特別編・静かで、そして温かな
読者諸兄姉は、クレーンプット家のクリスマスと聞いて、どのようなイメージを抱かれるだろうか?
騒々しいものか、はたまた賑やかなものか。
いずれにせよ、ちんどん屋のような情景を想像されるのではなかろうか?
それは、ある意味で正解ではある。
明るくないクレーンプット家など、カレー抜きのカレーライスと同じことなのだから。
しかしながら一方で、『静』を好む家族も、ただひとりだけ存在する。
云わずと知れた、世界最高の耳の持ち主、その人である。
と云っても彼女は別に、静謐な環境のみを望むわけではない。
我が家――そしてかつての家族たちのような、バカバカしい賑やかさも、嫌いではないようだ。
尤も、自分から騒ぐのは好きではないようだし、親しくない人たちがうるさいのは、矢張りイヤなようではあるが。
そして、俺の場合は――。
※※※
夜。
クレーンプット・シスターズが遊び疲れ食べ疲れて眠りについた後。
俺は十字架や棺桶を背負って歩く咎人のような様子で、ある家具を背負って歩いていた。
目指す先は、我が家の聖域である、魅惑の空間・屋根裏部屋だ。
昼間にフィーやマリモちゃんが秘密基地のひとつとして活用しているアーチエルフ様の居室には現在、余人はない。
彼女はいつも通り、ほの暗い空間の奥に、ちょこんと座っている。
「エイベルー。来たよー」
「……ん」
こちらを見ながら、かすかに頷くお師匠様よ。
部屋の明かりに照らされて浮かび上がる美しいその御尊顔は、ほんのりとほっぺが赤い。
これはついさっきまで、うちの母さんとふたりでお酒を飲んでいたからだろう。
マイマザーもその親友も、決して呑兵衛ではないが、それでもたまには、一緒に杯を傾けることもあるようだ。
今日はクリスマスなので、パーティの後は愛娘たちを寝かしつけることをこちらに任せ、ふたりきりで晩酌にいそしんでいたようである。羨ましいこと、この上ない。
「今夜はちょっと、飲み過ぎちゃったわー……」
などと云いながら戻ってきた母さんは、娘二人を抱きかかえて眠りについたばかりだ。
つまり、ここからは俺のターン。
いったん離れを出て、庭にある無人の工房に行き、そこに用意してあったエイベルのためのプレゼントを持ってきたというわけだ。
もちろん家族でのクリスマスパーティはやったし、そこでも贈り物はしたのだが、それはそれとして、用意していたものもあるのだ。
「……それが、アルがガドと作っていたもの?」
「うん。エイベルのために、用意したんだ」
「…………私の、ため」
俯くお師匠様。
お耳が赤く見えるのは、お酒のためか。それとも、照れているのか。
さて。
今回用意したものは、実はかなりの危険物なのである。
過去何度も作ろうとし、けれどもその危うさから、都度見送ってきたという曰く付きのアイテムなのだ。
いや。
エイベルに渡すこと自体は、何も問題ないんだよ。
マズいのは、マイマザーなのである……。
「……それでアル。それは一体、何……?」
「ああ、うん。これはね――こたつ、だよ」
そう。こたつ。
俺が今回作ったのは、おこたなのである。
もうそれだけで、体重計とは別ベクトルの危険物であることを把握出来ると思う。
こんなものを居間に配置したら、その日から母さんは完全なるこたつむりと化し、マリモちゃんはあまり構って貰えなくなり、本人は今以上に運動量が減り、そして俺は、「アルちゃん、そこのご本取って? お母さん、今ここから出られないから」という状況に陥ること請け合いなのだ。
つまり、『悪魔』に属する発明品なんだね、これは。
「……? 机……?」
などと小首を傾げていたお師匠様はしかし、俺の持ってきたものの説明を受けるにつれ、その表情を(無表情の範囲で)険しくした。
「……アル、貴方は、なんてものを……」
ワナワナと震えるプリティーチャーよ。
彼女は小声で、「……これでは、リュシカが……」などと呟いている。
しかし。
しかしだね。
リュシカ・クレーンプットという懸案事項があったとしても、冬はやっぱり、こたつだろう。
エイベルもきっと、おこたが似合うと思うのだ。気に入ってくれると思うのだ。
「……むう」
しかしマイティーチャーは、母さんのことを考え、警戒している。
それはまるで、子猫が遠巻きにエサを見つめているのにも似て。
ジッと、俺が設置していく禁断の魔具を眺めていた。
※※※
「……………………~~~~~~~~~~~~っ」
そして、エイベルはとろけた顔になって、可動を始めた暖房家具の中に入ってしまっている。
なんてことだァ……。
まさか母さんよりも先に、エイベルが陥落するだなんて……。
「……はぅ……」
とかいうエイベルの声、はじめて聞いたわ。
「……これは、リュシカには、とても与えることは出来ない……。あの子が……ダメになってしまう……」
貴方様が既にダメになっているんですが、それは。
でも、実際問題、隠し通すのは無理があるだろう。
母さんもフィーたちも、しょっちゅう屋根裏部屋になだれ込んでくるし。
この部屋の一角には、フィーやマリモちゃんの私物はもちろん、母さんの読みかけの本なんかも置かれているのだ。バレるのは、時間の問題だろう。
「……普段は、異次元箱にしまっておく」
そこまでするんかい。
しかし実際のところ、フィーやマリモちゃんだけならば、おこたは問題がないのだ。
あの子たちならば冬のこたつを楽しみながらも、昼間はお外に駆けていくはずだから。
つまり母さんを堕落させないためだけに、おこたは秘されなければならなかったのだ。
「……アル。作戦会議を開く。……こっちへ」
おこたの布団を捲りあげ、隣に来いとの仰せ。
側面も正面も空いているのに、隣に。
これはアレか。
真横からジックリと、その自慢の耳を見ろという意味か。
弟子としては、師の命に従うのは当然のこと。
指示通り、真横に陣取らせて貰う。
「……ん」
もともとちいさなこたつなので、勢い、密着してしまう。
こそばゆいのか、マイティーチャーはちいさく声を上げた。
知らない人もいるかもしれないから一応説明しておくが、うちの先生、声めっちゃ可愛いのよ。
一度聞かせてあげたいんだが、ちょっと無理なんだよね。いやァ、残念だなァ……っ!
「……アル」
「はい」
「……あたたかい」
「うん」
それは、こたつのおかげなのか。 はたまた、別の理由があるのか。
エイベルはほんのりと赤いほっぺのまま、子猫のように眼を細めた。
「……アル」
「なに?」
「……作戦会議は……その……」
ちょびっと俯くプリティーチャー。
「……な、長くなる、予定……」
いつもは夜更かしには厳しい先生が、この聖夜にはそれを緩和して下さると。
「願ってもないね。でも長期戦なら、兵糧を用意しないとね。手つかずのプリンとアイスがあるから、持ってこよう」
「……なら、私は紅茶を淹れる。美味しくなるように、がんばる……」
クリスマスの夜。
楽しく騒がしいパーティの後は、温かで静かな、師弟だけの時間。
(こんな聖夜も、悪くないね)
ふたりきりのゆったりとした時間は、のんびりと過ぎて行く。
こたつでゆるんだ表情を見せる恩師。
その姿が収められた写真は、俺にとって――かけがえのない宝物なのである。
 




