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妹のいる生活  作者: むい
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第八十四話 大陸に比す


 俺たちは、まずはその場に待機。


 エイベルだけが群生する腕に近づく。

 瞬間、無数の腕が伸びてくる。


(速……ッ!)


 俺は思わず、身を竦めた。

 しかし、エイベルはこの速さを予期していたのか、或いは問題にしないのか。動じた様子もなく、左手を振った。


 その刹那、エイベルの魔力で作られた無数の腕が現れて、伸びてくる方の腕を、全て押さえ込んでいた。

 何百と云う数の魔術を、いとも簡単に使ってのけるとは。流石、うちの先生だ。

 感心していると、エイベルは振り返って叫んだ。


「……後ろッ!」


 その言葉と同時に、一本の腕が伸びてくる。

 エイベルの押さえ込んでいるものと比べても、か細く弱々しい。

 だからこそ気付くのが遅れたのだろう。

 しかし、速度はなかなかのものだ。


「むんッ!」


 俺が身構えるよりも速く、シェレグが氷の魔壁を展開していた。迅速な対応速度だ。

 しかし、突進を防いだはずの筆頭騎士の顔が、苦悶に歪む。


「ぬ、う……。これは……!」


 押されている。

 雪精の魔壁が、明らかに押し込まれていた。

 あの、か細く貧弱な腕に、それ程の力があるのだろうか。

 加勢した方が良いのかな?

 逡巡していると、そちらもエイベルの『腕』が押さえ込んだ。


「……ふぅ」


 雪だるまは大きく息を吐く。

 ほんの一瞬のことだったにも係わらず、大きく消耗したようだ。


 ラガッハと打ち合いながら冷気の魔術を使っても顔色ひとつ変えていなかったのに。

 あの腕には、それだけのパワーがあったのだろうか。


「あの『腕』の源は、この大陸を成す魔石ですからな。一本とて、その出力は筆舌に尽くしがたいものがある。いやはや、参りましたな」


 ダンディな声で雪だるまは後方を振り返った。

 そこには既に、エイベルによって押しとどめられた腕たちが蠕動している。

 無数の腕を封じてのけた稀代の魔術師は、涼しい顔のままでこちらへやって来て、俺の頬を撫でた。


「……怪我はしていない?」

「ああ、うん。シェレグが守ってくれたからね」


 俺の言葉に、雪だるまは肩を竦めた。

 あのままだったら、俺たちを守りきる自信がなかったのかもしれない。

 或いは、エイベルと自分との差を目の当たりにして苦笑したのか。


「……予想以上に成長が早い。急いだ方が良い」


 エルフの先生は、俺の掌を掴んで歩き出した。


※※※


「これは……ッ!」


 シェレグは再び絶句する。

 無数の腕を無力化して辿り着いたその先は、大きなホールとなっていた。


 しかし、ここを氷の洞窟内と呼んで良い物か?

 ドクドクと脈打つ壁は、さながら生き物の内臓のようで、血管のようなものまで見え隠れする。

 少なくともこの内部は、既に半分、生き物として成立しているようだった。


「……ここまでの出力……。ならば、使用したのは疑似幻想種の心臓……。愚かなことをする……」


 エイベルが珍しく不快そうな顔をしている。

 いつか彼女本人に聞いたことがあるけれど、幻想種は基本的に『こちら側』には持ち込んではいけないものなのだと。

 疑似と云うからには、おそらく、それのホムンクルスなのだろうが、アジ・ダハーカかその仲間は、幻想種にも通じているのだろうか。


 魔導歴末期は、危険物でひしめいていたと云われている。

 たとえば俺の前世、地球世界だって、核兵器や原子炉やら、暴走したら不味いものがあったが、それは魔導歴も変わらない。

 発展した技術というものは、どの世界であっても、利便性と危険性が表裏一体となっているようだ。


 これも、その中のひとつ。

 発展したホムンクルス技術は、人工生命の枠を越えて、幻想種の再生にも手を伸ばそうとしていたらしい。


 魔導歴を風刺した冗談のひとつ。


「紋章王に滅ぼされなくても、遅かれ速かれ、あの世界は終わっていたよ。魔道具ひとつで街が吹き飛ぶんだからね」


 と云うのは、あまり笑い話になっていない。


 まあ、発展をやめて原始時代に帰れと云える訳もないから、この辺の事情は永遠のジレンマなのかもしれないが。


「……ここまで生物化が進んでいるとなると、アルの負担は、予想以上に大きいかもしれない」

「善処しますよ」


 ここまで来て、引き返せるものでもないだろう。

 魔力の供出はフィーがやってくれるから、俺は技能面に集中できるのだし。


 ホールの中心部に、ロッドを突き刺した。

 俺はここに手を添えて、奥深くにアクセスするらしい。


「……シェレグ、アルが干渉を開始すると、おそらく抵抗が来る。貴方は敵の排除ではなく、この子たちの防御に専念して欲しい」

「心得ております。高貴なる方よ。貴女の宝は騎士の名にかけて、このシェレグがお守り致します」


「……ん。お願い」


 エイベルは俺を見る。

 じゃあ、始めるとしましょうか。


 意識を外界から引き離し、魔力の流れへと集中させた。

 俺は普段からフィーやエイベル、そして制作中の魔剣なんかに魔力を通すので、対象が生物か無生物かわかるのだが、これはいけない。

 殆ど生物、と云う評が本当に当てはまる。一部は生命の反応があり、一部にはない。端的に云って、気持ちが悪い。

 ただ、邪精のようなノイズはない、流れを辿るのは楽だった。


 そして、『そいつ』はそこにいた。


(うわ……ッ)


 思わず声に出しそうになった。

 ビルくらいはある巨大な魔石、そこに、心臓がくっついていた。

 融解して接着したかのように、気色悪くコアにくっついている。


 そいつは、『俺』を見た。

 実際の視界ではないのに、ハッキリと視線を感じた。

 これは胎内のフィーの意識が向いた時以来の感覚だ。

 あの時は一切の不快感はなかったが、『こいつ』は違う。明確な敵意が、俺に向いている。


(何かの心臓と云うよりも、心臓の形をした生物みたいだな……)


 そう認識した瞬間、外界から音がし始めた。

 抵抗が開始されたらしい。

 いや、抵抗とはちょっと違うな。

 これは排除だ。『俺』を明確に敵と定めて、攻撃を始めたのだ。


 片眼を開いてみると、無数の腕がこちらに向かって突き出されていた。

 エイベルがそれを押しとどめてくれている。


「フィー、俺にしっかり、掴まっているんだぞ?」

「うん! ふぃー、にーたにだきつく! ふぃー、にーただいすき!」


 妹様は純粋に俺にだっこ出来ることを喜んでいるようだが、俺にとって大切なのは、位置取りだ。

 俺の正面に抱きつくマイエンジェルをすっぽりと抱え込んであげれば、万が一攻撃されても、それは俺に当たるはずで、この娘は怪我をしないで済むだろう。


『外』のことは皆に任せて、『中』に集中する。

 この『心臓』は普通の生物よりも、在り方としては邪精に近い。

 肉ではなく、肉っぽい何か。魔力で出来た肉の偽物。そんな印象を受けた。


 魔力で出来ているならば、俺には干渉が出来る。

 試しに癒着している一部の中でも細い部分を引き剥がしてみた。


 む。

 それだけでも、結構な魔力を使うな。

 フィーがいなかったら、さっそく倒れていたかもしれない。


「~~~~!」


 そいつは声にならない声をあげた。

 驚いているのか、痛いのか。

 いい気味だと思ったのも、つかの間。

 ホール全体が揺れて、アクセスが解けてしまった。


「洞穴内部が揺れるとは! どれだけ生物化が進んでいるのか! 最早猶予がなりませぬな!」


 流石に激しく揺れると集中しづらい。

 エイベルは――平静を保ったまま、増え続ける腕を押さえ続けている。

 流石と感心するが、いつまでも負担させるわけにもいかない。再び内部に集中する。


「なっ……!」


 俺は声を出してしまった。

 治っている。

 俺が引き剥がした部分が、既に治っていた。

 それも、より強く、しっかりと根付いて。


(そうか、『こいつ』は、大陸を形成する程の魔力を自分のために使えるんだもんな。修復や強化だって、自由自在か……!)


『外』のエイベル。そして、『中』の俺とフィー。

 俺たちは、大陸に比す魔力を相手にせねばならないのだ。


 物量で抗するのは、いかにフィーの魔力量でも不可能だろう。


 さて……。


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