特別編・エイベルとダンジョン
「……ダンジョン?」
「そう。ダンジョン」
夜。
敬愛するお師匠様と、ふたりっきりのお茶会をしている最中。
ふと気になって、『この世界のダンジョン』について訊いてみた。
好きなんスよね、ダンジョン。
いや、自分が命をかけて潜ったり運営するなんてのは御免被るが、ハタから見ているぶんには楽しいしね。
つまりはアレだ。
これは傍観者故の気楽さというヤツで。
幸い――と云って良いのかどうかはわからないが、ファンタジー世界じみた『こちら側』にも、ダンジョンはあるわけで。
それもWEB小説にあるように、ダンジョンは生きていて、トラップがありモンスターがおり、宝箱をエサに侵入者を捕食するという、定番のカタチなのだという。
「…………」
「あの……。エイベルさん……?」
「………………」
「おーい、エイベルー……?」
「……………………」
俺が適当に振った話題はしかし、エイベルの長考というかたちで報われた。
意味が分からん。
ぶっちゃけ、「……危険だから近付いてはだめ」とでも云われると思っていたのだが。
なおも沈黙を続けるエイベルに首を傾げていると、やがて世界最高の美耳の持ち主は、顔を上げてしっかりと俺を見つめた。
「……わかった。ヘンリエッテを呼ぶこととする」
「――はァ?」
何で、あの優しいやわらかおねぃさんを?
結局、その日のお茶会は疑問だらけのままに終わったのであった。
※※※
――んで、後日。
「はいアルくん、今日はよろしくお願い致しますね?」
「え? いや、あの――」
何で俺、ダンジョンの前にいるんですかねー……!?
ここは南大陸側にある、某所。
フィーたちが寝静まったあとに、この場へと連れてこられたのである。
何故か、ヘンリエッテさんを引き連れて。
「え、あの……? エイベル……?」
「……ん。ヘンリエッテは、護衛。アルの身を、守って貰う」
「命に替えても」
柔らかい笑顔のままで、恭しく頭を垂れる商会副会長様。
何でこうなってんの? 意味わかんないんですけどーーーーっ!?
「……アルには一度、ダンジョンの攻略を見て貰う方が良いと考えた。……アルは、いつも無茶ばかりする。ダンジョンと関わることが、今後無いとも限らない」
「アルくんは、すぐに危地に飛び込んでしまいますからね。高祖様は、貴方を心配しているんですよ」
ん、んん~……? それって、俺がアレだから、一度ダンジョンを実地で見せておこうってこと? 大丈夫? 俺、クソ雑魚よ?
「……問題ない。そのために、私がいてヘンリエッテがいる」
お師匠様の言葉は、頼もしいというべきか、それとも改めての雑魚認定に落ち込むべきか。
まあ、それは良い。他に訊くこともあるし。
「んで、エイベル。何でここのダンジョンなの? それこそダンジョンなんて、北大陸にもあるんでしょ?」
「……それは、ここを潰すから。ここのダンジョンコアを破壊し、ダンジョンマスターを斃しに来た」
「お、おぉう……」
どうやら、ただの見学ではないらしい。
何があったのかは知らんが、このダンジョン、終わったわ……。
「我々エルフ族は普段、ダンジョンには手を出さないんですよ」
「え、そうなんですかっ!?」
ダンジョンって、『討伐対象』ってイメージがあるが、何でなんだろう?
いやでも、今日はダンジョンを討伐するわけで。
(わからん……。俺の粗末な脳みそじゃ、何も理解出来ん……)
エイベルに「何で倒しに来たの?」と訊いてみても、
「……リュティエルに依頼された」
などという『断片』だけを聞かされて、満足行く答えは貰えなかった。
※※※
「……ではこれより、ダンジョンの討伐を開始する」
「了解致しました」
なんか、危機感の感じられないふたりだな。
巨大な洞穴を前に、微塵も脅威を感じていないように見えるが。
「高祖様。確認ですが、内部に『侵入者』はいないのですね?」
「……ん。魂と魔力の様子から、現在はいないと思われる」
侵入者――たぶん、潜ってる他の人たちのことを指しているのだろう。
だが、何でそんなことを気にしているのだろう?
エイベルの性格だと、他に攻略を目指している人がいても、無視して素通りしそうな気がするんだが。
疑問に思っていると、副会長様はクルリと俺に振り返った。
両手を後ろに回して、僅かに腰を折っている。その仕草が、妙に可愛らしい。
「こちらのダンジョンは現在、あまりの死傷者数により、一般の者の立ち入りを禁止しているんですよ。後日、騎士団と冒険者たちの大連合で突入することが決定しています」
え。それ、ガチでヤバいダンジョンなんじゃないの!?
というか、そんな精鋭集団が攻め込むのなら、危険を冒してエイベルたちが入る理由もないのでは。
「……違う。これは、エルフ族がカタを付けねばならないこと」
「そもそも、討伐隊の力量では、高確率で失敗するという評価が出ておりますしね」
えーと……。
まとめると、『ダンジョンやっつけ軍団』では攻略は無理だし、そもそもエルフが落とし前を付けなきゃいけない案件ってこと?
で、ちょうど良いから、俺を見学に連れてきたと。
(いや、でもそれだけじゃ、解消されていない疑問もあるわけで)
俺は、お師匠様に向き直る。
「えっとエイベル。何で中に『他人』がいるかどうかを気にしてたの?」
「……ん。一気に制圧するから」
あ~……。はい。
なんかドギツイことするから、巻き添えを出さないようにって、ことね。理解した。
エイベルは、異次元箱から大きめのビンを取り出した。
中には、変な色の液体が入っている。妙にキラキラとした、毒々しいものだ。
同時に、ヘンリエッテさんが俺の前に立ち、魔術を展開した。
「空間魔術で、アルくんを囲いました。これで巻き込まれることはありません」
サラッと凄いことをやって、サラッとヤバいことを口にし出したぞ、この人。
一方エイベルは、キュポンという音を立てて、ビンの蓋を開ける。
とたんにもうもうとした凄まじい量の煙が吹き出した。
液体同様、何故か煙はキラキラと輝いている。
地面に置かれたそれは、風の魔術でも使っているのか、真っ直ぐにダンジョンの中へと吸い込まれていく。
「エイベル、これは……?」
「……私の調合した猛毒。並の神代生物でも死ぬ成分のため、近寄ってはだめ」
……ガチでヤバいヤツじゃん……。
というか、並の神代生物ってなによ? もちろん、近付きませんとも。
「えーと、もしかして、これでモンスターを駆除するの?」
「半分正解ですね」
頷くヘンリエッテさん。
というか、半分って何よ? 他にも何かあるのかね?
説明を頼むと、何故か柔らかおねぃさんは俺を後ろから抱え込みながら敷衍してくれる。
あ、今一瞬、エイベルが不機嫌そうにしたような?
「ダンジョンモンスターというものは、存外に厄介です。大きな獣のように、単体で強力な武力を誇る者もおりますが、それよりもより患いとなる者たちがいるのです。不意打ちに特化していたり、個では弱くとも、群れを成すと脅威となるものですね」
「ははぁ、軍隊アリみたいなヤツとかですか」
「そうですね。なので高祖様は、あの薬煙で、それらを一斉に駆除します」
要は、バル○ン炊いて一網打尽と。
ほらァ、やっぱりえげつないじゃん……。
ダンジョンに入らない状態で、雑魚モンスターたちをやっちゃえるじゃん……。
そのまま暫く、俺たちはもうもうと立ちこめる煙を見つめていた。
やがてビンの中身が空になる。
「……ヘンリエッテ」
「はい。おかげで把握できました」
副会長様が手をかざすと、まるでスキャンでもするかのように、光の線のようなものが洞窟内を走り抜けて行った。
「高祖様、完了致しました」
「……ん」
「何をしたんですか?」
「高祖様の煙は、ただの猛毒ではありません。キラキラと光っていたのは、わかりましたか?」
「あ、はい。アレ、何だったんですか?」
「微細に砕かれた、魔石の欠片です。それを煙と共に洞窟内に充満させることによって、ダンジョンの内部構造を理解するんです。隠し通路やモンスターの待機場所まで、くまなく把握出来ますよ? なにしろ煙ですから。どこにでも入り込めます。我々は魔力感知で、それを知るのです」
つまり、内部を丸裸にしたと。
モンス殺されたうえに構造までバレたんじゃ、もうどうしようもないじゃん……。
「で、ヘンリエッテさんのほうは、何をしたんですか?」
「はい。高祖様に内部構造を把握させていただきましたので、空間魔術で壁や天井、床をコーティング致しました」
「な、何のために……?」
「トラップの無効化ですね。これで落とし穴や釣り天井、飛び出す矢などの一切は、発動させません。空間魔術で仕切っているので、穴の上も歩いてわたれますよ?」
「…………」
まだダンジョンに一歩も足を踏み入れていないのに、マッピングされてモンスター全滅させられて、トラップを強制でオフられたのか……。
ここ、多数の死者の出るヤバいところなんですよね?
「……そろそろ突入する。アル、こっちへ」
エイベルはいつの間にか、薄い岩で作られたボードのようなものを作り出していた。
これに乗れということなのだろうか。
乗っかるとすぐに、光り輝く球と、風の球が出現する。
うん。これは流石に分かる。
洞窟内での明かりと、空気を生み出すものなのだろう。
「アルくん。私にしっかりとつかまって下さいね? 手を離してはダメですよ?」
「え、あ、はい……って――うわァ……ッ!?」
ヘンリエッテさんに触れようとした瞬間、エイベルに向かって落ちるかのような感覚。
気付くと俺は、お師匠様と密着していた。
これはアレだね、たまにマイティーチャーの使う、謎の現象。
「……ヘンリエッテ。アルと不要不急の接触はしないように」
「……私は、高祖様直々にアルくんの護衛を頼まれたのですが」
「……それでも、気安く触れるのは、だめっ」
帽子を目深に被り直しながら、ヘンリエッテさんを恫喝するプリティーチャーよ。
一方の副会長様は、クスクスと笑っている。
「アルくん、大事にされてますね?」
などと、俺の耳たぶに唇をかすらせて云っている。
こそばゆいので、勘弁して欲しい。
「……では、コアの元へと向かう」
ふわりとボードが浮き上がると、凄まじい量の水流が噴き出した。
俺たちは超高速で、ダンジョンの中に突っ込んでいった。
――中の様子? 速すぎてサッパリでしたわ。
※※※
たぶん、もの凄い長距離をアッサリと駆け抜けて、最奥と思われる場所へと辿り着いた。
そこには、怯えるようにガタガタと震えるひとりの男が。
アレがダンジョンマスターで、その背後の天井にある球が、コアなんだろうな。
「ひっ、な、何なんだ、お前たちは……っ!?」
まあ、そうなるわな。
気持ちは分からんでもないが。
「……このダンジョンは、破壊する」
エイベルは質問には答えず、『目的』だけを口にした。
絶望でもしたかのような顔で、男が叫んだ。
「な、何でだァッ……!?」
「……貴方は、エルフ族を手に掛けた。もしも同族を襲わなければ、手を下すことはなかった。……ダンジョンは、欲深い人間を間引いてくれる装置。破壊する必要がない」
そうか。
それがエルフ族がダンジョンに手を出さない理由であり、今回、けじめを付ける理由だったのか。
「じゃ、弱肉強食は世の習いだ……! も、文句を云われる筋合いはねェッ!」
「……ならば、ここで破壊されることにも、文句は無いはず」
「ふ、ふざけるなァっ! 死んでたまるか! 全DPを使用して、最強の魔物を呼び出してやるッ!」
男の目が血走った。
しかし、ヘンリエッテさんが柔らかく一礼をした。完璧な所作だった。
「申し訳ありません。コアはすでに、『別空間』に断絶させていただきました。起動させることは叶いません」
「な、何……っ!? ひィッ、目の前にあるのに、コアと通信出来ねェッ!? ポイントが、使えねェッ!? な、なら、ダンジョン内転移だッ! ――こ、これも使えねェッ!?」
「……対・空間魔術は、戦闘の基礎。何故交戦中にそんなことが出来ると思ったのか、意味不明」
いやエイベル、それ、神代の常識だからね?
「……貴方とコアは、完全に破壊する。魂魄レベルで消滅して貰う」
「や、やめろォ! 死にたくないっ! 死にたく――」
それが、男の最期の言葉だった。
超凄いダンジョンマスター(たぶん)だったはずの存在は、アッサリとこの世から消え去った。
あれ?
そう云えばヘンリエッテさんは、何で対・空間魔術を使用しているエイベルのすぐ横で、空間魔術を使えてたんだ?
「ああ、そのことですか。――私には、対・空間魔術を無効にするすべがありますので」
自分の得手を潰されない手段を有しているのね……。
やっぱこの人も、遙か雲の上の存在だわ……。
※※※
「……アル。今回のことは、ダンジョン攻略の参考になったと思う」
外に出て早々に、お師匠様がおかしなことを云いだした。
一体、どこの世界の誰が、こんなことを参考に出来るんですかね!? 理不尽がカタチになったような、一方的な蹂躙劇を見せられただけなんですけどォ!?
「……けれども、ダンジョンは危険な場所。興味を抱くのは良い。知識を蓄えるのも構わない。でも、近寄るのはだめ」
「高祖様は、アルくんを心配しているんですよ。もちろん、私もですよ?」
「…………」
あ~……。うん。
それを云いたいがために、ダンジョンに興味を持った俺を連れてきたのね。
「大丈夫だよ。俺は、危険なことに近付きたくなるような性格じゃないから」
寧ろ、遠ざかる選択をする人間だという自負があるんですけどね。
平々凡々が大好きなもので。
しかし、二名の美耳エルフは、顔を見合わせた。
「……自覚がないのは困ったもの」
「これは今後も、目が離せませんね」
などと云いながら、頷きあっている。解せぬ。
「と、いうわけでですね」
ぽむっと、ヘンリエッテさんは掌を打ち鳴らした。
「本日はこのまま、アルくんの反省会を行いましょう!」
あのー……。俺、何か反省すべき所がありましたかね?
一切何もせずに、木偶の坊のように立ち尽くしていただけだと思うんですが。
え? これまでの行いの反省?
そうですか。過去も含むんですか。
「……ん。賛成。私とヘンリエッテで、何か食べるものをつくる」
左右から、ガッチリとホールド。
世界最強と、ハイエルフ最強のコンビに挟まれる。
これはもう、逃げられない。
諦めて、饗応に預かると致しましょうかね。
こうしてこの日、南大陸の凶悪ダンジョンが一夜のうちに姿を消した。
その理由を知る者は、世界に四人しか存在しない。
〈了〉
時間が空きすぎたので、リハビリで読み切りを執筆。
筆を執ること自体が、もの凄く久しぶりなのです……。




