
流石に習熟はまだまだ全然だが、『アル』と『フィー』と云う文字だけは覚えてしまったようだ。
次は『兄』と云う単語を覚えると胸を張っていた。
「フィーは凄いなぁ。俺の誇りだ」
「ふぃーすごい? にーたすき!」
「フィーは凄い。フィー好き!」
「えへへ~。にーたああああああああ!」
大喜びで飛び込んでくる。
エイベルが「まだ授業中」と叱るが、その声は届いていない。
「……この調子なら、フィーも四歳で十級いけると思う」
嬉しい判定が出た。
魔導試験の受験資格は、四歳からとなっている。俺は多分、三歳でも行けたと思うし、フィーも行けるだろうが、こればかりは仕方がない。
「にーた、なでて? ふぃー、にーたすき! だいすき!」
会話をぶった切って、愛妹が愛撫を要求する。俺は当然、それに応える。
フィーは撫でられるのが大好きだ。俺も、フィーを撫でるのが好き。
サラッサラの銀髪の触り心地は天にも昇る。
(ん……? 触り心地……?)
俺は大切なことをエイベルに尋ねようと思った。
前世から触ってみたいものがふたつあったのを思い出した。
「ねえ、エイベル。獣人族の手触りって、どうなの?」
「…………」
あれ? なんだかエイベルの視線が冷たい。
「……アル。ひとつ云っておく。獣人族にみだりに触れるのは犯罪的行為。特に耳としっぽは絶対に許可無く触ってはいけない」
「えっ……!?」
ショックだった。
獣人族をもふもふするのは、ファンタジー世界のお約束ではなかったのか!?
「……そんな顔をしてもダメ。魅惑の毛並みに惹かれて獣人族に触れようとする人間は後を絶たない。だから彼らも大いに警戒している。家族か恋人でもない限り、決して触る機会はない」
「そんな……」
まさかもふもふの為だけに結婚するなんて出来ない……。それじゃあ、身体目当てのクズと一緒じゃないか……。
つまり、俺は下手したら永久にもふもふ出来ないということなんじゃないのか? せっかくこんな世界にいるのに!
「う、うぅぅぅ……!」
だが……だが俺にはまだ、他にどうしても触りたいものがあるのだ!
「…………」
俺は恩師の耳をじっと見つめる。
エルフの耳。
死ぬまでに一度で良いから、触ってみたい。撫で回してみたい。
「……だめ」
エイベルは帽子を目深に被った。
「……エルフの耳は敏感。絶対に触らせない」
目元が見えないので表情が分からないが、エイベルが真っ赤になっているのはわかる。
「もう! アルちゃん! エルフの耳をジロジロ見るのは、セクハラなのよ? エイベルに謝りなさい!」
ぷんぷんと怒る母さん。
師匠の表情を見るに、セクハラにあたると云うのは本当のことらしい。いつものたわごとかと思ったが。
「ごめん……」
「……ううん。知らなかったのなら、仕方ない。アルだから、特別に許してあげる……」
真っ赤っかのまま、エイベルは云う。俺に視線を合わせないので、本当に恥ずかしいようだ。
寛大な処置、感謝致します。
しかし、今回のは単なる戯れ言だが、種族間の常識は学ばねばならないと思い知った。
下手なトラブルを起こすわけにはいかない。
それを知れて良かったと、前向きに考えることにしよう。
「にーた! にーたはふぃーだけなでて? ほかはめーなの!」
妹様が怒ってしまわれた……。
これで俺は獣人族やエルフを狙うことが容易に出来なくなってしまった。
諦めがたいが、マイシスターを怒らせる訳にはいかないのだ……。
何か手を考えるべきか……?
「ふぃー! ずっといっしょ! だからふぃーだけなでるの! にーたすき! だいすきッ!」