第七百二十五話 ダブル(その十四)
連れてこられたのは、皆がいた場所の近く。
並木道を曲がってすぐ先であった。
ここなら戻るのもすぐだし、声は聞こえないし、周囲に誰もいないしで、ちょうど良いのかもしれない。
なんとなく、『裏道』っぽい場所というのも、都合がよいのだろう。
この場にいるのは、四人。
戸惑っている俺と、夢見心地のフィー。
未だ憤懣やるかたないという様子の暴言王女に、そのお付きのフードの子。
現状、平静な心持ちなのは、この子だけだろう。
ケンプトンの幼い衛士は、こちらに向き直って頭を下げた。
「まずは改めて、貴公に御礼と謝罪を」
「はあ……。どうも……」
「私は、ケンプトン王国貴族に名を連ねる者で、ビアンカと申します。我がアメルハウザー家は、代々武門の家柄にして、貴人の警護を務める名誉を拝命しております」
ビアンカねぇ。
俺はフローラ派なんだよなァ……。
ともかく、そういう理由で、この子はまだ幼くとも王女の護衛をしていると。
(背景――というより、『設定』は理解した。……んだけどねぇ)
俺が腕の中のフィーをいじりながら思案していると、ベアトリーチェ王女が、再び頭に血を上らせた。
「ビアンカッ! この廃材のような気配をした下級貴族なぞに、貴女が直々に名乗る必要なんてありませんっ!」
「いいえ、殿下。こちらの少年は、我らを救って下さったのです。持ち出すは身分の上下ではなく、貴族としての誇りでありましょう。感謝すべきを感謝出来ねば、何を持って父祖の道に報いることが出来ましょうか」
「…………ッ」
暴言王女は、押し黙った。
何故か俺を、睨み付けたままに。
何か、八つ当たりみたいな感情を抱かれちゃってるんだろうか。
もしもこの場にいるのが酔いどれダメエルフならば、これ幸いと挑発の限りを尽くすのだろうが、俺はそんなことはしない。
何とか円滑に場が回るように、とっておきの営業スマイルを向けてみる。
「――下郎がッ! 淫らな笑みを浮かべ、何を企むかッ!」
村娘ちゃんのお付きの人もそうだけど、ちょっと酷くない?
何にせよ、俺の笑顔は逆効果だったようだ。
猛り狂ったベアトリーチェは叫ぶ。
「そもそも、貴様が邪魔をしなければ、ことは上手くいったのだ!」
「――成程。村む……シーラ殿下に必要以上に絡んでいたのは、矢張り意味があったと」
「……ぐッ」
まあ、そんな気はしてたんだよねぇ。
だが問題は、まかり間違えば外交問題になりかねない爆弾を抱えてまで、何を狙っていたか、だ。
ただ単に個人的な理由かもしれないし、お貴族様なら派閥争い、或いは反発する外交政策の一環として、同盟国の悪化を望むという線もありうるか?
たとえばムーンレインと手を切って、帝国と結ぶ気になったとか。
(――流石に、それは無いな)
もしそんなことをする気ならば、お月様な幼女に絡むよりも、婚約が決まっている第二王女殿下に恥でもかかせる方が効果的で、致命的でもあるだろうから。
ならばやっぱり個人的なことかと思えば、おそらく、それだけではない。
このダメ王女単独の暴走であるならば、こっちの理知的なフードちゃんが止めているはずだから。
ということは、少なくともフードの子にも、何か理由があるのだ。
ベアトリーチェの行動に乗っかる、そんな理由が。
醒めた目でふたりを見ていると、ちいさな守護者は、判別不能の声を響かせる。
「――ボルストラップ子爵家に傑物が生まれていたとは、寡聞にして知りませんでした」
ああ、うん。
俺はクレーンプット家の人であって、ステファヌスの実家とは、何の関わり合いもないのよ。現当主の名前も顔も知らんし。
「ボルストラップ子爵家! ビアンカ、それは本当なのですかっ!?」
「ただの推測です。……が、こちらの御仁の顔立ちは、その特徴が強くありますので」
「…………」
暴言王女は、再び俺を睨み付けながら、ひとりごちる。
「成程。かの子爵家の者だから、シーラ殿下に近付けたのか。しかし、それにしては妙だな? ボルストラップ家がクローステル侯爵家と懇意にしているという話は、聞いたことがない。寧ろ五侯の中では、ベイレフェルト家に近しいと教わった憶えがあるが――」
「いいえ。小勢の名家が、生き残りを策して複数の権門勢家と誼を結ぶことに、不思議はありません。特にそれが、天才王女相手とあらば。それこそが、かの家の官界遊泳術なのでしょう」
こっちの国の事情にも、ある程度は精通しているらしい。
でもね、残念だけど、うちはただの庶民だから、深読みするだけドツボに嵌るだけよ?
俺、月一で村娘ちゃんと遊んでいるだけのパンピーだからね。
だが、ダメ王女は自分の中で勝手気ままにバックストーリーを組み上げたらしい。
侮蔑と怒りを瞳の奥にくゆらせながら、俺を睨め付ける。
「フン。傑物と呼ばれるシーラ殿下に必死に取り入るために、私を阻んだというわけか」
いや、あの子とは友だちなんで、なんとかしてあげたかっただけっス。
ベアトリーチェは、すぐ傍に控えるフードの少女に、被せるようにして云った。
「ビアンカ、それで貴女は、何故仕切り直しをさせたのですッ!? あのまま行けば、この私がその力量を、知らしめることが出来たというのにッ!」
あのままだとマノンにボコられただけだと思うんですが、それは。
しかし、ビアンカは真っ直ぐに進み出ると、俺を見上げたのだ。
尤も、顔は見えないんだけれどもね。
「それこそが、こちらの御仁。――私の『眼』が、そうすべきだと見たのです」
「バカなッ! ボルストラップ子爵家と云えば、『顔だけ、血筋だけ』と評判の、『逆名家』とも云うべき存在ではないですか! ましてやこいつは、打ち棄てられたボロ雑巾のような気配だというのに!」
気配は関係ないだろう、気配は!
で、フローラじゃないほうは、一体、何を見抜いたのよ?
「――貴公は、相当な強者であると感じました」
フシアナでしたかァ……。
いや、感じ方は自由だ。あえて指摘はすまい。
「強者だとォ……ッ!?」
だが、ベアトリーチェの表情は、いよいよ厳しくなった。
何だろう?
『強い者』に、何か特別な思い入れでもあるというのだろうか?
彼女は不機嫌そうに、俺に尋ねた。
「では、私が訊いてやろう。――お前には、何の芸がある?」
そんなふうに振られたら、こう返すより他にない。
「飯を食い、やがて死ぬでしょう」
「貴様、ふざけているのかァッ!?」
「いや、別に、そんなつもりは」
煽ってるわけじゃないのよ? ただ、事実を口にしただけで。
「ならば、もう少し具体的に訊いてやる! ――武技か魔術か、どちらを修めているというのだ!?」
「それが、どちらもイマイチで……」
頑張ってはいるつもりなんだけどねぇ。
武力戦だと、同世代にブレフやらイケメンちゃんやら幼剣姫やら。
魔力戦でも、フィーがいて村娘ちゃんがいて、マノンがいて、と……。
うん。格上ばかりだな。
生まれついての才能の差は、最早どうにもならんね。
それでも、努力を放棄するつもりはないけどね。
俺の柔弱な言葉に、暴言王女は叫んだ。
「見なさい、ビアンカ! こんな男が、強者なわけがないのですッ! この太平楽な脳天気顔のどこに、強さを感じるというのですかッ!?」
いやまあ、そう云われるとそうなんだが、参ったなァ、これは……。
「私の『眼』だと、そう云いましたよ、殿下」
「――――ッ」
眼、ね。
それは目利きが得意ということなのか、それとも――。
フードの少女は俺を見る。
「貴公は、その強さを韜晦したいようですが、それは叶いません」
え、あの、隠したいとかじゃなくて、普通に雑魚なんですが。
「私には、それがわかるのです」
少女は、静かにフードを持ち上げた。
かすかに見えるその双眸には、異なる虹彩があったのだ。
オッドアイと呼ばれるそれは、けれども、ただ『異色である』ということと、別物なのだと分かった。
「おわかりでしょう、貴公ほどの者であれば」
「ええと、ああ、うん――」
取り敢えず、見たままの感想を云えばいいのかな?
「……ビアンカ様、もの凄い美人っスね」
「――な、なァっ!?」
ベアトリーチェよりも高貴な顔をした幼女は、顔を真っ赤にしてフードを被り直した。




