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妹のいる生活  作者: むい
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第七十八話 グウェルの願い(前編)


 俺の名はグウェル。

 赤蜥人のゴーレムマスターだ。


 蜥人で魔術師と云うのは、自分で云うのも何だが、かなり珍しい。

 世の中どんなものにもバランスがあって、俺たちや獣人族のように身体能力に優れていれば、その分、魔術の素養は薄くなるし、三目(みつめ)族――リュネループの様に強い魔力を持ってる連中は、脆弱な身体をしていることが多い。

 まあ、魔力を扱える種族は身体強化の魔術も当たり前に使うから、接近戦でも油断は出来ねェ訳だが。


 俺の場合は、『特化型』だった。

 魔術の素質があるといっても、別に上手に使いこなせるわけじゃあねェ。

 エルフやホルンのような当たり前に魔術を使う連中はもちろん、人間族と比べても、俺の腕前は、きっと劣ったものだったろうよ。


 まあ、それでも全く使えない連中よりは便利だったさ。

 火や水を好きに出せるってのは、ありがたいもんだ。


 俺が自分の適性に気付いたのは、たまさかのことだった。

 一族の用事で、人間族の街へ出かけた時のことだ。

 そこは交易都市で、ヒト以外の種族もたくさんいる。


 何かを売るもの。何かを買うもの。

 そんな連中がひしめいているんだから、そりゃあ、賑やかだ。


 そこでは種族だとか身分よりも、金がものを云う。

 金のある奴が一番偉いと云う、独特のルールが支配する。

 まあ、商業都市なんて、ここに限らず、大なり小なり、どこでもそうなのかもしれねェがなァ……。


 派手なのは売り買いだけじゃァねェ。食い物や娯楽だってそうだ。

 俺たち蜥人の暮らしは質実剛健と云えば聞こえは良いが、ようは未開で貧しい生活だ。

 だから目に入るもの全てが、キラキラとして珍しかった。

 見せ物なんてのが発展するのは、フトコロがあたたかい連中の特権なんだろう?


 そう。

 俺が見たのは、その見せ物さ。


 別に芝居小屋に入ったわけじゃァねェ。そんな金も暇もねェよ。

 大道芸ってのか? ようは、路上で珍奇な振る舞いをし、金を稼ぐ連中のひとりだった。


 そいつ(・・・)が大したことのない魔術師だってのは、すぐに分かった。

 いや、能力的には、魔導士と呼ぶべきか。何にせよ、技量の酷さは、俺とどっこいだったぜ。

 んで、そいつが何をやっていたのか?

 それは、20センチ程度の大きさの人形を使った道化芝居だった。

 つまりは、人形劇だよ。


 内容も面白くない。

 動かし方だって、ぎこちない。

 多分、人形の質もよくないし、見栄えだってダメダメだ。

 おそらくだがそいつの力量じゃ、20センチの人形ですら、維持するのがやっとだったんだろうよ。


 傀儡士――それがそいつの職業だった。

 ようは人形使いだ。


 傀儡士とゴーレムマスターの違いは、そのまま傀儡とゴーレムの違いだ。

 人形は手前ェで動かさなくちゃならねェ。

 一方、ゴーレムは、事前に指示を与えるんだ。

 すると、おおよそ、その通りに動いてくれる。


 動きの良さも命令の解釈も、マスターの腕が良くなきゃ、上手く機能しない。

 俺はへっぽこ傀儡士の芸を見て、


「ありゃァ、自動で動かすべきだな」


 と、独り言を云った。

 その瞬間、頭の中で、何かがカチリとハマる音がしたのを覚えている。

 魔術師は自分にぴったりの適性があると、天啓のように「これだ!」と閃きが走るらしいが、俺の場合が、まさにこれだった。


 ゴーレム。


 俺はその扱いに、適性があったんだ。いや、『それのみ』に、だ。

 俺はゴーレムにだけ、適性があった。

 他の魔術は、てんでダメ。日常生活で使うのが関の山で、戦でなんて、とてもじゃないが、おぼつかねェ。


 しかしそのかわり、ゴーレムとの相性は抜群に良かった。

 こういう魔術師を、特化型と云う。特化型は他に同じことが出来る連中と比べても、消費魔力量が少なかったり、運動性能が良かったり、何事かの優位性を確保できる。


 俺の場合は『数』だった。

 複数のゴーレムに、簡単に指示を出すことが出来るようだった。

 俺はそれから、ゴーレムに掛かりっきりになった。

 磨くものが、これしかねェからさ。


 しかし、打ち込んでみると、多くの問題に直面した。

 まず、魔術全般の相談をできる相手がいない。蜥人の魔術師は、存在自体が稀少だからだ。

 大都市にでも出かけていって、どこぞの門人になるのも無理だ。授業料が払えない。

 ゴーレムの作成方法も、完全に手探りだった。

 良き『師』に巡り会えるってのは、魔術師にとって、一番大事なところなんだがな。

 残念ながら、俺には縁すらなかった。


 ゴーレムに関する魔術の場合、術者の資質以外に重要なものがある。

 それは、構成素材だ。

 良いゴーレム、強いゴーレムを作るには、それなりの材料がいる。


 鍛冶だってそうだろう?

 どんなに腕が良くても、手元にあるのがクズ鉄や銅程度じゃ、名剣は作れないし、上質素材で作られた『並みの剣』にだって、叩き折られてしまうかもしれない。

 ゴーレムマスターになるってことは、鍛冶士と同様、ずっと『素材の入手』という問題がついて回るのだ。


 何せ俺には金がない。

 だから常に、『並み以下』のゴーレムしか、作ることが出来なかった。

 そんな日々は俺に、素材に対する『餓え』を刻み込んだ。


 が、それらは云ってみりゃァ、個人の問題に過ぎねェ。

 もっと切羽詰まったものが、ゴーレム研究を始めて五年後、身近に発生しやがった。


 俺の一族、赤蜥人がブチ当たった問題。

 それは、住処だ。

 俺たちは、住処を追われてしまった。


 そうなった理由?

 袋叩きに遭ったのさ。

 俺たち赤蜥人は強い。リザードマンの一族で、最強だ。


 ただし、弱点がふたつ。

 ひとつは蜥人たちの中で、最も寒さに弱いこと。

 つまり、住める場所に制限が掛かるってことだ。


 そしてもうひとつが、最も繁殖力が弱いことだ。

 赤蜥人が強いと云っても、別に無敵じゃねェ。不死でもねェ。

 戦になれば、数は減る。

 俺たちはちょうど大きな戦を終わらせ、数が減っていた時期だった。


 そんな時、他の蜥人たちが連合を組んで攻めて来やがったんだ。

 弱みにつけ込むのも戦の道だから、どうこう云うつもりはねェが、同じ蜥人として怒りよりも失望がわき上がったのは、まァ、事実だわな。


 俺たちは大きく数を減らし、追い立てられた。

 他部族たちは俺たちが力を盛り返したら復讐されると分かっていたんだろうよ。

 執拗に追撃を繰り出して来やがった。


 追っ手どもはその都度、殺してやったが、奴らは数が多い。

 局所的には勝てても、トータルでは追い込まれていく。

 気付けば、まともに戦えるのは四人になっていた。

 怪我人の他は、雌と老人とガキだけさ。


 いよいよ進退窮まったそんな時、ひとりの女が、俺たちに声を掛けてきた。


 奇妙な奴だった。

 そいつは魔力を隠すローブで身を包み、姿を韜晦しているようだった。

 しかし、若い女であることは見て取れる。ま、外見だけは、な。実年齢は知らねェよ。

 人間族に見えるが、頭部が隠れているので、ホルンやリュネループや、エルフの可能性もあった。


「お話があって参りました」


 どこでどう調べたのか。

 敗走を続ける俺たちの隠れる洞穴に、その女は現れた。


「何だ、手前ェはッ!? あの群れなきゃ何も出来ねェ、クズどもの追っ手か!?」


 俺は精一杯の虚勢を張って、小柄な人影に杖を向けた。

 しかしこの俺も、連日の戦でヘトヘトだった。腹も減っているし、何より俺の戦闘手段――ゴーレムもボロボロで、戦力として不充分なのは自覚できていた。


 元気なのは、体力バカのラガッハくらいだ。

 こいつがガチンコの勝負で誰かに負けるとは思わねェが、空腹と寒さには勝てねェ。このままじゃ、死ぬ順番が最後になるだけで、死から逃れる事は、出来ないだろうよ。


 正体不明の女は、くすりと笑った。

 愛嬌はなく、奇妙な色香があったが、しかしそれ以上に、得体の知れない不気味さを感じさせる笑みだった。


「お話があってやって来たと云ったではありませんか。敵対者でない証として、まずは、これを」


 女は、宝石細工の施された小箱を持っていた。

 それを開くと、信じがたいことに、奇跡が起きた。


 食い物、飲み物、医療品、衣類、そして、魔石が現れた。

 皆、目を見張っていた。あのラガッハですら。


「そいつァ……。そいつァ、異次元箱かッ!?」


 魔術の知識のある俺には、すぐに小箱がなんだか分かった。

 しかし、同時に信じられなかった。

 だってよ、異次元箱ってのは、とうの昔に失われた伝説の遺物だぜ?


 箱の中には別の空間があって、そこを通して大量の荷物を運べると云う。

 ものによっては別空間に繋がるんじゃなくて、箱の中そのものが全くの異界になっているものもあるんだそうだ。

 ようは『収納用』の異次元箱と、『環境保存用』の箱があるってことだ。


 普通はまあ、収納用以外は用はねェよな。

 ただ、環境保存の方は、特殊な植物を育てたり、冷凍庫代わりにして冷たい雪や氷を運んだりも出来るというが、女が持っているのは、収納用の小箱だろう。


「……この荷物の山を、どうするつもりだ? 見せびらかしにでも、来たのかよ」

「差し上げます。お近づきの印です」


 この女の表情は何だ?

 これを笑顔と呼んで良いものか。


 胡散臭いこと、この上ないぜ。普通なら「消えろ」と一蹴するところだ。

 しかし、背に腹は代えられない。

 俺やラガッハは我慢出来ても、残りの連中が、もう保たない。

 食い物よりも薬よりも、火の魔石が必要だった。


 俺たちは『火と熱を喰らう』と呼ばれるが、それは食料と云う意味じゃァねェ。

 火と熱に耐性があり、そして一定以上の体温を維持する術が無くば、生きていけねェことを示している。

 逆に熱には強い。マグマの中でだって戦えるさ。


 今の俺たちがいるのは、暗く冷たい洞穴だ。

 俺が魔術で出した、か弱い炎に、皆が集まっている。


 熱量が足りていないことは分かっていた。

 この状況で身体を温めるには、火か熱を放つ魔石が必要だった。

 そして女が異次元箱から出したものの中に、赤く輝く魔石があった。


「手前ェ……? 一体、何者だ? 名前くらい、名乗りやがれ」


 魔石から意識を離すために、虚勢を張った。『これが欲しい』そう悟られるのは不利にしかならないだろう。

 いや、そいつァ、初めから無駄な抵抗なのかもしれねェ。

 だって、俺たちに必要だと分かっているからこそ、こうして目の前に出したんだろうからよ。


 女はそんな俺の心の動きが分かっているのか、余裕ある態度で頭を下げた。


「これは失礼致しました。私はしがない旅の魔術師で、名を、アジ・ダハーカと申します」


 ああ、胡散臭ェ……。

 アジ・ダハーカだと!?

 そいつァ、竜の名前だ。絶対に偽名だろうが!

 それともまさか、竜人だとでも云うつもりか!?


「女。何が望みだ?」


 イラつく俺の代わりに、ラガッハが問う。

 目の前の存在が、慈善事業でお恵みをくださる慈悲の塊には、到底見えなかったのは同じらしい。


 女はくすくすと笑う。

 そして云った。


「あなた方に安住の地を紹介しようと思ってやって来たのです。ええ、それはここよりも、遙か北にあるのですが」


 その笑顔を見て、俺は思った。


 悪魔ってのがいりゃァ――きっとこういうものなんだろう、と。


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