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妹のいる生活  作者: むい
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第八十一話 氷原でも妹様は妹様


 エイベルはゴーレムマスターだった蜥人の男に、ポーションを振りかけた。


 俺は彼女から薬学も習っているが、まだ初歩だけで奥義までは教えて貰っていない。

 ショルシーナの話だとエイベルの作る薬品は凄まじい価値があると云うが、それを目の当たりにした気分だ。


 確かにこの蜥人はもう助からない。

 なのに、苦悶に満ちていたその顔が、途端に安らいでいる。

 痛みが随分と緩和されているのだろう。彼は再び、会話を再開することが出来た。


「う、っぐ……! これ、は……!?」

「……貴方の最後の時間。結論は出た?」


 エイベルが問う。

 すると男は、諦めたかのように、何があったのかを語り出した。


 グウェルと名乗った蜥人の話をエルフの少女は無表情で聞いていたが、シェレグは顔を伏せていた。

 かすかに震えているようだった。

 この騎士、もしかしたら情に脆いのかもしれない。


 話を聞き終えたエイベルは、淡々と事実を告げる。


「……前提が間違っている。この地に熱を持たせれば、溶けて何も残らない」

「――なッ!?」

「……魔術の心得があるならわかるはず。この土地そのものが、氷の塊。安住の地になんて、なろうはずもない」

「そ、んな……! そ、それじゃ、お、俺や、ラガッハは、なん、の、ために……!」


 話を聞く限り、そのアジ・ダハーカと云う女は、相当に悪辣な性格をしているようだ。

 しかし、グウェルの説明で、ここで何が起きているのかがよく分かった。

 今回の騒動は、人為的なものだったようだ。


 エイベルはその辺の事情をどう思ったのだろう?

 悔し涙を流す蜥人に話しかけている。


「……貴方は私に何かを望む? 特にないなら、それでも良い」

「あ、あいつらを、救って、やって、ほ、欲しい……!」

「……貴方たちが出立した時点で既に始末されている蓋然性も高い」

「それでも……! そ、れで、も、だ……! 人質、や、俺たちみたいに、利用、価値があると、ふ、ふんで……い、生かしている、かのう、せい……に……」

「……ん」


 エイベルは短く頷くと、シェレグに振り返った。


「……レァーダに鳥を飛ばすように伝えて」

「承知」


 三騎の精霊たちが、園のほうに駆けていく。

 今聞いた話を園長に伝えて、それを手紙にし、伝書鳩のような小型の霊鳥でショルシーナ商会の支部へ届けるのだと云う。

 隔絶された地から人里までの連絡手段は、このようになっているようだ。


 園へ戻る騎士が三騎ひとチームなのは、一応、他の敵がいないかに備えてのことだろう。

 蜥人を退けたとは云え、無条件に油断するわけには行かない。


「……エル、フ、の、高、祖……。恩に、き、る……」

「……貴方は『情報』と云う対価を支払った」


 だから気にする必要はない、とエイベルは言外に云った。

 今回の件が人為的だったと云うことのみならず、魔剣やら真核やら、怪しげなものをいくつも持った存在がいる、と云うことが分かったのは、確かに金にかえられない大きな収穫だろう。

 残った赤蜥人たちが救われるかは分からない。

 けれど、グウェルは、ほんの僅かだけ、安心できたようだった。


「あ~あ……。ったく……。さ、先、に、あの女、じゃなく……。あ、んた、に、会えて、いれば、よォ……」


 口調は軽いが、その瞳からはどんどん光が消えていく。

 最期の瞬間が近いようだ。


「ガキ共……。せめて、お、前らは……。笑って……」


 その言葉を最後に、赤蜥人のゴーレムマスターは動かなくなった。

 シェレグが一礼する。


「この者たちを、戦士として葬ってやりたいと思います。高貴なる方よ、よろしいでしょうか?」

「……ん」


 敵対者であり騒動の原因の片割れともなれば、やはり遺体の扱いも色々あるのだろう。

 清水次郎長だったか、放置されていた旧幕臣の遺体を新政府軍に咎められても「死ねば仏」と回収して墓を建てたのは。


 この世界の死生観はまだよく知らないが、死体の扱いも、きっと重要なことなのだろうな。

 宗教的観点を抜きにしても、死霊魔術とかもあるのだし。

 が、エイベルは特に気にした様子もなく、頷いて許可を出していた。


 そして、そんな様子をボケっと見ている俺の袖を引くものがひとり……。


「にーた、にーた……。ふぃーのこと、かまって……?」


 どうやら妹様の『アルト分』が不足し始めたようだ。

 まあ、すぐ傍にはずっといたけれども、俺の意識が向いていた訳ではないからな……。


 俺はエイベルをちらりと見る。

 彼女は真核を検分したり、炎の魔剣を鞘に収めたりしている。

 この後は氷穴に入るのだろうから、また忙しくなるはずだ。


 今のうちにマイエンジェルを構ってあげるか。

 再び妹様に視線を戻すと、フィーは俺の目の前で両腕を広げていた。

 どうやら自分から抱きつくのではなく、俺から抱きしめて貰いたいご様子。


「ほら、フィー。ぎゅーっ」

「ぎゅーっ!」


 俺が抱きしめてあげると、マイシスターは嬉しそうに眼を細めた。


「ふぃー、ふぃー、にーたに、だきしめてもらえた! ふぃーしあわせ! ふぃーうれしい! ふぃーにーたすき! にーただいすき! なでて!」

「よしよし、ほら、フィー、なでなで~!」

「きゃんっ! なでなで! ふぃー、にーたのなでなですき! にーただいすき! もっとなでて?」


 う~ん……。

 俺に構って貰えなくて、欲求不満がだいぶ溜まっていたようだ。

 いつもよりも、俺を抱きしめる力が強い。

 フィーは一生懸命に俺に頬を擦り付けてくる。

 よっぽど甘えたかったんだなァ……。


 ちゃんとこういう『空白的時間』まで、俺に催促することを我慢して、こらえてくれていた訳だ。

 偉い妹だ。

 兄ちゃん、嬉しくて涙がでらぁ。


「フィーは良い子だな」


 ここで、ご褒美のキスを発動。

 なでなでやだっこに意識が集中しているマイエンジェルには、完全に不意打ちのはずだ。


「きゅふぅ~~~~~~~~~~~~~~~んッ!」


 矢張りキスは無警戒だったらしく、妹様はビクビクと震える。

 そっと地面に降ろしてやると、余程に嬉しかったのか、喜びの舞が始まった。


「にーた、にーた、にーた、にーた!」


 両手を頬に当てたまま、身体をクネクネ。


「にーたのきす! きすのにーた!」


 俺は魚じゃありません。


「やん! やん! やややん!」


 赤い顔で、おしりをふりふり。


「やん、やや~~~~ん!」


 とろけた笑顔のままで、おしりをふりふり。


 氷原でも、この娘の行動は変わらない。俺に構って貰えれば、それで良いらしい。


「しかし、凄い熱気だな……」


 妹様のことではない。それは日常茶飯事だ。

 周囲を取り巻く気温のことを指している。


 俺やフィーは先の戦いの観戦中に、フードを取っている。

 原因は、氷穴だ。

 穴の奥からは、『心臓』とやらが原因の熱風が吹き出ている。


 シェレグがラガッハと戦っていた時は寒かったはずだが、穴の近くはすでに熱い。

 逆にそこ以外はとても寒いので、何と云うか、『冬の日のストーブの前』みたいな環境だ。

 早々にこれを何とかせねば、この地は終わってしまうし、海面も上昇してしまう。


 しかしまあ、それでもこの娘には、万事が関心ないようだ。


「にーた、にーたあああ! ふへ、ふへへへへへ……ッ!」


 ダンスをやめた妹様は、笑顔で俺に飛びついてきた。

 もっともっと甘えさせて欲しい。甘やかして欲しいという気持ちが、どんどん伝わってくる。

 俺のこと以外、一切が目に入っていないのだろうが……。


(俺に夢中なのは光栄だし、嬉しいけど、『俺以外はどうでもいい』という子には、育たないでくれよ……?)


 特に、他人の命には。


 フィーは優しい娘だ。

 そのへんはきっと、杞憂に終わることだろうけれども。


 俺はしばらくの間、そうしてマイエンジェルを甘やかし続けた。


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