特別編・TAI☆JUU☆KEI☆ VSリュシカ・クレーンプット!
本日、9月10日は、投稿5周年の記念日となります。
惨劇。
悲劇の始まりは、いつも通りの光景からだった。
「ミアちゃん、ミアちゃん! ふぃー、この絵本、読んで欲しいの!」
「やぁーっ! みー、のあに、ごほんっ!」
左右から、絵本を抱えた幼女たちに『自分の絵本を読んで欲しい』と催促されている変態駄メイドという構図。
ミアのヤツはどういうわけか、クレーンプット・シスターズに気に入られているので、時たまこうして、『取り合い』が発生する。
「困ってしまいますねー。ミアお姉ちゃん、実はまだまだお仕事があるんですねー。どちらか一冊くらいしか、読んであげられませんねー」
本当に困ったふうに苦笑しているので、忙しいのは本当らしい。
普段は無意味に俺に襲撃を掛けに来たり、庭で見つけた猫を見せびらかしに来たりするのだが。
「えぇ~~~~~~~~~~~~っ!?」
だが、ミアの言葉に不満を爆発させるシスターズ。
左右から駄メイドを引っ張り、自分のを自分のをと更に催促。
「ミアちゃんっ、ミアちゃんっ!」
「みー! みぃぃっ!」
そこへ、進んで近付く者が。
「ふ、ふたりとも~? 絵本なら、お母さんがいくらでも読んであげるわよぉ~……?」
云わずと知れた、マイマザーである。
「めーっ! ふぃー、今はミアちゃんに読んで貰いたい……っ!」
「あぶ……っ!」
しかし、愛娘たちからの反応は芳しくない。
というか、どうあってもミアに読んで貰わないと収まりが付かないようだ。
というわけで、シスターズに袖にされた母さんは、涙目になりながら俺のほうへ。
「うぅぅぅうぅぅ~~~~~~~~~~~~っ! アルちゃぁぁあぁぁあぁんっ!」
ガチの泣きべそをかきながら、ぎゅむむっと抱きついてくる。
催促をしていたフィーとマリモちゃんも、ちょうど母さんのほうを見ていた。
つまり、声が止んで『音の空白』が出来たそんな瞬間。
――ビリィッ!
と、文字通り布の裂けるSEが鳴り響いた。
「…………」
「………………」
沈黙。
何が起きたのか、皆が知る。
それはセロのシャーク爺さんが、その隆々とした筋肉で衣服を弾き飛ばすときと同じで。
「あ! おかーさん、脇腹のところが、破けてるのーーーーっ!」
「~~~~~~~~~~~~っ!」
妹様の容赦ない一言が、母さんを無言の絶叫へと導いたのであった。
※※※
さて。
そのような惨劇があったからか、母さんから無茶振りをいただいた。
曰く、なんとかしなさい。
いや、痩せたいなら結局、食うのやめるか運動するかしかないと思うんだけどね……。
「それをなんとかするのが、アルちゃんでしょっ!? なんとかしてくれないと、エイベルが大変な目に遭うんだから! はやくして、やくめでしょ!」
「……なんで、私が……」
母さんは背後から恩師を抱き込み、手に持ったバナナを白いほっぺに押しつけるかのような暴挙に出ている。
このままではうちのプリティーチャーが大変なことに!
「わ、わかったよ……。な、なんとかするよぅ……」
こうして俺は、何とかせざるを得なくなったのであった。
その先に、更なる巨大な惨劇があるということを知らずに……。
※※※
客観視――。
それは物事の基本でありながら、実行が難しいことのひとつ。
云うのは簡単だが、実行すると難しいのだ。
しかし、方法はなきにしもあらず。
『数字』という、絶対的な客観性を提示することである。
母さんは食い控えをするつもりもなく、運動をするつもりもない――。
今朝だって、朝食後のおやつに、ハチミツたっぷりのパンケーキを作っていた。
うちの子たちは、それを全員笑顔で頬張っていたが、俺は食べられなかったので遠慮をしたら、ものの見事に四等分されて、母さんとフィーとマリモちゃんとエイベルで食べていたのだ。
何と云う凄惨な光景か!
だからもう、自らの『結果』がどう反映されているのかを指し示すより他にない。
まず最初に思いついたのは、でかい姿見を置くということだが、
「角度が良くないのよぅ!」
などという見苦しい云い訳で逃れられる可能性があるので、問答無用で結果が固定される『数字』を採用する。
そう。
この世界に、体重計を誕生させるのだ。
もちろん、秤はそこかしこに存在する。
だが、己の重量を知るための目盛りは、存在しなかったのである。
ならばパチモン発明家でもあるこの俺が、それを作り出して見せましょうぞ!
と、云うわけで、ガドに手伝って貰って体重計を作成した。
俺もあのドワーフの師匠との付き合いが長いが、心底呆れたような目を向けられたのは初めてのことだ。
「ってなわけで、出来ました! キャッチコピーは、『オークが踏んでも壊れない』!」
「おぉ~~~~~~~~~~~~っ!」
フィーやマリモちゃんは訳が分からなくとも手を叩いてくれているが、既にマイマザーは眉毛をピクピクとさせている。
「アル、ちゃん……っ? これは一体、何かしら?」
いや、何と云われても。
「体重を客観的に知ることが出来る道具、だね。これならほら、食べた結果がダイレクトに分かるし。――母さん、痩せたいんだよね?」
「…………」
「だからこれ、体重計」
「TAI…JUU…KEI……」
母さんは、静かに震えている。
震えながら、ポツリと呟く。
「……前に、エイベルが云っていたわ……。魔導歴には便利な道具がたくさんあったけれども、それ以上に危険でよくないものもいっぱいあったって……。街を壊してしまうものや、森を無くしてしまうものまでも……」
ねえ、俺の作った体重計って、魔導歴の厄ネタと肩を並べるようなものなの?
一方で、妹様たちは体重計に興味津々だ。
「にーたにーた、これ、何に使う!? ブランコくらい楽しいと、ふぃー、嬉しい!」
「にー! まーく!」
大喜びで乗っかっているが遊具ではないので、まあすぐに飽きるでしょう。
一方、ヤンティーネ&フェネルさんのハイエルフズもこの場にいるが、種族由来のスタイルに自信があるのか、特に臆することもなく体重計に乗っている。
体重計の開発に当たってショルシーナ商会協力のもとに、既に老若男女の大体の平均値は出して貰っているが、それを気にするつもりもないようだ。
フェネルさんは平均よりも軽い。
ほっそりとした人なので、これは当然だろう。
一方で、ヤンティーネは筋肉が付いているので、平均値以上である。
だが、彼女の体型は肥満とは程遠いものなので、しだらない身体と考えるものは存在しないであろう。
「……………………」
しかし、沈黙したままワナワナと震えるものがひとり。
そんな友人に、ちいさく華奢な美少女が声を掛けている。
「……リュシカ。アルはリュシカが自分の状況を客観的に知ることの出来る状況を整えてくれた。乗ることが礼儀だと思う」
「な、何よぅ、エイベル! 自分が軽いからって、そんな極悪非道なことを! じゃあエイベルは、その悪魔の機械に乗れるっていうのッ!?」
「……? そのくらい、問題は――」
ハッとしたように、こちらを振り向くお師匠様よ。
そして俺のほうを見て、ぷるぷるぷる。
頬とお耳が、真っ赤っかに。
「……アル、見ちゃだめっ」
何で俺が叱られるんですか? 何で俺が叱られるんですか?
エイベルが壊れたため、母さんを体重計に乗せようとする人がいなくなった。
これでは、マイマザーダイエット計画が完全に破綻してしまう。
え? 数値計ったところで、食うのやめなければどうにもならない? あ、はい……。
(仕方ない。ここは矢張り、この俺が)
意を決して、前へ出る。
そして、懐からは複数の数字が書かれた紙を取り出す。
「母さん。これが人間族二十代女性の平均ね。それからこっちの手書きの数字は、俺が母さんの身長から計算した、理想の体重値」
「…………」
現在の我が家は一般家庭のそれよりも食事に恵まれており、しかもおやつまで食べられるんだから、どうしたって平均体重は上回るだろう。加えて、マイマザーはお胸がバカでかい。
だから実は、平均値というのはそこまで気にする必要はない。
大切なのは自己コントロールと云うことになるだろう。
今回の発明品だって、『自分を客観視する』という目的が果たせれば――。
「――アルちゃん」
俺が自らの計画の破綻を悟ったのは、その時だった。
「…………っ」
うん。
だって殺気を感じるんだもん。
第六感も無いのに、膝が笑ってらァ。
さっきまで笑顔だったシスターズが、既にヤンティーネの陰に隠れちゃってるんだもん。
「アルちゃん、人を不幸にするような、悪い発明はしちゃいけないのよ?」
「いや、こ、これは母さんのためで……っ! なんなら誰にも見せずに、自分だけで計れば――」
云いながら、無駄なことだと理解している自分がイヤ。
背中に流れる汗が冷たいなァ……。
「アルちゃんは、お母さんにそれに乗れって云うの? 乗れって……云うのぉ?」
「ぁ、ぁぅぁ……」
読者諸兄姉は、聞いたことがあるだろうか。
ゴギュバキャッという、丈夫な材木が踏み砕かれる音を。
「お、オークが踏んでも壊れないはずの体重計が……っ」
向こうの方では、制作を手伝ってくれたガドが呆然としている。
もちろん、材料の出所でもあるエイベルも。
ドスン、ズシンと、重量を持った死神が近付いて来る。
その中で俺は知った。
知識ではなく、実感で理解した。
世の中には、開けてはいけない扉もあると。
「では読者のみんな! 俺が生きていられたら、本編で会おうね!」
俺の人生は、そこで終わった。
節目である特別編であるにも関わらず、読者の皆様がこんな凄惨な話を多く希望されるとは、恐ろしすぎて震えが止まりません……。
色々とアレな作品ですが、今後もお楽しみ頂ければ幸いです。
むい。




