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妹のいる生活  作者: むい
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第七十五話 氷穴


 場所。

 何事にも、『場所』と云うのは重要だったりする。


 花見をするのは桜の木の傍であるから意味があり、トイレの横では台無しだ。

 宇宙コロニーを設置するなら、その候補はラグランジュ点になるだろう。

 通勤先も家の近くが良い。離れていると、夜中に帰ってきて早起きするような事態になりかねない。いっそ会社に泊まる方が、まだ休めるまであるからな……。


 俺たちがやって来た場所――氷穴も、そんな重要な『場所』だったりする。

 この氷の大地の核。

 巨大な魔石へ、最もアクセスしやすい地点が、氷穴なのだ。


 氷穴は地下へと続く巨大な穴で、強力な冷気の満ちる場所となっている。

 当然、園の騎士たちの重要な巡回場所でもあった。

 巨大な魔石の放つ冷気は必ずしも清浄なものばかりではなく、澱んだそれが噴出しやすい場所もあるのだと云う。


 また、吹き出す量も一定ではなく、洪水のように大量の冷気があふれ出るケースもあるのだとか。

 だから重要な場所であっても、精霊たちがそこに住むことはない。

 河川の恩恵を受けられる場所で生活することはあっても、川縁で生きる人間がいないのと同じことだ。


 その氷穴の前に、目を惹くものが、ふたつある。

 ひとつはコミカルな雪だるま率いる、園の騎士たち。

 園の総人口は100名足らずで、そのうち、専門の騎士は20名だと云う。

 五人に一人が騎士と云うのは軍役で考えると多すぎる気もするが、彼らには彼らの効率があるのだろう。


 ちなみに、幼体は人口に含まないらしい。

 あくまで一定以上の知性があり、会話による意思の疎通が出来るものが員数としてカウントされる。

 ただし、幼体たちがないがしろにされている訳ではなく、ちゃんと守るべきものだという認識はある。

 対外的に精霊として成立しているものを証明できる存在が、人口と看做されるのだと云う。


 なにせ、幼体はか弱い。簡単に失われる。

 これは生き物として脆弱だと云うのもあるが、魔力量の問題でもある。

 幼体も人間同様、無理して力を行使すると死んでしまうのだという。右も左も分からないから何気なく魔力を消費し、死に至るのだと。

 そう云えば人間族の赤ん坊にも、積み木に魔力を使って死にかけたアホがいた気がするな。


 さて、整列している騎士たちだが、その数は一五名もおり、これは園の戦力の四分の三だ。

 いかにこの事件とエイベルを重要視しているかが分かる。

 まあ、人間族の非戦闘員と違って、中位以上の精霊は強力な力があるから、一概に騎士だけで全ての戦力を語れるものではないのかもしれないが。


 そしてもうひとつの目を惹くもの、それは――壁だ。

 巨大な壁が氷穴を塞いでいる。

 門のように開閉を前提としたものとは思われない。

 単純に穴に栓をしているような感じだ。


「エイベル、あれって、もしかして……?」

「……ん。私が塞いだ。今の氷穴は熱線が吹き出る場所でもある。だから、その為の防御措置」


 成程。

 ここに熱線が出るなら、核に何かがあったと考えるのは当然か。


「……考えたのではなく、視た」

「コアの異変を?」

「……核にまとわりつく、魔力反応を」

「まとわりつく魔力反応……?」


 何だろう?

 もしや結構、根の深い問題だったりするんだろうか?


「……けれど、今は別の問題も発生しているみたい」


 エイベルはジッと壁を見つめている。

 別の問題とは穏当ではない発言だ。

 危険が増えていたりすると、フィーの安全上、とても困るのだが。


 そしてマイティーチャーの発言など知る由もない雪だるまが、こちらに近づいてくる。


「高貴なる方よ、よくぞおいでくだされました。心より御礼申し上げまする」

「……ん。例のものは?」

「無論、用意してございます」


 シェレグは奇妙な包みをうちの先生に手渡した。

 それから、俺たちを見る。


「しかし……こんな幼子までこちらに連れてきて、よろしかったのですか?」

「……どこかに置いておくよりも、私の傍にいる方が安全」

「仰る通りですな。愚かなことを申しました」


 謝罪に頷いた後、エイベルは騎士たちを入り口から遠ざけるように指示を出した。魔壁等でガードするようにもと。

 これから入り口の壁を撤去するが、熱風が吹き出る可能性があるらしい。


「……それと、もうひとつ。穴の奥に、複数の動く魔力反応がある。注意するように」


 別の問題というのは、これか。

 もしかして魔物の類だろうか?

 シェレグも俺と似たような想像をしたらしい。


「む。邪精でも湧きましたかな?」

「しかし騎士長。雪精や氷精では、邪精でも熱には耐えられません」


 氷精の騎士がそう云って首を傾げた。


「うむ。しかし、未知の存在がいるのは確かなようだ。我々の味方だと楽観視する訳にもゆかぬ。各々、警戒を怠るな。尊き御方と幼子の命を最優先に守るように」

「はっ!」


 騎士たちの配置が終了したのを確認して、エイベルは壁を消す。

 同時に入り口からは溜まりに溜まっていた熱風が吹き出したが、我が師の魔術で方向性を与えられ、空へと昇り、消えて行く。


 一瞬のことだったが、離れて見ている俺でも熱を感じられたので、結構な温度だったと思う。

 密閉していたとはいえ、わき出る熱線だけで、ここまで高温になるものなのだろうか?


「気を付けろ、出てくるぞ!」


 そして飛び出してくる、燃えた岩で出来たかのような人型の存在。

 身長は二メートルと少しと云った所だろうか。

 先程見かけた邪精同様、一目で凶悪だと分かった。


「バカな、ゴーレムだと!?」


 騎士の一人が顔色を変える。

 現れたのが、自然発生した火の邪精なら、まだ分かる。

 一般の魔物が迷い込んできたと云うのも、あるかもしれない。


 しかし、ゴーレムと云うなら、話は別だ。

 それも、より深刻な方に。


 何故ならゴーレムとは自然発生するものではなく、何者かが自らの意志と魔力で作り出すものだからだ。

 つまり、この物云わぬ巨人は、何者かがここで作ったか、運んできたと云うことだ。

 その作為はきっと、エサ場の熱線と無関係ではないだろう。


「うろたえるな、冷静に隊伍を組め!」


 シェレグは驚いていた騎士たちを叱咤し、ゴーレムと対峙する。


 炎岩のゴーレムは四体。

 それに対して騎士たちは、三人ひと組になって挑むらしい。

 三対一が四組。残る一組は周囲の警戒と俺たちの警護のようだ。

 猪突したり動揺を引き摺らないところは、流石、実戦経験豊富な騎士と云った所か。


(しかし、大丈夫なのだろうか……?)


 雪精たちは熱に弱い。

 そして、あのゴーレムは熱そのものだ。


 騎士たちは氷の魔術で出来た剣を振るう。

 力ある精霊が丹念に作った氷の刃は、鍛えた鉄をも簡単に切断するらしいが、相手は炎に包まれた岩の塊だ。

 そしてあの炎は、どう考えても魔力の籠もったそれだろう。

 騎士たちの剣は、通じるのだろうか。


「エイベル、魂命術って、あれには効くの?」

「……魂がないものには意味がない」


 そりゃそうだろうな。当たり前の回答だった。

 騎士たちはどう戦うのだろうか。


 突進するゴーレムの速度は邪精よりも圧倒的に速く、一瞬で距離を詰めるかに見えた。

 しかし、その動きが停止する。

 氷原から巨大な氷の手が幾本も飛び出して、その手足を掴んでいた。

 騎士たちの魔術らしい。

 氷の腕はあっという間に溶けていくが、それを見越してすぐに次の腕が伸びてくる。


 そして動きが止まっているそのうちに、鋭利な氷柱――アイスニードルが発射された。

 こちらも溶けることが前提らしく、幾本もの氷槍が連続で飛んでいく。

 攻撃箇所も、頭や胸部など、動力となる魔石がありそうな場所だけに集中させている。


 封じ込められたゴーレムは大量の蒸気をあげながら、徐々にその動きを弱らせていき、やがて『ごしゃり』と音を立てて崩れ落ち、ただの焼けた岩になった。

 他のゴーレムたちも、ほぼ同様の結末を辿ったらしい。

 時間差こそあれ、皆が蒸気をくゆらせながら、岩の塊になって行く。


(巧いなァ……)


 俺は思わず唸ってしまった。

 騎士たちは集団戦法と連携に慣れている。

 相性最悪の相手でも、声を掛け合うことなく役割分担し、即時対応出来る戦い方が出来るようだ。


 それに、始末が付いた後も油断していない。

 周囲の警戒、そして倒れたはずのゴーレムにも目を光らせている。

 そつがない、とは、こう云うものを指すのだろう。


「にーた、ゆきだるますごい! かっこいい! ふぃーもやってみたい! にーたすき! なでて!」


 他人事の妹様は、大喜びではしゃいでいる。

 一連の遣り取りを、命の掛かった戦闘だと認識していないのかもしれない。

 泣き出すと大変だから、無理に誤解は解かない方が良いのかな?

 迷いながらも可愛い可愛いマイエンジェルを撫でていると、氷穴の奥から咆吼が轟いた。


 どうやら、まだまだ何かがいるらしい。


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