第七話 十級試験とお月様な幼女
神聖歴1204年の一月。
俺の受験日だ。
同行者はエイベルと母さんとフィー。
本当は俺とエイベルだけで来る予定だったが、フィーが離してくれなかったので一緒に連れてくることになった。
母さんはお守りだ。残念ながら俺たちには専属メイドとかいないからな。
「ひといっぱい! にーたすき!」
母さんにだっこされているフィーが喜んでいる。うちの妹様は人混みは気にしないタチのようだ。
「アルちゃん、緊張してない?」
「へーきへーき。過去問も見たけど、冗談みたいに簡単だったよ。飛び級制とか欲しいくらいだね」
十級試験は多くの平民も受けに来るので大いに賑わっている。内容も簡単なので、受験者達の表情もリラックスしたものだ。
(そういえば、平民の識字率って低いんだったな。それを考えれば、ここにいる連中はある意味、エリートと云えるのかな……?)
後で聞いた話だが、同じ平民と云う立場でも、都市部に住んでいる者達の識字率は結構高いらしい。逆に田舎だと、村長や商人くらいしか満足に読み書き出来る者がいないのだとか。
この辺は経済力も影響しているのだろう。田舎よりも都市部の方が金を得る機会が多く、手習い所も存在する。読み書き算術、そして魔術の免許があれば、将来の選択肢も大きく広がる。
平民でも積極的に我が子に文字を習わせ、試験も受けさせるわけだと得心がいった。
ちなみに初等学院――日本で云う小学校は貴族専用で、平民は手習い所で基礎を習うだけだとか。もちろん平民でも優秀な頭脳を持っているなら、先へ行って王立学院に入ることもあるようだが。
さて、試験会場だ。
ここも立場によって、ふたつに別れている。
平民用と、貴族用に。
と云っても完全に別れているのではなく、試験日に臨時のついたてで区切っているだけだが。
(ちょっと向こう側を覗いてみたいな……)
なにせ、あちらにいるのは『生貴族』である。気にならないはずがない。
俺は母さんたちに振り返る。
「少し見てくる」
「ふぃーも! ふぃーもいく! にーたすき!」
妹様が手を伸ばして暴れ始めたので、俺がおぶることになった。四歳児にはツラいが、愛する妹のためにも我慢して背負う。
流石に四歳児と二歳児を放置する訳にも行かないらしく、母さんとエイベルも遠巻きに付いてくる。
「どれどれ」
ついたての隙間からのぞき込む。
そこは確かに世界が違った。
生意気そうなガキんちょ共が高そうな服で着飾っている。そして当然のように皆が従者を引き連れている。
年齢的には小学一~二年くらいが主だろうか?
文字を学んだ者達が、すぐさま受けにやってきたという感じだ。
どいつもこいつも『自分は賢いんだぞ』という顔をしているのは、流石お貴族様というべきか。
「あの娘――」
そんな中で、穏やかな表情の綺麗な幼女を見つけた。
貴族特有のいやな感じがしない。不必要に自己主張しないのに、気品があってクッキリと目立つ。
まるで夜空に浮かぶ月のような、静かな美しさがあった。
「若い、な」
否。
幼いと云うべきだろう。
そのお月様な幼女は、周囲の連中よりも圧倒的に年少者だ。
多分、俺と同じくらいの年齢ではないか。
「――?」
視線を感じたからか、その幼女がこちらを向いた。
二歳児を背負う四歳児が彼女の瞳にどう映ったろうか?
受験者ではなく、一緒に来た家族とでも思ったかもしれない。
月のような幼女は、穏やかに俺に一礼した。美しい所作だった。そして、はにかんだように微笑むと、そのまま歩き去った。
「……素晴らしい!」
俺は思わず声に出す。
あれだよ、あれ!
うちの妹様が手本とすべきお嬢様像。
お淑やかで気品があって、でも嫌味がない。
フィーには是非、ああいう淑女に育って欲しい。
「にーた? どしたの? ふぃー、にーたすき!」
「ああ。俺もフィーが大好きだ!」
「きゃ~っ!」
あの娘が月だとすると、フィーはさしずめ太陽か花か。
ともあれ、満足したので母さんのもとへと戻る。
「面白いものは見られたかしら?」
「うん。良いものが見られたよ」
フィーの理想型。
そんなものがいるとは、思いもよらなかった。
まあ、二度とお目に掛かる機会はないだろうけれども。
※※※
評判通り、試験は簡単だった。
まずは魔力計に触る。
魔力の質も量も属性も調べない。
本当に『ある』か『ない』かだけを判定するだけ。
もちろん、魔力なしだとここで不合格だが、皆、受けに来る前にそれは弁えているから、不合格者なんぞ出るわけがない。
実技試験は十級には存在しない。
なので、あとは筆記試験のみ。
80点以上で合格となるが、90点分はバカバカしいレベルのイージー問題。
問い。 火、水、土、風。このなかで燃える属性はどれですか?
こんな調子だ。勉強しなくても通りそうだ。
しかし、残りの10点分は引っかけ問題と高難易度問題になっていて、「合格はさせてやるが、満点はとらせねーぞ?」とでも云わんばかりであった。
こちとら初段を目指しているのだ。こんなところで躓いてはいられない。
サラサラと正解を書き込む。
期待してくれている家族だけでなく、色々教えてくれたエイベルのためにも満点を目指す。
「はい、そこまで」
筆記試験が終わると、集団で受けに来ていたと思しき連中は、答え合わせで盛り上がっている。
多分、『残り10点』の吟味だろう。
俺はそれらに参加しない。連れがいないのも理由だが、マイシスターを待たせているので、いつまでも留まってはいられないのだ。
熱気の残る会場から、足早に立ち去った。
※※※
「にーた! にーたあああああああああああああああああ!」
会場から出てきた俺に手を伸ばして泣き叫ぶ妹様。
試験は一時間半くらいだったが、それだけでもフィーには長くツラい時間だったようだ。
「よしよし、フィー。よく我慢出来たな。偉いぞ?」
「にーた! にーた! ふぃーさみしかったよおおおおおおお!」
ボロボロと大粒の涙がこぼれる。まるで何年も会っていなかったかのような態度だ。
強く抱きしめて、頭を撫でてやる。
「……どう?」
実に簡潔にエルフの少女が出来映えを訊いてくる。
「合格は大丈夫だと思う。重要なのは満点かどうかかな。表層魔素の第二根源に関する二重の引っかけ問題があった。躓くポイントが一番多いのは、そこだと思う」
「……ん。期待しておく」
表情は変わらないが、エイベルは満足そうだ。
その日はそのままレストランで食事をして帰った。地味に初めての外食だ。
※※※
一週間後。
合否の発表があった。
合格者はいつも通りの八割超。
しかし、満点合格者は二名のみ。
無名の平民と、この国の第四王女だけが100点満点だった。
そしてその両者ともが、最年少の四歳での合格であった。