特別編・クレーンプット家のお正月
「にぃさまぁ! 新年、あけましておめでとーございますっ!」
「にー! ましゅっ!」
今日は元日。
朝も早から、クレーンプット・シスターズに年始の言葉を貰う。
うむ。
きちんと挨拶の出来る、自慢の妹たちだ!
俺を目の前に姉妹揃ってぺこりんちょとお辞儀をしてくれている。ならばと俺は、ダブルだっこでお返しだ!
「きゃ~~~~~~~~~~~~っ♪」
「あきゅ~~~~~~~~~~~~っ♪」
う~ん。実に嬉しそうだァ……。
前述の通り、今日は正月。
クレーンプット家にとっては『毎日が楽しい日』だろうが、それでも特別は特別だ。
例年通り、家族皆でおせちを食べて、おもちをついて。
更にちびっ子たちはお年玉を貰い、臨時開店した『屋内露店』で買い物を楽しむ。
いつもどおりの風景が、そこにはあった。
――ただし、去年までと違うこともあった。
なんとあの酔いどれダメエルフが、我が家にやって来ていたのである。
もちろん、愛くるしい妹様たちにお年玉をあげよう、などという殊勝さなんぞなく、ただ単に元旦早々から飲み歩きに行く前の暇つぶしに来ただけなのだが。
ヤツはあろうことか幼いシスターズにゲームでの対戦を挑み、大人げない勝ち方を連発しやがったのである。
我が家においてゲームは、『楽しむためのもの』という不文律がある。
だから俺やエイベルはもちろん、母さんやミアも、まだちいさいフィーたちを叩きのめして奈落のずんどこに突き落とすようなマネはしない。
だがしかし、あの酔っぱらいダメエルフはふたりを徹底的にへこませたのだ。
仕合運びの様子から、ヤツは格ゲーをやらせたら、躊躇無くハメ技を使うタイプだと確信した。
んで、トドメにこうだ。
「弱すぎなんですけどマジでっ! ホッヒヒw」
あまりのことにフィーは泣いてしまい、マリモちゃんもその大きなおめめに涙を溜めることとなった。
なおミィスは居合わせた商会長様に、その場で処刑されている。
以上の理由で正月早々に涙雨が降ることになったので、クレーンプット家はてんやわんやの大騒ぎとなった。
フェネルさんは、気遣い出来る系従魔のトトルを出して、マリモちゃんのご機嫌取りにいそしんでいる。トトルも自らの役割を理解しているのか、懸命に末妹様を慰めていた。
「あにゅぅ……っ」
ノワール・クレーンプット嬢は、ビッグサイズになったトトルに抱きついている。
一方、その姉――我らが妹様のほう。
フィーに繰り出されたのは、ヘンリエッテさんの従魔。スズメサイズの水色の霊鳥・イシュケであった。
気位の高い彼女は、何で私がと云わんばかりの態度であったが、大人しくフィーに撫でられている。普段は母さん以外、触れることすら難しいのだが。
「うみゅぅぅぅ……っ!」
マイエンジェルは、ふてくされながらも、自慢のもちもちほっぺをイーちゃんに押しつける。
フィーのほっぺ攻撃って、感情のままに一切の遠慮がないから、凄いパワフルなんだよなァ……。ほら、今もイーちゃんが引きつったかのような反応をしているし……。
見かねたマイマザーが愛娘の慰めとイーちゃんの救出のために、フィーに果物を差し出している。
「フィーちゃん、おミカン食べる?」
「……ふぃーちゃん、おミカン食べる」
打ちひしがれていても、食欲を優先するとは恐るべき妹様よ……。
「んにゅ~っ。のあも~……っ!」
マリモ様、ミカンを奪取に襲来。
いきなり手元を離れられたトトルが、面食らっている。
どうやら姉妹揃って『やけ食い』に行動がシフトしたようだ。
母さんがエイベルから強奪した浮遊庭園産の――人の世にはない高級ミカンが、ちゃぶ台の上には山盛りになっているが、アレが平地になるのは時間の問題だろう。
「……ふぃーが完全体なら、こんなことにはなってないの……っ!」
「あぶ……っ!」
「や~んっ! お母さんも食べるぅ~~♪」
パクパクもぐもぐ、勢いが凄い。
結果、酔いどれエルフの起こした騒動は、一応の小康状態となる。
その間隙を縫うかのように、柔らかハイエルフのおねぃさんが、ちょいちょいと白い綺麗な手を動かして、俺を傍へと誘う。
「アルくん、アルくん。少しお姉さんと、お話をしませんか?」
特に断る理由もないので、近くへと移動。
するとすぐさま、ふんわ~りとした良い匂いと空気が俺を包み込む。
ヘンリエッテ・バルケネンデ副会長。
両高祖様が直々に、現在のハイエルフ族において最強の一角・双璧の片翼と評価する程の、超絶の空間魔術師。
元聖域守護者にして、テイマーでもあるお人。
本人曰く、本業はただの商人で、俺の姉を自称することもある。
見た目は、中学生くらいの可憐な少女なのだが、何百年も生きているので、単純な『幼さ』は感じさせない。
なんというか、大人びた中学生という感じで、仮に人間族であれば、『あと二~三年もすれば、誰もが振り返るようないい女になる』と確信を抱くかのような、『最も美しい蕾』とも評すべき御方なのだ。
いつもニコニコしている彼女だが、今日は特に機嫌が良さそうだ。
隣に座ると、ほっぺたをツンツンされてしまう。
「ふふふ……。今はアルくんを私が独占状態です」
クレーンプット家の女性陣のうち、三名がミカンに首ったけ。
ミアは仕事中であり、エイベルはショルシーナ会長を含めた商会員たちに年始の挨拶に囲まれて、身動きが取れない状況だ。
恩師からはときどき、助けを求めるかのような悲しげな瞳を向けられるが、無力な俺にはどうすることも出来ない。
その他のハイエルフの一方であるヤンティーネは、ダメエルフの死骸を廃棄するために外に出ており、他方のフェネルさんは我が家のシスターズのご機嫌取りに余念がない。
つまり、近くには誰もいないのだ。
――とはいえ、
「今はアルくんと、ふたりっきりですね」
という感想はどうかと思うんだが。
「ヘンリエッテさんは、里帰りとかしないんですか?」
「しますよ? 実家と、お世話になっているところと……後は聖域にも顔を出す予定です」
聖域――それはエルフ族の聖地でもある、『始まりの森』のことだろう。
柔らかおねぃさんは、照れくさそうに笑う。
「私、結構強引に聖域守護者をやめたので、敷居が高いんですけどね」
ショルシーナ会長によると昔のヘンリエッテさんは、今と同じ物腰のままで、もう少しだけ無茶をする人であったらしい。
なお、会長様と副会長様の年齢差は、きっかり百歳。
ショルシーナさんのが年上である。
商会所属のハイエルフたちは若い者が多く、最年長のミィスでさえ、千年は生きていないとのこと。
つまり、みんな神聖歴の生まれということになる。
そんな話をしていると、マリモちゃんに手ずからミカンを食べさせている局長様が、ヘンリエッテさんに振り返った。
「私は忙しすぎて実家くらいにしか顔を出せませんが、デニセ様によろしくお伝えて下さいね?」
フェネルさんが用意したお土産を、一緒に持っていって貰う算段を付けているとのことだ。
俺は、はてと首を傾げる。
「デニセさんと云うのはどなたですか?」
バルケネンデ家の人なのか、聖域関係者か。
フェネルさんはフェネルさんでハイエルフの名族出身らしいから、繋がりがあったりするんだろうが。
「ああ、デニセは、現・聖域守護者ですね。優秀な子ですよ?」
副会長様が太鼓判を押すなら、実際そうなんだろう。
などと思い頷いていると、槍術の師が戻ってきた。
彼女は魔境と化したエイベルの傍や、食い意地タイフーンと化したちゃぶ台の周辺を避け、俺たちの傍へと腰を下ろす。
ピンと背筋が伸びていて、まさに武道家という佇まいである。
というよりも、剣道少女とか、そっちに近いが。
ヤンティーネは、俺たちのやりとりが聞こえていたのか、少々の呆れを滲ませながら云う。
「副会長にそう云われると、守護様は憤慨なさるのでは?」
「あの子が優秀なのは事実ですよ? だからこそ、『天秤』の高祖様も長老衆も、新たな守護者の任を認めたのですから」
云いつつも、眉をハの字にしている副会長様よ。
なにやら事情を知っているっぽいティーネに、視線で説明を求める。
ポニテエルフは、僅かに肩を竦めたようだった。
「デニセ様は、元々副会長と聖域守護者の座を争った間柄です。それ以前にも俊英で知られていた彼女は、度々ヘンリエッテ様の後塵を拝していたようで……」
ようは、負けっぱなしだったと。
しかも焦がれたその地位をヘンリエッテさんは短期間(エルフの感覚)で辞退したので、おこぼれを貰うかのように守護者になったことに、忸怩たるものがある様子。
つまりは、目の敵にされてているわけね。
まあ、クララちゃんと村娘ちゃんの関係を見るまでもなく、一方にもう一方がコンプレックスを抱いている間柄ってのは、なかなかシャレにならないからな……。
ヘンリエッテさんも肩を竦めるだけで、これ以上余計なことを云うつもりもないようだ。
「そんなことよりもアルくん。せっかくなんですから、お姉さんとお話しましょう? 今日はスナイパーわんわんの話が良いと思うんです!」
ぽむ、と、両の掌を打ち鳴らす副会長様よ。
この人との『一行文通』は現在も続いているが、益体もない世間話の類も好きみたいなんだよね。特に、犬とか猫とかの話題が好みっぽい。
フィーから逃れたイーちゃんが、不機嫌そうにこちらを睨んでいる。
他の動物の話になったのは、俺のせいじゃないぞ。
ではこのまま副会長様との四方山話に興じていられるかというと、そうでもない。
俺たちが今いるのは窓際の壁の傍だが、そこに置いてある鉢植えの蔓が伸びてきて、ツンツンと俺をつつくのだ。
もちろんこれは、エイベルの植物魔術。
エルフ軍団に囚われて身動きの出来ない彼女は、いつまでたっても救助に来ない不義理の弟子に催促を繰り出して来ている。
(うちの先生、元日早々から酷い目に遭ってるからなァ……)
現在進行形で数を減らしているミカン。
実はアレ、マイティーチャーがお気に入りのおこたの上に乗せて、ひとり楽しもうとしていたものなのである。
「……わくわくする」
ザルに盛られた果物の山を見てそう呟いていた姿を、俺は忘れてはいない。
しかし折悪くマイマザーたちの襲撃を受けてしまい、何とかおこたを隠すことだけは出来たがミカンの回収は間に合わず、結果、根こそぎ強奪されるハメになったのだ。
「……ミカン……」
と悲しそうに呟いたエイベルに対し、俺は何もしてあげられなかった……。
しかし我がプリティーチャー。
今や寂しそうというより、ちょっと不機嫌そうにこちらを見ているような……?
まさかこれ、ヘンリエッテさんと仲良くしてるからじゃないよね?
(やっぱり、なんとか助けにいくべきか……?)
と云っても、ハイエルフの皆さんだって、正月早々に伝説の高祖様に挨拶できることを楽しみに休日出勤しているわけで、それを邪魔するのはいかがなものか?
悩んでいると、ほっぺをミカンで膨らませたマイエンジェルが駆けてくる。
「にぃたぁぁっ! こっち来て、ふぃーと一緒におミカン食べるの!」
「にー! まーくっ!」
マリモちゃんまでやって来る。
ふたりとも、口の周りがベトベトだァ……。
「アルくん? まだスナイパーわんわんのお話は、始まってすらいませんよ?」
ヘンリエッテさんまで……。
「はーい! アルトきゅん、アルトきゅん! ミアお姉ちゃんが、アルトきゅんが寂しがっていると思って来てあげましたねー!」
変質者まで乱入してきた。
「アルちゃん、アルちゃん! お母さんも仲間に入れてーっ!」
娘たちを追うようにして、母さんもやって来る。
「あぁっ!? アルト様っ! ズルいですっ! またお子様たちを独り占めして……っ!」
「アルト様。新年早々ですが、鍛錬を休んで良い理由はありません。時間が取れ次第、乗馬の訓練を始めます。タリカたちも、庭で待機しておりますので」
「……むぅ、アル……」
恩師とは別ベクトルで身動きが取れなくなった俺に、ご機嫌斜めなプリティーチャー。
もう、しっちゃかめっちゃかだ。
こうして俺の新年は、賑やかに始まっていくのであった――。
今年一年、良い年でありますように!
新年、明けましておめでとうございます。
だいぶ間が空いてしまいましたが、執筆を開始致します。
更新遅くなって申し訳ありません。




