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妹のいる生活  作者: むい
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第七十七話 神代を生きた魔術師


 そうして始まる戦い。


 シェレグ他二名がラガッハに、残り九名がゴーレムに挑み、俺たちの護衛役の三名は、そのままこちらの警護を続けるらしい。


「エイベル、俺たちは?」

「……アルとフィーは、自分の身を守ることを優先して。必要なら、私が蹴散らす」


 エルフ様は積極的に介入するつもりはない様子だ。

 これはシェレグたちを信頼していると云うことなのだろうか?

 それとも三名の騎士たちのように、伏兵を警戒しているのか。


 ゴーレムに立ち向かう騎士たちの戦法は、先程とあまり変わらない。

 ひとり当たりの負担は増えているはずだが、それを感じさせない戦い振りは立派だと云うべきだろう。

 ただ、矢張り時間は掛かるようだ。


 それよりも目を惹くのは、シェレグとラガッハの戦いだった。

 なんと氷の剣で、炎の魔剣と正面から打ち合っている。

 残るふたりは氷柱を発射し、氷の腕を伸ばし、妨害と援助に専念している。


(凄いなァ……)


 危地であると云うのに、つい見とれてしまう。

 シェレグは炎の剣と打ち合う瞬間、その僅かな部分だけに冷風を巻き起こし、炎を飛ばす。

 加えて氷塊でカバーをし、刀身が損傷しないように務めている。

 あれが氷の剣で打ち合う秘訣らしい。

 ピンポイントで即時強力な魔術を扱えているのは、流石大精霊と云った所か。


 もしもラガッハが同じように局所的に炎の魔術を使う剣技を行使すれば、氷の剣は折れたかもしれない。

 けれど、その様子はない。

 どうやら『戦士』の肩書き通り、魔術は使えないらしい。


 しかし、シェレグに戦闘力で劣るのかと云えば、答えは否だ。

 圧倒的な身体能力、そして純粋な剣技。

 ただそれだけで、雪の大精霊と互角以上に打ち合っている。


 ラガッハはシェレグだけを見つめて、他は気にしてもいない。

 なのに自分めがけて放たれる氷柱を叩き落とし、氷の腕を粉砕し、他の騎士からの攻撃を、まるで初めから無いかのような振る舞いで筆頭騎士との戦闘に興じている。


「寒ッ……!」


 俺は無意識に声をあげていた。

 防寒具を着ているのに、明らかな寒さを感じた。

 一瞬、気候が変化したのかとも思ったが、どうもそうではないらしい。


「ほほう。俺と打ち合ってる最中なのに、冷気で周囲の気温を下げてたのか。良い判断じゃねェか!」


 ラガッハは嬉しそうに笑う。

 どうやら蜥人が寒冷に弱い点を付いて、冷気の魔術を使っていたらしい。

 シェレグは戦慣れしているのか、いちいち戦い方が巧みだ。


 しかし、蜥人の戦士の動きは衰えない。嬉々として大剣を振るい続ける。

 ゴーレムたちの向こうに佇むローブの男にも動揺は見られない。

 どうやっているのかは知らないが、彼らは寒さを問題としないらしい。


「……火の精霊石。それに、嬰児の真核」


 エイベルがぽつりと呟いた。

 それが蜥人たちの秘密なのだろうか?


「こいつは驚いたな、アッサリと云い当てやがった。エルフってのは、これだから厄介だ。長く生きてるせいで、余計なことまで、あれこれと知っていやがる」


 ローブの男は笑う。

 しかし、瞳はそうではない。怒気すら孕んでいるようにすら見える。


「ガキ三匹は正体の見極めが付いてから対処しようと思ってたんだが、そうも云ってられねェよなァ……。知恵袋ってのは、最初に叩かねェとよぉ~……」


 懐から出した小石をバラ撒く。

 火の巨人は一気に十体は増えた。

 そして、一際大きな石も取り出した。あれもゴーレムになるのだろうか?


 どうやらローブの男が戦闘に参加していなかったのは、こちらを気にしてのことだったらしい。確かにあの男の立場なら、精霊かもしれない相手の動向から目を逸らすことは出来なかっただろう。


「エイベル……」

「……ん。周囲の解析は済んだ。私の魔力感知をかいくぐるものを想定したけれど、そう云うものはいないと判断する」


 つまり相手はふたりで確定なのか。

 俺たちの安全を最優先して、今まで戦わなかったと云うことらしい。

 エイベルは一歩前へ出ると、ローブの男に向かって云った。


「……警告する。ただちに戦闘行為をやめるように。貴方達にも戦う理由があると推測する。争いをやめるなら、私に出来る範囲で相談に乗っても良い」


 エイベルの言葉はしかし、蜥人の魔術師に侮蔑の笑みを浮かべさせた。

 どうやら命乞いの一種だと思われたようだ。

 相手がゴーレムを追加した直後だったから、無理からぬことかもしれない。


「くっくくくく……。こいつァ良いな、天下のエルフ様が相談に乗って下さるのか。エルフ? んん? お前、エルフだよな?」

「……私はエルフ。それ以上でも、それ以下でもない」

「ふ~ん。ただのエルフか。俺の見立てでは、ハイエルフだったんだがなァ……。まあいい、答えておこうか。『ノー』だよ。お前程度じゃ、俺たちの望みは叶わない!」

「……重ねて警告。戦闘行為を停止しない場合は、貴方達を殺害する」

「ははは! 警告ね、そいつァ、脅迫って云うんだよッ!」


 男は杖を向けた。

 ゴーレムたちは一斉に駆けだし、


 そして。


 ぱん、と弾ける音がした。


「――は?」


 ローブの男は、はじめて虚を突かれたかのような声をあげた。


 炎のゴーレムの群れは、一瞬で砕け散っていた。

 その破片は銀色。

 おそらく瞬間的に冷却し、粉砕したものと思われる。


 男は呆気にとられていた。氷雪の騎士たちも。

 エイベルの魔力は強すぎて、ただ『冷やす』と云うその一事だけで、炎の巨人も凍てつき、破壊されてしまう。


 しかし、歓喜しているものがひとり。


「くははははッ! 凄ェ! 凄ェ魔術師だな、お前! 認めるぞ! 『この中』で一番、俺と戦う資格があるのはお前だッ!」


 ラガッハは狂喜して駆けだした。

 凄まじいスピードだった。『矢の如し』と云うたとえがあるが、弓矢よりも速いだろう。


「……不可」


 エイベルは一言だけ、蜥人の戦士に評価を下す。

 その瞬間だった。


「ぐあ……ッ!」

 それまで頑強を誇っていたリザードマンが苦悶の表情を浮かべ、崩れ落ちるように氷原に倒れた。

 一目で『死相』が浮かんでいるのが分かる。いや、こいつはもう、死ぬ。

 既に死んでいるとすら、云えるかもしれない。


「な、何をした……!? 呪いか!? それとも毒かッ!?」


 ローブの男が叫ぶように問う。騎士たちも、何が起きたのかは分かっていないのだろう。

 しかし、俺には分かった。多分、フィーにも。


 魂命術。


 エイベルは蜥人の魂を砕いたのだ。

 あの蜥人の戦士が超絶の戦闘力を持っていたのは、俺でも分かる。

 いつ、どこで、誰と戦っても、あの戦士は多くの場合、勝利者となれるだけの力量があることも。


 しかし太古より生きる始まりのエルフにとっては、そこら辺にいる邪精と大差ないのだろう。

 エイベルの瞳は、羽虫を潰したかのように、無感動で冷たかった。


「……貴方は自分を戦士と云った。けれど、それは自称に過ぎない。『対魂防御』も『時術耐性』も持たないものは、単純に闘者として不適格。見たところ、『空間防御』もしていない。それでは木偶とかわらない」

「た、魂……? 時間……? ぜ、前提がおかしいだろう!? 何だ、それは! お前は何と戦うことを想定している!? いや、何と戦ってきたんだ!?」


 男は、わなわなと震えていた。

 絶対に勝てない。

 それがもう、分かっているのだろう。


「た、ただのエルフが、こんな……! こんな……ッ! ハイエルフにだって、魂に干渉する程の魔術など……!」

「無礼者めッ! この御方は貴様等トカゲ如きが拝謁できるような人物ではない!」


 騎士のひとりが咎めるように云うと、ローブの男はますます顔を引きつらせた。


「ま、まさか……。まさか、は、始まりの……!?」


 その言葉に、誰も応えない。頷きもしない。

 しかし、それで確信を持ったようだった。


「は、ははは……! 勝てん! 勝てるわけがない……! 神代に生きた魔術師が相手だったとはな……!」


 蜥人の魔術師の胸を、氷の刃が貫いた。

 エイベルの放った一撃だった。

 警告通り、命を絶つと決めたらしい。


「あああ、ちくしょう……! こんなバケモノがいると分かっていれば、あんな条件、呑まなかったのに……!」


 ローブの術者は、血を吐いて地面に転がった。


 矢張り彼らにも、何か事情があったらしい。


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