第七十六話 蜥人族の戦士
氷穴から出てきたもの。
それはゴーレムでもなく、魔物でもない。
赤い鱗に覆われた、背の高いリザードマンの戦士だった。
この世界ではリザードマンのことは、蜥人族と呼ぶらしい。
人間族にも人種の違いがあるように、彼ら蜥人族にも違いがある。
共通点は異常とまで云われる、しぶとい生命力と、極めて優れた身体能力だろうか。
目の前のトカゲ人間は、赤い身体をしているから、多分、赤蜥人だろう。
別名を、フレイムリザードマン。
火と熱を喰らう、蜥人種の中でも特に戦闘に優れた種族。
しかしアイスリザードマン以外の蜥人種は、皆、寒さに弱いはずだ。
特に赤蜥人は、リザードマン全ての種族の中で、一番冷気に弱いはず。
なのに、何故この場所にいるんだ――と云うのは、愚問かもしれない。
こんなところにいる理由は、ひとつだけだろう。
つまりは、こいつらが、この騒動に係わっているのだと。
最初に出てきた戦士風の蜥人の後に続いて、一際奇異なフレイムリザードマンが現れる。
何と、そいつはフードを深く被っていた。
手には杖を持ち、ゆったりとしたローブで、赤い鱗を覆っている。
見た目通りに判断するならば、この男は蜥人の魔術師と云うことになる。
リザードマンや獣人族は身体能力に優れる代わりに、魔術は殆ど使えない。
蜥人の術士と云うのは、だから凄まじくレアだ。優秀と云い換えても良い。
現れたトカゲの戦士と魔術師は氷雪の騎士たちに囲まれているにも係わらず、不敵に笑っている。
「貴様等は何者だ!? ここで一体、何をしている!?」
シェレグが剣を向けると、全身に無数の傷がある戦士風のリザードマンが、小馬鹿にするかのような表情で肩を竦めた。
「訊くなら、名乗れ。お里が知れるぞ?」
外見通りの、野太い声。
先程聞こえた咆吼は、この男のものだったのかもしれない。
「我が名はシェレグ。氷雪の園の騎士である」
「はははッ! お前が園の筆頭騎士か!」
コミカルな雪だるまが名乗りを挙げると、リザードマンは高らかに哄笑した。
「こいつァ、良い! こいつァ良いぞッ! 園のナンバー3がいきなり殺れるか。聞いてるぜ? お前、強いんだってなァ……? 俺たちがここに来たのには理由があるが、まあ、それ以前に、俺は戦士だ。剣戟を交えることこそが、一番の喜びよ」
蜥人の男は鞘から巨大な剣を引き抜いた。
本来は両手持ちすべきサイズのそれを軽々と片手で持ち上げている。
剣からは、赤い炎。灼熱する魔力が刀身を包んでいる。
それは炎の魔剣に相違なかった。
「名乗られたからには、名乗り返すのが礼儀だな。俺の名はラガッハ。見ての通り、こいつを振るう以外に能のない男さ」
戦士――ラガッハの声に呼応するように、炎の魔剣は輝きを増した。
先程のゴーレムの熱量とは比ぶるべくもない。
騎士の中には明らかに怯んだものもいたくらいだ。
しかしシェレグは静かに蜥人の戦士をにらみ返している。
「我は貴様等に、この地へ来た目的を訊いている」
「名乗られたら名乗り返すのは当たり前の礼儀だけどよ、目的まで語るのは、ただのバカだろう? ガキの使いじゃないんだぜ? お前、ここは大丈夫か?」
とんとんと顳顬をつついてラガッハは笑う。
シェレグは怒るでもなく、剣を構えている。その様子は平静で、一切の油断をしないようだ。流石は筆頭騎士。
目の前の雪精が安い挑発に乗らなかったのが嬉しかったのか、フレイムリザードマンは、僅かに微笑んだように見える。
「そちらの男は何者だ!?」
氷精の騎士がローブの男に、指さすように剣を向けた。
ラガッハは何も答えない。自分に問われたことではないからだろう。
或いは、シェレグ以外に興味がないのか。
当の術士風の蜥人は薄笑いを浮かべるだけで、何も云わない。
「会話は成立せぬか。……囲むぞ!」
一二名の騎士たちは、敵がふたりだけだと当たりを付けたらしい。
半数がラガッハに。そして残る半数は物云わぬ魔術師に標的を定めた。
「貴様等、たったふたりで我々の相手をするつもりか!?」
騎士の一人が云い放つと、それまで無言だったローブの男が口を開いた。
「……それは俺たちのセリフだ、雪だるまども。たったそれだけの人数で、我らを相手にするつもりか?」
蜥人の魔術師は懐から小石のようなものを取り出すと、目の前にバラ撒いてみせた。
瞬間、小石は灼熱したゴーレムに変化する。
「ゴーレムだとッ!?」
「ばかな!? いきなり出現したぞ!?」
シェレグ以外の騎士たちに動揺が走った。
俺も不思議に思う。
(ゴーレムって、こんな簡単に作れるものか? 俺が遊びで作る砂人形じゃないんだぞ?)
たとえば俺は魔剣を作れるが、魔術のようにパッと作って一瞬で出現させろと云われても不可能だ。
ゴーレムだって、そこは同じで、素材から作り出すもののはずだが……。
俺はエイベルを見る。
普段無表情なはずの美しい顔は、僅かに眉根を寄せていた。何か思うところがあるらしい。
新たに出現したゴーレムは八体。
ローブの奥に見え隠れするトカゲの表情は余裕に満ちているので、出そうと思えば、まだ出てくるのかもしれない。
「くっくく……。おい、雪だるまども。大人しく投降するなら、苦しまずに殺してやるが?」
魔術師の挑発に乗るものはいない。怒るものも、怯えるものも。
騎士たちは静かにゴーレムを睨んでいる。倒すべき存在だと心を定めたようだ。
まさに一触即発。戦いが始まるのかと、そう思った瞬間――。
「――んで。なぁんで、こんな場所にガキが三匹もいるんだ?」
ラガッハがこちらを向いた。
俺とフィーだけでなく、エイベルも『ガキ』に含まれるらしい。
まあ、ちいさいしね、うちの先生。
前世基準だと、中学生か小学生か、ってところだしな……。
「…………」
しかし、エイベルは何も答えない。
フードの男のように相手を小馬鹿にする態度なのでもなく、敵と認識したからでもない。ただ単純に、会話をする気がないかのような感じだ。
二人のリザードマンは、それを『怯え』と取ったらしい。
ラガッハは憮然とし、ローブのトカゲは何かを思い付いたのか、薄気味悪く、ニヤリと笑って云った。
「んん~~? そっちの帽子被ってるのは、よく見るとエルフか? なら、見た目通りの年齢とはいかないよなぁ。てことは、一緒にいるガキふたりもそうか? 見たところ、耳は長く無いようだがな。となると、精霊か? それともハーフエルフか何かみたいな、混ざりものか?」
確かにエイベルと、そして『俺』は見た目通りの年齢ではないだろう。
しかし、フィーは正真正銘の二歳児だ。危険にさらすわけには――。
「にーた! とかげさん! とかげさんが、ふくきてる! おにわにいるのより、おっきい! ふぃー、おっきいのすき! にーたすき! だいすきッ!」
ぬう……。
相変わらず、危機感を抱いていなかった。
幼さ故と云うのもあるのだろうが、俺が普段からゴーレムもどきの砂人形で魔術の訓練をしたり、砂場で遊んだりしているので、その延長に見えてしまっているのかもしれない。
あと、でかいトカゲ呼ばわりは多分、失礼に当たるだろう。
人間族を猿呼ばわりするようなものだからだ。
まあ、こいつらは敵だから今は良いか。俺も心の中では、そう呼んでるし。
人種についても、そのうち、ちゃんと教えてあげねばならないだろう。
「で、だ」
憮然としていたはずの蜥人の戦士が、ぎょろりとした瞳を向ける。
「お前等は戦士か? 戦う為にここにいるのか? 俺が相手をするのは、戦う覚悟のあるもんだけだ。死地に挑むつもりならば、たとえ女子供でも容赦はしねェ。が、もしも戦士じゃないってんなら、見逃してやる。とっとと消えて失せな」
「おい、ラガッハ。ここにいる以上、そのガキ共が、まともなはずはねェ! 見逃すなんて勝手はするな! 俺たちが何の為にやってきたのか、わかってんのか!?」
「……なら、お前ェがやりな。俺の趣味じゃねェ」
「……チッ」
ローブの男が舌打ちしつつも杖をかざすと、灼熱したゴーレムたちは、一斉にこちらを向いた。
「あの方たちを、お守りしろ!」
シェレグが俺たちのために陣形を組み直そうとする。
しかし――。
「手前ェ等の相手は、この俺だろうがあああああああああ!」
ラガッハは狂獣のような咆吼をあげて、氷の大地を踏みつけた。
岩よりも鉄よりも固い、魔力で出来た氷の地面が、小型のクレーターのようにへこむ。
どうやら見た目以上に、凄まじい身体能力があるらしい。
「戦闘狂め」
ラガッハの仲間であるはずの蜥人が、吐き捨てるように呟いた。
フィーが危機感を抱いていない理由は、実はアルのせいだったりします。
兄の様子を見て、現在の状況が平穏なのか危機的なのか、目の前の人々が味方か敵かを判断しています。
当のアルは、幼さ故だと思い込んでいるようです。




